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嘘つきな君へ 第二話-3

こんばんは、ときめき研究所のKEIKOです。
今日はちょっと早めの更新です。昨日切りどころがわからずだったので今日は短め...すみません笑。
第二話に出てくる恵芽ちゃんのバイト先は中目黒の設定です。毎年目黒川沿いの、あの桜並木が大好きで。今年は見頃になる前に見に行ったんですけどこんなになるなんて誰も思ってなかったですよね、きっと。来年は必ず見に行くことを楽しみにして...!では、続きをどうぞ!

嘘つきな君へ 第二話 上野恵芽の憂鬱-3

「恵芽?」

 黒い人影が私の名前を呼んだ。聞いたことがある声に身体がビクッと反応した瞬間、人影はこちらに向かってきて、月明かりに照らされてその人の顔が見えた。

「…店長?」

 思わず背筋が震えた。暗闇に店長の顔が見えて、私は後ずさった。
 そんな私の様子が分かったのか、店長はじりじりと私との距離を縮めてくる。口元に僅かな笑みをたたえながら。なんだか、怖い。

「なんでそんなに怖がってんだ?」
「え…いえ、あの…いらっしゃると思わなかったので…」

 深夜2時の自宅前だ。相手の意図が見えない恐怖心で、店長の目が見れなかった。街灯を背にした黒い影がこちらに伸びて、ますます距離が狭まっていることが分かる。大きな声を出したらいいのかもしれないけど、怖くて声が出なくなった。
 店長は私の前に立つと、私の腕を力ずくで掴み、身動きが取れないように頭の上までねじりあげた。

「…っ!」

 力強く掴まれて、痛みに顔が歪んだ。顔をそらした私の首筋に、店長の顔が近づく。

「やっ、やめて…!」
「ずいぶんと酒臭いな。誰と飲んできたんだ?こんな時間まで」
「…!」

 懸命に抵抗すればするほど、店長が私の腕を掴む力は強くなり、ぎりりと肌が擦れる音がする。

「俺には目もくれないのに、他の男とはこんな時間までほっつき歩いてんのか?」
「っちが…!あっ…!」

 そのまま店長は、私の身体を塀に押し付けた。コンクリートの冷たい感触が背中に走る。

「何が違うんだよ?お前、散々俺をたぶらかしといて、結局その態度とか、大人をナメてんのか?」

 すぐ近くで店長が荒ぶっていくのを感じて、反論することさえもできなくなっていった。怖い。こんなとき、どうすればいい?

「お前な、下手に出たからって人のことナメやがって…。俺が気持ちが、お前分かっててそんな態度取ってんのかよ?」

 じりじりと店長が私を塀に押し付ける。背中が痛い。

「お前が俺にした分だけ、俺もお前を傷つけてやるからな」

 私の足の間に店長の膝が割って入って、ますます身動きが取れなくなった。次の瞬間、店長の手が、私の顎を掴んだ。

「こっち向けよ、恵芽。お前の怯えてる顔、よく見てやる」

 そう言って、私の顎を正面に向けた。店長の顔がすぐ間近にある。目は私の知ってる店長のものではない。目の前の人を本気でどうにかしてやろうという殺気が見える、恐ろしい目だ。声が出ない、動けない...!誰か。誰か助けて!

 その時、また私の世界が暗闇に隠れた。

「…って!」

 私のすぐ目の前にあった店長の顔が突然ふっと視界から消えた。不思議に思って足元に視線を送ると、ずしゃと音を立てて、その場に店長が膝をついている。

「てめ!…痛ぇな、離せ!!」

 必死に抵抗している店長の背中側に、さっきまで私の顎を掴んでいた腕が、誰かの大きな手に支配され、良からぬ方向に曲げられている。腕を伝って視界を上げると、そこには昨日と変わらない、涼し気な表情で和己さんが立っていた。

「あ…」

 ほっとしたのか、さっきまで失っていた自分の声が、かすかに漏れた。声が出ないかわりに、涙がぽろぽろと瞳から溢れた。

「…お前!!警察呼ぶぞ!!」

 店長が大声を上げて抵抗する度に、和己さんはぎりっと音がするほど、更に手に力を入れているようだった。和己さんに奪われている腕があまりに痛いからか、店長は私の腕を掴んでいる方の力を弱めた。今だ。足も動く。
 その隙を見て、私は和己さんの背に隠れた。和己さんの背中は、改めて見ると、私一人なんかすっぽりと隠れてしまうほど大きかった。私が背中にいることを気付いてか、和己さんは後ろ手に私を守るようにしてくれた。

