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嘘つきな君へ 第一話-2

こんばんは、ときめき研究所のKEIKOです。
どうしよう、リアル友達からの「小説楽しみ!」の声に嬉しくなって、真に受けてアップします。ううう本当に励みになります。そして、続きを書かねばという気持ちになります。早くこのキャラたちを!脳内から供養したい!!
ちなみに、今回のシーンに渋谷の東横百貨店が出てきますが、閉店しちゃいましたね涙。2年前に書き出したので、ここは多めに見ていただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

嘘つきな君へ 第一話 上野恵芽の混乱−2

「…上野恵芽様のお電話でしょうか?」

 聞いたことのない男性の声だった。低くて少し鼻にかかるような声色で、ひどく丁寧な印象だ。
 
「はい、そうですけど…」
 
 声や言葉遣いの印象とは違って、自分から名乗らないなんて、と瞬時に思ったけれど、向こうの出方を待ってみることにした。
 私が私だと認めると、電話の向こうの人の安堵した様子を感じた。
 
「突然のお電話で申し訳ございません。私は、とある方の依頼で貴女様にこの度、こうしてお電話を差し上げました。少しだけお時間をいただいてよろしいでしょうか」
 
 率直に言って、怖い。
 こんな風に話を切り出されると、人って恐怖を覚えるんだと思った。思ったけど、少しだけ先が気になったのも確かだ。
 
「…はい。とある方って、どなたですか?」

 思い切って聞くと、戸惑う様な沈黙が少しあった後に、咳払いして電話の向こうの男性が返答した。
 
「申し訳ございません。私の口からはその方のお名前を申し上げることができません」
 
 男性が本当に申し訳なく思っているのが伝わるような口調だった。そのまま男性は続けた。
 
「ただ、その方が貴女様にお会いしたいと強く希望されています」
「……え?」
「どなたかと言うのは私からはお話しできないのですが、上野様に直接お会いしてお話ししたいことがあるとおっしゃるのです」

 ますます怖い。直感でそう思った。
 
「…えっと。その方っていうその人は、私のことを知ってるってことですか?」
「……はい」
「じ、じゃあなおさら、誰なのか気になるんですけど」
「……」

 男性が黙った。確かにそうだなと思ったんだろうか。不可思議な怖い話を持ちかけられてはいるけど、電話の向こうの人自身は、悪い人ではなさそうだ。
 
「…ていうか、あなたは誰なんですか?なんで私の携帯の番号をご存知なんですか?」
「……申し上げる訳にはいきません」

 なおも男性は、本当に申し訳なさそうに私への謝罪の意を述べた。何なんだ。人にものを頼むにしては、いろんな説明が少なくないか?
 
「あの…でしたらお会いするのは難しいです。誰かも分からない方と会う約束とか…怖くてできません」
 
 相手の口調に、私に対しての敬意を感じられたから、私も自然とそうした。だけどおかしいことはおかしいって言ってやらないと、と思うと意識しなくても語気は強くなった。
 私の言葉を受けて、電話の話し方からするとちゃんとしてそうなその男性は、向こう側で少しの間黙っていた。変な間が、ますます不気味で怖くなる。
 
「えっと…切りますよ?」

 礼儀として一応断っておこう。そう思って、電話の画面にタップしようとしたときだった。
 
「貴女様のお父様です」
 
 律儀な男性の声が聞こえた。

「貴女のお父様が、貴女様にお会いしたいと仰っておられます」


 


 待ち合わせ場所として指定された渋谷の東急百貨店前まで、どうやって行ったのか覚えていない。
 
「貴女様にお伝えしたいことがあるそうで、至急今からお迎えに上がりたいのです」
 
 そう告げられた後、迎えに来てもらう場所を細かく説明された。あまり人の少ないところだと、私が恐怖心を抱いてしまうからの配慮だと思うけど、それにしても信じられない。

 お父さんが、生きてる?

 どういうことだかさっぱり検討もつかないし、そもそも信じられないし、というか信じたくもないし、私の携帯番号をどうやって調べたのか説明されてないし、突然すぎるし…ごちゃごちゃと色んなことを考えていたら、いつの間にか待ち合わせ場所に着いてしまった。それでも私の胸中は、会ったことも、記憶もない、父へ会いたいという気持ちにほとんど支配されてしまっていた。
  
 父が生きている。

 もし、もし万が一それが事実だったなら、今まで母がしていたあの話は、何だったのだろうか。信じて疑わなかった母との絆の糸が、ほろほろと解けていくような、そんな感じさえした。
 まだ本当なのかは分からない。でも、会ったところで、自分の父だと分かるのだろうか。

 エルメスの前で立ち尽くしていたら、携帯が着信を知らせた。また非通知だ。

「もしもし?」

 電話に出たと同時に、自分の視界が暗くなった。人影。気付いて上を見上げると、見知らぬ男性が私の前に立っていた。
 
「上野恵芽様ですか?」

 電話の向こうから聞こえていた、あの声と確かに一致した。生で聞くといっそう低くていい声だった。おまけにその声の持ち主は、信じられないくらい綺麗な顔をした男の人だった。鼻筋が通った彫刻みたいな端正な顔に、長めの黒髪が顔にかかっているイケメンが、私を優しく見下ろしている。信じられないことに、今までのもやもやした気持ちはどこへやら、見惚れて返事をするのを忘れた。

