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嘘つきな君へ 第四話

こんばんは、ときめき研究所のKEIKOです。
本日もラノベの更新です。ラノベ笑、自分で言っちゃった笑。今日更新する第四話は勇人くん目線です。恵芽ちゃんが片桐家に来たことを勇人目線で語っています。
実は私が書き溜めているのはここまで。続きを更新しなければ。気長に待っててください(て言っててここから2年が経過しています笑)。いい加減書きますね。では、春の雨の夜にお付き合いいただきありがとうございます。お楽しみください。

嘘つきな君へ 第四話 片桐勇人の憂鬱

 あいつが来てから、家の中が騒がしくなった。

 まず第一に、家族が騒がしい。
 特に理人。前から女好きでうさんくさいやつだと思っていたけど、輪を掛けてうさんくさくなった。というか、そういうあいつの感じが嫌でも目に入るから嫌だ。恐らく、親父の女好きのDNAは理人に全部引き継がれたんだろう。まぁとにかく、毎日あいつの名前を呼びまわっては、過剰に触っている(ような気がする)。あいつもあいつでまんざらでもない感じが、いっそう腹が立つ。
 和己さんは、何考えてるのか分からない人だと思ってたけど、あいつの前だと不思議と嬉しそうだ。世話を焼くのが仕事の人ではあるが、俺たちにするのとは全く違っていて、どう考えても過保護すぎる父親のように世話を焼いている。
 直人はまぁ元々ああいうやつだからよく分からないけど、そう言えば最近家で見てない。親父の仕事を継ぐことになったからか、なんだか忙しそうだ。生まれた順番でやっかいごとになるなんてめんどくさい家だとつくづく思う。三番目に生まれてきて本当によかったと胸を撫で下ろした。
 親父はわざわざ言うまでもなく、あいつを甘やかしている。見た目には病人には見えないほどに、前にも増して肌ツヤがよくなっている。まぁ、少し元気になったように見えるし、それはそれでいいか。

 そして第二に、あいつ自身が騒がしい。引越してきた日なんて、最悪だった。
 仕方なく俺の部屋で寝かせた翌朝、目が覚めたらもうあいつはいなかった。基本的に俺は眠りが浅い方だから、少しの物音でも起きてしまう。あの晩は突然、あいつが足を布団から投げ出した衝撃で、夜明け前に一瞬目を覚ました。
 大体約束の日だっていうのに夜中まで飲み歩いて家族とは言え人を待たせるとか、常識のない女だなと思っていた。人の部屋に来てもきょろきょろいちいち見回す感じが、たまらなく面倒だった。だけど、ベッドで作った即席の壁の向こうで寝息を立てているあいつを見たら、少しだけ同情するような気持ちになった。
 こいつも別に、好きでここに呼ばれてるわけじゃない…。
 身勝手な父親のおかげで急に家族が増えるなんて、そんなこと信じられないだろう。挙句、いっしょに住もうなんて、こっちの都合がすぎる話だ。なのに、向こう見ずなのかこいつは受けることを決めた。遺伝子学的に、そして戸籍上で「家族」なのかもしれないが、20年も存在を明かされず、いっしょに時間を過ごしていない時点で、それはもうあかの他人も同然だ。それも、俺も含め得体の知れない男たちといっしょに暮らすなんて、どうかしてる。
 そんな悪態を思いついたけど、寝顔を見てたら自分に妙に似てる気もしてきて気持ち悪くて、そのまま目を閉じた。
 
 俺が次に目を覚ましたときには、すでに日が昇っていた。授業がないときは、いつもこのくらいの時間に起きている。単位は三年までで取り終わったから、あとは卒業課題のレッスンの授業だけ出てたらいい。
 朝起きて目覚ましのシャワーを浴びたら、がしゃーーーんと何か落としたような馬鹿でかい音が俺の部屋の前でした。
 何かと思って廊下に出ると、他でもないあの女が見事なまでに、運んでいたであろう段ボール箱をひっくり返していた。つっこむのも面倒くさいほどに、それは見事に。

「……」
「…はっ!!」

 突っ伏しているところを上から冷ややかな目で見ていたら、顔を上げて俺の姿を見たあいつは顔を真っ赤にしている。

「……何してんの。人の部屋の前で」
「ご…ごめんなさい!すぐ…片付けます!」

 見ると、ばたばたと廊下に散らかったものをかき集めている。
 何かと思って散らかったノートを拾ってみると、ノートかと思ったそれは、アルバムだった。

「……」

 俺と同い年だと言っていたから、数年前の写真なんだろう。セーラー服を着たあいつの写真が数枚目に入った。化粧が今より薄いからか、やはりどこか直人や理人や自分の顔に、似ている気がする。