「警察をお呼びになるのは結構ですが、不利になるのは貴殿ですよ」

 店長に向かって、淡々と和己さんはそう言った。息がすっかり上がってしまった店長は、なおも和己さんに抵抗し続ける。

「てめ!恵芽と俺になんにも関係ねーだろうが!誰なんだよ!お前は!!」

声を荒げて叫ぶ店長に対して、更に和己さんは店長の腕をねじり上げた。

「…っ!!!」
「私は」

 それ以上すると腕がちぎれてしまいそうな、限界まで無理な方向に店長の腕をねじったかと思うと、突然和己さんは店長の拘束を解いた。どさっという大きな音とともに、店長は道路にそのまま倒れ込んだ。和己さんは、手袋をしていた大きな手をパンパンと二度叩いて店長を見下ろした。

「私は、恵芽様の執事です」

 ぜぇぜぇと息が上がっている店長とは対象的に、和己さんはあの低い声で淡々と話した。

「恵芽様に危害を加えるものは、何人たりとも生かしてはおけません」

 店長にそう告げると、和己さんはスーツのポケットに手を入れ、何かを取り出して一度両手に取ったあと、店長に向けた。背中と腕の間から見えたそれは、確かに、初めてリアルで見たけど、拳銃だった。

「恵芽様を怖がらせた罰です。お覚悟を」
「ひっ、ひいいいいぃーーーー!」

 拳銃を頭に向けられるや否や、店長は信じられないスピードで立ち上がり、一目散にその道を走り去ってしまった。さっきまでのやり取りがまるでまぼろしだったかのごとく、本当にあっという間に。暗闇にまぎれて店長の後ろ姿が見えなくなるまでが一瞬すぎて、拍子抜けして思わず私はその場に座りこんだ。というか、和己さんの凄みがある、手慣れて落ち着いた感じに、くらくらしてしまった。

「え、恵芽様!」

 私が背後に座り込んだ気配を感じたのか、和己さんは振り返ってしゃがみ、私に目線を合わせている。

「大丈夫ですか!?」

 さっきまでの落ち着いた声からは信じられないくらい、和己さんが焦っていることが伝わる。なんだか張り詰めていたものが全部解けて、また私の両目から涙がこぼれた。

「こ…」
「こ?」
「怖かった…」

 私が声を振り絞ってそう言うと、和己さんは私をそのまま、何も言わずに抱きしめた。

「…!か!和己さん!」
「恵芽様、もう大丈夫です。私がおりますので」

 男の人の胸に抱かれるのが久しぶりだったからか、私の心臓は、どくどくとうるさく騒ぎはじめる。和己さんの胸は大きくて、落ち着く。泣きすぎて上がっていた息をどうにかしようと、少しだけその中で甘えて、大きく深呼吸した。あー…なんかあったかいな…。ぬくもりがもっと欲しくて、私もその大きな背中に手を回そうとしたその時だった。

「よしよし…大丈夫ですよー…」

 まるで赤ちゃんか犬をあやすかのように、和己さんは私をさすってくる。

「か…和己さん、それ…!」

 かっと顔に血が上るのを感じながら、和己さんの腕の中で身をよじった。私の行動を不思議に思ってか、和己さんは抱きしめていた腕を解き、首をかしげて、その彫刻のような美しい顔で私をのぞいてくる。

「…何か、気に触ることをいたしましたか?おぼっちゃま達が小さいときは、これで大抵泣き止みましたが…」
「………」

 完全に子供扱いされていることに気付いて、腕を回そうとした自分が恥ずかしくなった。何考えてんだ、私。ぶんぶんと真横に首を振って調子を取り戻すと、和己さんが持っていた拳銃に目が止まった。

「っていうか、和己さん、それ…そんな物騒なものなんで持ってるんですか…?」

 初めて本物を見た拳銃に驚いて、声が震えた。驚く私を見た後、和己さんは視線を拳銃に落とし、あぁ!と一言つぶやいて私の目の前に拳銃を持ってきてくれた。

「これ、おもちゃです」
「…え!」
「あわてんぼうですね、店長さんは」

 そう言いながら、和己さんはふふっと笑った。いつも落ち着いていてクールな和己さんの、意外なおちゃめな顔が見えて、なぜだか胸がきゅっとした。

「まぁ、いつも持ち歩いているのは本物ですが」
「本物も…持ってるんですか?」
「はい。ご主人様を守るためには、そのようなこともあるかと思いまして」
「そ、そうですよね」

 改めて、すごい要人が自分の父なのだと思い知らされるようだった。3日前に見たおじさまの、元気のない寂しそうな顔がふっと浮かぶ。静かにしばらくそんなことを思っていたら、和己さんが私の方に向き直って、口を開いた。

「恵芽様」
「…はい」

 こちらの意志を確認するような、あの眼差しだ。そうだ、今日は約束の、3日後の夜なのだ。

「お迎えに上がりました。お返事をお聞かせいただけませんか?」

 和己さんはそう言って跪いて、私に手を差し伸べた。

第三話に続きます!!