「上野恵芽様ではございませんか…?」

 不安げにもう一度尋ねられてやっと
 
「あっはい!そうです」

と返事ができた。思いがけず、変な大きな声が出てしまった。私が返事をすると、そのイケメンは少しだけ口角を上げて微笑んだ。

「お会いできて、心から嬉しく思います。こんなところまでご足労をおかけして、誠に申し訳ございませんでした」

 うやうやしく私に一礼してからイケメンは、私に手を差し伸べてこう言った。

「すぐにお父様の元へ参りましょう。こうしていては時間が惜しいので。さぁ、こちらへ」

 騎士か何かが、どこかから飛び出てきたのかと思った。手を差し伸べられ慣れてなくて思わずまじまじと見てしまったけど、この人、見た目も騎士っぽい。180cmはありそうな長身に、ぴったりに仕立ててある黒いスーツがよく似合っていて、周囲の人が振り返って見るほどかっこいいのだ。言動の感じからして恐らく、私の父だと名乗る男性の秘書か何かだろうけど、これは目立って仕方ないのではと余計なことまでよぎった。
 そんな風に私が手を取れず変なことばかりを巡らして立ち尽くしていたら、イケメン秘書は待ちきれなくなったのか、そっと私の手を取った。

「参りましょう」

 騎士感をさらに高めて、黒塗りのベンツに乗せられてしまった。この頃には恐怖はもちろんだけど好奇心も半分くらい占めていた。

 どうなっちゃうんだろ、私。

 ちょっとだけ、楽しんでる自分がいることも事実だった。

 

 程なくして、大きな邸宅が立ち並ぶ住宅街の、中でも一際大きな家の門の前でベンツが停まった。車中、例の秘書は運転をしているし、そんなに間もなかったしで、無言で過ごしていたけど、いろんなことが説明不足で、その上見たこともない豪邸の前で降ろされたので、ますます私は打ちのめされた。

「到着しました。お待ちください」
 
 そう告げると秘書は慣れた手つきで私の隣のドアを開け、また手を差し出した。エスコートされ慣れてないのが丸出しな、ぎこちない動作で私は車を降りた。
 秘書がインターホン横のディスプレイに指を置くと、家の門が自動で開いた。門と言ってもどこかの学校の校門みたいな立派な門なのだ。背の高い門の敷居をまたいだものの、お屋敷までは少し距離があった。遠目からも大きかった邸宅が、近付くと更にかなりの迫力があることが分かって絶句した。私のその様子を見てか秘書は

「私も最初は驚きました」
 
と話しかけてくれた。
 
「こちらへどうぞ」
 
 やっと邸宅まで着くと、また指紋認証式のオートロックの扉(すごく重厚感があるやつ)を開けて、玄関に入った。なんと表現したらいいか、多分うちのリビングくらい広い玄関で、靴のまま上がっていいと言われ、いっそう挙動不審になった。大理石の床に、上から降りている照明がきらきらと反射していて、目の前には宝塚の舞台セットのような大階段がそびえ立っていた。なにこれ。漫画みたいだ。
 最終的にその部屋の前まで案内される頃には、大体の景色が自分の想像を超えてきていたので紹介は割愛しようと思うのだけれど、まぁ本当に絵に描いたような贅をこらした空間だった。いちいち段差があるところで秘書にエスコートされ続け、なんとなく自分がレディになったような、そんな心持ちさえした。嘘だ。全然慣れなさすぎて、本当に恥ずかしい。いつまでこの苦行が続くのだろうと思うくらい長い廊下を歩いて、秘書がとある部屋の前で止まった。

「こちらに、お父様がお待ちです」

 私の目を見て秘書はそう告げた。私の意思を確認するような視線だった。そんなの、意思を確認されても、ここまで来て逃げ出す訳には行かないし、逃げ出す隙を与えてさえくれなかったよね、と思った。

 でも、本当に私の父がいるなら、一目でもいいから、顔を見たいと思っている自分がいる。
 母が亡くなったことを知っているのかなとか、あのパリの部屋の記憶は合っているのかなとか、聞いてみたいことがたくさんあった。でもそう思うと、母がなぜ嘘をついていたのか、後味が悪い気持ちにもなる。
 だけど、亡くなった時に受け継いだ母の銀行口座に預けられていた全財産が、信じられないくらいの大金だったことも、もしこの家主が父だったとしたら説明がつく気がした。何らかの理由があって、父は他界したと、そう言うしか母にはなかったのだろうか。
 いろんな考えを巡らせながら、私は小さく頷いて、秘書に返答した。私の答えを受けて、秘書はぎぃと、その部屋の扉を開けた。

続きます!