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嘘つきな君へ 第五話-2

こんばんは、日本ときめき研究所のKEIKOです。
自分で書いておきながら、理人や勇人を脳内変換しては萌え死んでいます。今回はディズニーランド編の中盤です。私自身、ディズニーランドが大好きで、コロナ禍の前は1クールに一回は必ず行くほどでした。思いっきり脳内で恵芽ちゃんたちに暴れてもらおうと思ってます。
では、どうぞお付き合いください!

嘘つきな君へ 第五話 上野恵芽の困惑-2

 最も恐れていたことが起こったのは、タワーオブテラーのときだった。ファストパス搭乗の列で、私たちの後ろに並んだ女子高校生に、理人さんがRIHITOだということがバレたのだ。

 むしろその日、理人さんは、帽子以外の変装をほとんどしていなくて、今の今までバレなかったことが不思議なくらいだった。手足が長いし、身長も高いので(だってパリコレとかも出ている人だ)、どんな行列に並んでいても、頭が一般人のそれよりはるかに高いところに位置している。そしてその顔が、信じられないほど小さい。遠くでも近くでも、誰がどう見たってRIHITOそのものなのだ。パークの中ではみんなにマジックがかかっていて、RIHITOすら視界に入らないのだろうか。逆によくこの時間までバレなかったなと私は思っていた。
 軽装すぎる変装に、家を出たときから勇人はぶつくさ言っていたけど、ついに後ろの子たちがスマホで、勝手に写真を撮り始めたころから、彼の不機嫌な態度が顕著になった。

「おい、どーすんだよこれ」

 勇人が舌打ちしながら理人さんにつっかかる。

「ばれちゃったね〜」
 
 想定内の日常茶飯事と言わんばかりに、いつものようにゆるーく勇人の悪態を理人さんはかわした。

「優香ちゃんは事務所とか入ってない?写真とか撮られても平気?恵芽ちゃんも」

 と、満面の笑みで冗談まじりに、私たちのことを気にかけてくれた。理人さんは、本当に何とも思っていないようだ。ついに乗り場まであと少しという最後のところで、後ろの女子高生たちが話しかけてきた。

「あ、あの!モデルのRIHITOですよね?!」

 期待に目を輝かせ、耳まで真っ赤にしている様子がとてもかわいい。そして、理人さんを見たら誰だってこういう反応になってしまうことも、すごく共感できる。私だったら、むしろこんな風に真正面から話しかけられない。
 そんなことがよぎったけど、今はそんなことを言っている場合ではない。初めて有名人のそういう事態に遭遇してしまい(しかも、話しかけられる側)、この後起こるパニックなんて、その時は想像だにしなかった。
 高校生たちにそう話しかけられて、理人さんは通常通りの殺傷力の高い笑顔でこう答えた。

「うん、RIHITOです。ありがとう話しかけてくれて。写真撮る?」

 気さくだ。あまりにも気さくすぎて、思わず隣にいる勇人の顔を見た。不機嫌が最高潮に達している。まずい。優香は、と視線を移すと、こちらはこちらでなぜか、女子高生サイドなのか顔を真っ赤にしていた。
こんなイケメンなスーパースターに気さくに話しかけられたら、そりゃあ天にも昇る気持ちだろう。女子高生たちは、黄色い歓声とともに、持っていたスマホを自撮りモードに切り替えて、理人さんと頬を並べて写真を撮りだした。近い。理人さんがサービス精神旺盛で、こちらが心配になるくらいだ。カメラのアプリを何種類か紹介してもらいながら、キャッキャしている理人さんを見て、勇人が口を開いた。

「めんどくせえ。だから嫌だっつったんだよ、あいつとこういうとこ来るの」

 分かりやすく棘がある物言いに、これまた絵に描いたように分かりやすく優香がしょげた。

「ごめんなさい…」
「大丈夫よ、優香。勇人はね、こういう風にしか言えないだけだから」
「なんだそれ」

 優香へのフォローを入れたら、余計に勇人はむっとして、それきり口をつぐんだ。理人さんの方を見ると、後ろにいた女子高生以外にも、そのさらに後ろの人たちや、前に並んでいる人たちまで、さっきの歓声を聞いてこちらを見ている。完全に、理人さんがRIHITOだということが、バレている。

 タワーオブテラー自体は楽しかったけれど、なんだか気まずい時間だった。アトラクションにいっしょに居合わせた十数名は、完全にRIHITOだ、と皆が振り返りささやいた。終わって、感想を言うのも束の間(勇人があんなに不機嫌だったのに、落ちるのが苦手らしくへこんでいて、ちょっと微笑ましかった)、落ちる瞬間に撮影される写真を販売している出口に人が殺到していた。紛れもなく笑顔のRIHITOを捕らえた写真がそこには映し出され、そして今まさに、ご本人登場を果たしているのだ。
 理人を目撃した人たちはいっせいにカメラを向け、歓喜の声とともに集まってきた。人酔いしそうなくらいそこに人が集まり、カメラのシャッター音がけたたましく鳴っている。テレビや映画でよくハリウッドスターがファンに取り囲まれている様子を見るけど、まさにあの状態だ。私も優香も、勇人でさえもこれはまずい、と思った瞬間だった。