「あっ、ちょっ!勝手に見ないで!!」

 言うなり、あいつは俺からアルバムを奪った。相変わらず顔は赤い。

「そんな大事なもんだったら、廊下に落とさないでくれる?」

 うろたえている様子を見たらなかなか片付かなそうになかったので、仕方なく落ちているアルバムを拾ってやった。…にしても、かなりの量だ。

「こんなに持ってきて、どーすんの…」

 呆れて問いかけると、あいつは顔を赤くしたまま、唇を噛んで難しそうな顔をしている。その反応が謎だったので、あんまり気にせずに俺はそのままアルバムを拾っていった。
 ある1冊のアルバムを拾ったときだった。はずみでそのアルバムから1枚、ひらりと写真が落ちた。さっき見たのと同様、高校生くらいのあいつと、少し顔の似た女性の写真だった
 これが、親父が言っていた聡子って人か。
 あいつがこの大量のアルバムを持ってきた意味がなんとなくわかった気がした。

「…ん。落とした」

 落ちた写真を手渡すと、あいつは受け取った1枚を大事そうに眺めている。きっと、この写真たちが母親との思い出の全てなんだろう。だったらどういうつもりで、ここに住もうとしているのか真意は分からないけど。あいつが嬉しそうにしてる顔を見たら、なぜか邪魔したい気になった。

「あんた…その調子で片付け続けるつもり?」
「…え」
「そんなペースじゃ一生終わらないだろうね」

 ばさばさと、とりあえず廊下に出ていたアルバムを段ボールの中に入れて、あいつが元々持ってた分と2箱持ち上げた。

「重いから、いいよ!ごめん!」
「…終わらなかったからって、俺の部屋にはもう絶対泊めないから」

 思いの外重くて失敗した、と持ち上げた瞬間思ったけど、あいつがいる手前辞めるわけにはいかなかった。

「いや、だからほんと!いいってば!」
「別に手伝いたいとかじゃないから。こんなの部屋の前に散らかってたら迷惑なだけ」

 めんどくさい。黙って甘えてればいいのに、なんなんだ。しかも、なんでそんなに顔赤くしてるんだ?
 運びながらもそんな風にいらいらしていたら、廊下の向こうからすごい剣幕で和己さんが小走りで近づいてきた。世話焼きな先方も同じく、こいつの荷物を持ってやっている。
 あ…この感じは、俺への非難か。

「勇人さん!なんて格好で歩いておられるのですか!」

 そんなに大きな声を出さなくても聞こえるのに、と思った。だけど浴びせられた言葉を反芻したら、和己さんが怒っている意味が分かった。俺はシャワーから出てきて、腰にタオル一枚巻いただけの格好だったからだ。こいつがなんで赤い顔をしているのかもそこで理解した。

「これからは年頃の女性がいっしょにお住まいになられるのですから、そんな格好でうろうろしてはいけませんよ!」

 明らかに怒りと呆れがみられる表情を俺に向けたと同時に、俺が持っていた段ボールの箱まで簡単にひょいと取って、和己さんは廊下の向こう側に歩いて行く。
 あいつはと言うと、俺の方を見ないようにか顔を真っ赤にして伏せたまま、ぺこりと一礼して和己さんに遅れないように立ち去った。こんな風に気楽な格好で外を歩けなくなるなんて、正直面倒くさすぎて嫌になる。

 最後に一番面倒くさいのは、俺の領域にまで侵食してくるところだ。
 あれから課題用のスコアを書いていたが、全然うまく進まなかった。そういう時期だ今は。こういう感覚的で、でも論理的なことは、思いつくときに思いついて、そうじゃないときはてんでだめだ。そんなことは、この楽器に向き合うと決める前から、分かりきってることだ。
 それにしても、今回の霧は深い。全然音が浮かんで来ない。
 部屋にひとりでいても仕方ないので、行きつけのカフェに行ったりするが、それはそれで気が散る。どうしようもなくて、部屋でピアノをかき鳴らしていた。いままで作っていた旋律を何度も。ショパンとか、ドビュッシーとか、そういうのも一通り。音が初夏の少し乾いた空気に乗るこの感じがたまらなく好きで、夢中で音を探して、鍵盤を叩いた。
 夢中になっていたから、最初はあいつが部屋にいることに気が付かなかった。なんとなく気配を感じて振り返ると、部屋のドアの前で何か持っているらしい恵芽が、そこに立っていた。珍しく何も言葉を発しない。

