ここにもある出会い

薄暗い階段を降りて僕は店に入る。様々な電子音が小さな店内に縦横無尽に反射していた。
すぐに店の中を見渡す。よかった。いた。
彼女は今日もグラディウスⅡの筐体の前に座ってる。
夕方のゲームセンター。賑わう時間のはずなのに今日は人が少ない。
今日は雨も降っているし、そんな日に町から離れたこんな場所には誰も来ないんだろう。
しかしそれでも彼女はそれが自らの責務のように今日も来ているのだ。
僕は彼女を視線の端に見て緊張しながら、少し離れた筐体へと向かった。
とりあえず筐体に座り50円玉を投入したが、このゲームにはなんの興味もない。得意なゲームなので長くこの席に座ってられる、ただそれだけだ。
僕は自分の退屈なプレイの隙をついて彼女を盗み見る。それは恥ずべき行為に思えたが、若い僕にはそれを止める術はない。
いつも横顔しか確認できないが、僕は彼女の顔が好きだった。やはり僕は恋を、している。
コンパネを握る仕草や、ステージ間の空き時間に座り直す仕草さはとても優雅で、髪の毛をさわる様子は大人びている。
彼女は見たことがない学校の制服を来ていた。この周辺の学校だろうか?
いや違うだろう。彼女はこんな無味乾燥な人ではない。
できればすごく遠くの・・・例えば桃源郷のような、毎日どこかでハープ音が聴こえるような場所に住んでてほしかった。
まだ僕には恋というもを真に理解できていないかもしれないが、この心臓を締め付け、足の先をちくちくさせるこの感覚はおそらく恋というものだろう。
彼女はいつものように、まるでバレエを舞うかのように、オペラを歌うかのようにステージををクリアしていく。
僕はそれを近くで感じながら、自分の退屈なゲームをこなしていた。
彼女はステージを進め、ステージ5のボスにたどり着いていた。
彼女が少し咳払いをした。緊張している証だ。
彼女はこのボスを苦手としていた。
近くの僕にも緊張する。そして・・・傍らから自機の撃墜される効果音が聞こえてきた。
絶望的なその効果音が立て続けに聞こえてくる。
そっと彼女の顔を見る。魅力的なその顔が白く見えた。血の気を失っている。彼女はひどく混乱していた。為す術がないのだろう。
そしてすべての残機が画面から消えて、ゲームの終わりを告げる音楽が聞こえてきた。
彼女は小さなため息をついて、席を立とうとした。
「そこ、モアイの鼻先、安地ですよ」
どこからかその声が聞こえてきた。
いったい誰だ?彼女に気安く声を掛けるのは?

自分だった。
その声の主たる僕は、僕自身その暴走と暴挙に驚いていた。

「え?」
彼女が驚いたように僕の方を見た。
その時僕は初めて彼女の顔を正面からみた。
とても・・・とても美しい・・・
「いや、あの、下の大きなモアイの鼻先に少しめり込むくらいに」
僕は続けて答えた。
聡明な彼女は、よくわからない隣の、そして冴えない男子学生のその言葉をすぐ理解した。
「そうなの・・・ですか?」
彼女はもう一度椅子に着いて、綺麗な財布から50円玉を取り出して筐体にコインをいれた。
僕はすぐに彼女の隣の席に座った。
「レーザーを装備したら敵が硬くなるので」
僕はそれまで温めていた知識を彼女に言った。それは次々と湯水のごとく彼女に伝えられて、彼女はその言葉一つ一つに頷いたり感心していた。
先程まで座ってた僕のゲームは主を失って次々と撃墜されていく。
退屈なゲームは終わったんだ。僕は一度もその筐体を見なかった、
みたいな事をずっと想像していた

薄暗いゲームセンターに女の子なんているわけがない。彼女たちは他の場所でちゃんと真っ当な青春を送っていただろう。
男子校の僕は、無意味にその貴重な時間をゲームセンターに捧げていた。
後悔しているのか?しているだろう?たぶんみんなそう思うだろう。
でも、僕は確かにそこに存在して毎日ゲームをしていた。
その思い出は僕にとって掛け換えのないものだ。
そんなものを大事にしていた男がここにいたことを記しておきたい。
愚か者の一文だとしても。

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