「恵芽ちゃん、ちょっと付き合って」
「え!」

 そう言うと理人さんは私の手をとって、集まった群衆にぺこぺこと頭を下げながら、

「ごめん、デート中だから!ごめんね!」

と言い放って、足早にその場から抜け出した。足早と言うか、ほぼ走っている。私と理人さんは、手だけでつながっていて、ぐんぐんと進んでいく。あまりの勢いに、周囲の人の波がモーゼの十戒よろしく道を開けていく。
お土産売り場を出ると、辺りは夜の景色になり、ほのかなイルミネーションがパーク内に灯されていた。視界の端に映るその光景を楽しむ余裕もなく、理人さんが引っ張るままに私は走った。つないだ手があたたかくて、大きくて、走っていることもそうさせるのだろうけど、鼓動がうるさくなった。風に乗って届く理人さんの香りに、少しだけどきどきした。

 橋を渡って、ポートディスカバリーの近くの、暗い茂みのあたりでやっと理人さんが振り返って、

「巻けた?」

と、笑顔で私の顔を見た。

「…たぶん…!」

 私は息が切れていたこともあって、そう答えるのが精一杯だった。理人さんとは、一歩の歩幅が違いすぎることに走りながら気がついた。ぜぇはぁと私が荒い呼吸をしているのを見て、そのまま理人さんが私を抱きしめる。一瞬何が起こったか分からず避ける隙すらなく、私はすっぽりと理人さんの両腕に包まれた。

「ごめんね、恵芽ちゃん。ありがと」

そう言うと、ぐるりと私の背中に回した腕で、私の頭をなでなでしてくれる。胸いっぱいに理人さんの香りを吸い込んでしまい、頭がぼうっとした。

「ちょ、理人さん!せっかく巻けたのにこれだと余計に目立ちます!」
「そっか、ごめん!」

ぱっと理人さんの体が離れた瞬間に、ぬくもりが遠くなって少し寂しくなる。でも、この人のこういうのは、別に恋愛感情ではないということは、いっしょに暮らしてわかった。海外でも仕事をしているからか、ハグは日常茶飯事で、私のことも完全に、ペットか何かをあやすくらいとしか思っていないのだ。でも、そうだと頭で分かっていたとしても、やっぱりこれはどきどきする。ノンストップで走ったことと、周りの夜景が気分を盛り上げることもあって、私の鼓動が激しく鳴った。

「ちょっとどこかで休憩しようか」

 理人さんの一言で私たちは近くのベンチに腰を下ろした。周りをぐるりと見てみたけど、その頃にはあたりはすっかり暗くなっていて、周囲の人も理人さんがRIHITOだということに気づく人はいなかった。理人さんは長い足をくるりと組むと、ふうとため息をついて、

「楽しかったね」

と私に向かって言った。

「えぇ!?楽しんでたんですか?!」
「うん。こんなこと久しぶりだから、楽しかった〜」

言いながらからからと理人さんは笑った。

「最近さ、こういうとこ来れないから新鮮で、すっごい楽しい。今も。恵芽ちゃんといっしょで」
「理人さん、そういうこと言うのやめてください。どきどきします」
「いいよ、どきどきしても」

 正直に降参宣言したとしても、そう言って、あの笑顔を私に向けるのである。いつもだったら直人さんのつっこみが入るからいいものの、こうしてふたりだけで面と向かって言われると、本当に照れてしまう。耐性がまだできていない。

「そういえば、あのふたり置いてきちゃいましたね」
「うん。大丈夫だよきっと、大人だし」
「LINEでどこにいるか聞いてみましょうか」

 私が携帯を取り出してLINEを立ち上げようとすると、理人さんが私の手を制した。

「大丈夫だから。ちょっとふたりでいようよ」

 言われた言葉に、顔が熱くなる感覚を覚えた。理人さんが発する一言ひとことが、映画のセリフのようなのだ。どきどきしているのを悟られないように、平静を装って、私は理人さんに話しかけた。

「あんなに写真撮られて、大丈夫なんですか…?私とも、デートとか言ってしまったりして…」

私の心配をよそに、明るい笑顔で理人さんは答える。

「心配かけちゃったね、ごめん。大丈夫。ああいうときはいっぱい写真撮った方が、あとから問題にならなかったりするからね」
「そうなんですか?」
「うん、最近さ、誰でも発言力があるし、炎上とかいろいろ面倒じゃない?僕だって、応援してくれる人に直接会えるのは嬉しいし、真摯に応えたいし、それを素敵に書いてくれたら嬉しいじゃん?嬉しいことは嬉しい形で返ってくると思うんだよね」
「確かに」
「デートっていうのも、ちょっと噂になっとくと、次に出るドラマのことも記事にいっしょに書いてくれないかなって思って。ちょうどPRも始まるからね。タイミングばっちり」