「…いつからそこにいんの」
「……結構前からいたんだけど…勇人すごくない?!!」
 
 その頃には俺のことを呼ぶのにもなれたのか、さっきまでの雰囲気はどこへやら、シンバルみたいな大きな声で、興奮しがちにあいつが話しかけてきた。

「…別に普通」
「いやぁ、すご...なんかコンサートみたいだった…。わー…」

 こんな風に大げさに褒められるのは苦手だ。そのまま恵芽は、逆上せたみたいに顔を少し赤くして、ピアノのそばまでやってきた。

「で、あんたは、なんでいんの?俺の部屋」

 恵芽が勝手に入ってきたことに、そのときに気付いた。改めて尋ねたら嫌な口調になった。

「あ、ごめん。お父さんが、勇人にこれ持っていけって。はい」

 見ると、俺がよく食べているショートブレッドと、紅茶だった。俺が部屋にこもりきりのときに昔からよく差し入れてもらうお決まりのセットだ。マリアージュフレールのマルコポーロ。この甘い香りを嗅ぐと、なぜか自然と落ち着いた。普段は親父か和己さんが持ってくるのに、親父はどうにかして俺と恵芽を仲良くさせたいらしい。

「私、マルコポーロ好きなんだー。お母さんも好きで、よく飲んでた」
「…ふーん」
「お茶っ葉の入った缶を開けて香りを嗅ぐだけでなんか幸せな気持ちになってさ、入れずに終わることもあったな」
「…なにそれ」

 言いながらひとりでからからと笑っている。なんだか今日もこいつは楽しそうだ。
 恵芽からショートブレッドと紅茶が乗った盆を受け取って、またピアノの前に座った。が、背後から視線を感じてなんだか落ち着かない。

「…あとは、何?」

 呆れたように息をついて振り返ると、予想通りじっと恵芽はこちらをみていた。

「もうちょっとだけ、聞いてていい?ピアノ」

 こちらの様子を伺うように聞いてくる。意図したわけではないが、俺が嫌な顔をしていたからそんな風に聞いてきたのだろうか。いたたまれないような気もして、すぐに視線を鍵盤に戻した。

「勝手にすれば?」

 そういう言い方しか、できない。直人や理人みたいな気の利いた言葉は思いつかない。

「…ありがとう」

 その言葉は、俺のすぐ隣から聞こえてきた。声の出どころに顔を向けると、いつの間にか恵芽は俺との距離を詰めていた。俺の座っている、すぐ隣の椅子に恵芽は腰かけて、次の俺の音を待っている様子だ。とても楽しげに。思いがけない距離感に、驚いた。

 何なんだ。調子狂う。

 気持ちを落ち着かせようと鍵盤に指を置いた。今までのメロディを奏でてみる。ここまで、ここまでは決まっているけど、次の音が…。
 でも、不思議なことに気持ちよさそうにピアノの音に身を揺らしているこいつを隣で感じていたら、ふと次の音が見つかった。なぜだか新しい旋律が頭に浮かんでは、勝手に指が動いた。音が弾む。こいつの笑い声のような、明るい音だ。

「あ、ねぇ」

 その時だった。
 隣の椅子に座っている恵芽が立ち上がり、鍵盤を叩く俺の手を制した。

「…さっきのとこさ、この方がなんだか…今までの感じに合ってないかな」

 そう言いながら、その前に弾いていた音に違うメロディを重ねながら、恵芽はピアノを演奏している。目を閉じて、とても気持ち良さそうに。そして認めたくないけど、その音は俺が弾いたものよりもずっと心地よかった。

「…悪くない」
「でしょう?」

 恵芽は満面の笑みをこちらに向けて、得意げな様子だ。

「経験あんの?作曲」
「え、全然ないよ!けど…小さいときによく触ってたの。お母さんのピアノ」
「…ふーん」
「お母さんが丁寧に手入れしてくれてて、時々ひとりの時に弾く程度」
「へー…」

 こいつが作った音を辿って、その後の音を紡ぐ。
 なんだろう、この感じは。俺一人では生み出せないリズム。軽やかで、楽しそうで、次の展開が読めなくて、心が弾むような音。良いかもしれない。

 気付くと30分くらい演奏していただろうか。さっきまでの霧が嘘みたいに晴れて、無我夢中で鍵盤を叩いた。隣にこいつが座ってることを忘れるほど没頭して音を作っていた。相手にされてないことに痺れを切らしたのか、本当にそう思っているのか定かではないが、

「楽しい曲だね」

恵芽はそう言って静かに笑った。初めての感覚だった。

「…礼」
「え?」
「止まってたんだよ、作曲」
「そうなの?」
「全然音浮かばなかったんだよ、まじで」
「全然そんな風に見えなかった!」

 本当に、さっき奏でたメロディのように、ころころと表情を変えて恵芽は話す。

「お前が途中弾いてくれたから、助かった」
「私?」
「ああ。礼を言う」

 そう言ったが、そういうときに素直にありがとうと言えない。そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。こいつも俺が礼を言うのを待っているのか、変な沈黙がそのまま続いた。

「…じゃあさ」

 照れくさくて、恵芽の顔を見れないでいたら、思いかけずあいつの方から話しかけてきた。

「作曲のお手伝いしたお礼ってことで、ご褒美なんだけど...」

 さっきと同じように、こちらの様子を伺うような目つきで、俺の顔を恵芽は覗き込む。

「…あんた、やっぱり図々しいね」
「お礼してくれるんでしょ」
「するなんて言ってない。言うって言った」
「待ってたけど結局言われてないから、行動で示してもらうね1」

 なぜだか得意げに言ってくるこいつを見ていたら、反論する気が失せた。これだから女はめんどくさい。

「内容による」
「なによ、恩を仇で返すつもり?」
「そんなつもりはないけど…なんだよ」

 俺がそう言うなり、恵芽は俺の目をさっきよりも力強く見つめて、一歩も引く気がない様子で詰め寄ってきた。

「一緒にディズニーランドに行ってほしいの!」

 意外な懇願すぎて、自分の耳を疑った。

「却下」
「えっ!ちょっと待ってよ、お願い!」
「無理」
「違うの!ふたりでじゃなくて、理人さんも誘って!ね?」
「は?なんで理人も行くんだよ」

 突然理人の名前が出てきたことに、反射的に少しむっとしている自分がいた。

「厳密に言うと、私っていうか私の友達なんだけどね、片桐家のこと話したら、その、一度会ってみたいってなっちゃって…」
「そしたら、会うだけでいいだろ」
「いや、それがその…普通に会うんじゃ楽しくないから、Wデートしない!?ってその子が」
「何だよそれ」
「せっかくだったら!会話も持ちそうなテーマパークがいいよね〜っていう話になって…話が盛り上がって、引くに引けなくなっちゃって…」
「知るかよ」
「えーなんで?楽しそーじゃん。ねー恵芽ちゃん」
「!」

 どこから湧いて出たのか、いつの間にか恵芽の肩に理人が腕を回していた。本当にこの男は神出鬼没で気が抜けない。

「今日もかわいいね。髪切った?似合ってるー」
「あ、ありがとうございます…」

 どこからどう見ても、理人の距離が近い。そして恵芽のやつも、まんざらでもなさそうに顔を赤らめてるのが腹が立つ。兄妹なのに、心底気持ちが悪い。

「なんで勝手に人の部屋に入ってんだよ」
「…ん?恵芽ちゃんが入ってくの見かけたから。かわいい妹の心配しちゃだめ?」
「……」
「なに?」
「……勝手にすれば…」
「相変わらず冷たいなー勇人は!でもなんか楽しそうな話してたね」
「理人さんが、その…お仕事じゃなければ、ぜひ来て欲しいなと思って」
「あのな。メディアの露出が多い今が旬の芸能人が、人ごみの中に自ら行かないことぐらい、分かんないの?」

 敢えて皮肉の気持ちも込めて理人にも聞こえるように、恵芽に言ってやった。言ったら言ったで、こいつの表情がわかりやすく曇るから、少し嫌な気分になる。
 理人は俺の顔をきっと一瞬睨んだ後(凄みのある目をたまにすることがある)、恵芽の顔をのぞき込んで笑顔で返事をした。

「いいよ、行こ!」
「え?」

 俺も恵芽も、理人の顔を驚いて覗いた。まじまじ見ると、弟の俺から見ても整ってるなと思う顔立ちだ。

「ちょうどどっか遊びに行きたいと思ってたし。テーマパークなんて何年ぶりだろ?楽しみ♪」
「ええええ!」

 自分で誘っておきながら恵芽も恵芽で驚いている。

「事務所とか大丈夫なのかよ!」
「ちゃんと変装して行ったらバレないバレない!オーラ消せるからね俺」
「…まじかよ…」

 理人がこういうやつだってことを、忘れてた自分に呆れる。

「ほっ、ほんとにいいんですか?!」

 ダメもとの願いだったからか、恵芽は嬉しくてたまらないといった顔をしている。

「うん。行こうー。いつにする?勇人はどうせ暇だから俺に合わせる感じでいいよね」

 俺のことなんてまるで無視して、ふたりで女みたいにキャッキャッと日にちの話をし始めた。敢えて俺に見せつけているかのように楽しそうに。

「俺は行かない」

 聞こえたらまたうるさそうだから、自分の決意のためだけにつぶやいてみるも、こいつら相手に俺の意思は尊重されそうにない。


 そういうわけで、あいつが来てから家の中が騒がしくなった。めんどくさいし戸惑うが、不思議と嫌な気分じゃない。
 こういうのが、家族って言うんだろうか。同じ血が流れてるってのは、こういうことなんだろうか。

 盛り上がるふたりを横目に、さっき思いついた旋律を俺はスコアに落とした。

第五話に続きます!