 さすがだ。あの瞬間でこんなことまで計算して行動を取っていたのだろうか。

「慣れっこなんですか?こういうの」

 一般人すぎる質問が、自然と口からこぼれた。

「そうだね…3歳からこの世界にいるから、もう慣れっこっていうか、こういう感じが染み付いちゃってる」
「3歳から…。小さいころの理人さん、かわいかっただろうな…」

思わず、素の感想が口から漏れた。自分でも意識しなさすぎて言葉が勝手に出ていて、赤面した。私のそんな様子を見て、理人さんはにやっと微笑む。

「かわいかったよ、とっても。恵芽ちゃんには負けるけど」

 そう言ってまた私をどきどきさせた。

「小さいときはそんなに真剣に仕事やってなくて、母さんに言われてたからしぶしぶって感じだったけど、本気でやろっかなぁーって思ったのはここ最近」
「そうなんですね」
「芝居、楽しくて」

理人さんはそのまま、嬉しそうに話を続ける。

「今まで自分らしく、なんてことなかったからさぁ俺。直人は頭も良くてしっかり者で、勇人は音楽の才能があって。俺は勉強も好きじゃないし運動もそんなに。燃えるものなんて何にもなかったんだけど」

 そこまで話してから、理人さんが私の目を見た。

「この話、公式には載せてない話だから内緒ね」

秘密を共有するいたずらなウインクを私にお見舞いして、理人さんは続けた。

「こないだ舞台で芝居やらせてもらって、はじめて生きてるって感じがして。俺は自分がないから、誰にでもなれるって気づいたのよ。でも、まだ誰にでもなれるってとこまでいってない。もっといろんな感情を体験しないとだめで。なんかそう思ったら、演技って楽しいかも、と思ってね」
「そうなんですね」
「オフィシャルサイトでは一応、3歳のころからこの世界が大好き!ってことになってるから、内緒にしててね」

 外見は言うまでもないけど、時折見せるおちゃめな雰囲気がとても魅力的な人だと思う。理人さんはピュアなのか計算高いのか、ちょっと分からない。私も冗談に乗って笑って答えた。

「安心してください、守秘義務を守ります」
「信じてるよ?」

 口を尖らせて、おどけた感じで理人さんが私の顔をのぞきこんだ。

「だから、最近かな。自分がないことが自分らしさでいいんじゃないかなぁって思えるようになったの。比べなくなったの。やっとだよ、24になって、20年以上この世界にいて、やっと!」

足を組み直して、理人さんは吹っ切れたように言った。

「だからとことんやってやろーと思って!利用できるものは利用してね。で、いろんな人にいろんな顔使って、RIHITOとして求められることに精一杯応えて。それが仕事だし」
「大変ですね…」
「でも、それ以外の苦労って俺、経験したことないから。これくらい我慢しなきゃなのかなぁとも」
「すごいです…そんな風に言えるなんて」

 私はそんな風に、必死に没頭できたことがあるだろうか。必死になってもいないのに、なんだか向いていることが向こうからやってくるような気がして、自分で何にも行動していないまま、就活を中途半端に諦めようとしている自分に気づく。

「だからねー今日は、久しぶりに他人の顔色気にせずに、自分の思ったように行動できて、うれしいの。ありがとね、恵芽ちゃんも優香ちゃんにも。連れ出してくれて」

 そう言うと、理人さんは私の頭をくしゃくしゃとなでた。まるで動物かなにかにそうするように。でも、心なしかさっきより理人さんの笑顔が明るい気がした。そんな風に心の内を話してもらえて、私も気づくことがあったし、そして、なんだか理人さんの知らない一面が見れて、少しだけ近づけたような気がした。就活、もうちょっと頑張ってみようかな。

「こちらこそ、私たちのわがままに付き合ってくださって、ありがとうございます」
「もうさ、なんかいつまで経っても硬いよね!兄妹なんだけど俺たち」
「…すみません」

いや、そもそもRIHITOと兄妹なんていう設定が、受け止められるはずのない話なのだ。いつまで経っても、と理人さんは言うけど、正直時間もそんなに経ってない。

 その時、私の携帯が優香からの着信を示す画面が表示され、いつものメロディが流れた。

「あーあ、ふたりきりおしまいかぁ」

私の携帯画面を見ながら、理人さんは残念そうにそう言った。今さっき兄妹って言われたばっかりなのに、彼の発する一言ひとことが心臓に悪い。

「またいろいろ話聞いてね。恵芽ちゃん、話聞くの上手だからさ」

その言葉と同時に、理人さんは大きく伸びをした。長い手足いっぱいに伸びて、新鮮な空気をたくさん取り入れると、ほわほわと涙目であくびをしている。しかも、ディズニーランドで。そんなRIHITOを、こんな近くで独り占めしている自分がなんだか誇らしく思えた。そして私は、電話の向こうでこの光景を一番見たがっているであろう着信主が、けたたましく鳴らす携帯電話に応じることにした。

続きます!