「法律時報」8月号コロナ特集 短評

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、個人的なフォロー推奨リストを参考にしていただけますと幸いです。
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

もし法クラの方が読んでいたら、私が具体的に議論したいのはこういう法案や既存法だ、というのはこちらをご参照ください。


井上達夫

❌ 内容の7割が独自の防疫論で、法律と関係がない。
❌ 肝心の専門部分すら間違っている。「新型インフルエンザ等」の「等」はワイルドカードだから新型コロナも適用できたはずだなどと主張しているが、この「等」は再興型インフルエンザしか指さない(感染症法第六条7項で定義)ことは普通に条文読めば分かることで、太田論文でもそのように説明されている。
❌ もはや専門性すら怪しいおじいちゃんの妄言なのだが、名誉教授のこれを載せざるを得ないのが法学か。

江藤祥平

✅ 観念論として知りたかったことが書いてある。概略としては、《「公共の福祉」や「危害原理」に基づき行動規制を行うことは法学的に可能だし、そのような立法はすでにある。ただし、{放置したことにより失われる人権・生命>規制により失われる人権}であることに十分な科学的エビデンスを付することや、それ以外の有効な代替手段がないことを示すことを要する》という議論。
✅ 規制により失われる人権について多少なりとも列挙を試みている。
✅ あいまいな自粛よりあえて明示的規制のほうが責任の所在がはっきりして良い、という可能性に触れている。
❌ テクニカルな議論はほとんどなく、「では新型コロナについてこの規制は可能か?」と言った議論をしようとすると、この論文ではケースバイケースだとしか言えなくなる。
❌ ケースバイケースを無限後退するぞ、法学者は論点の捜索を繰り返し徹底した後出しジャンケンで勝負する、と読める。法学・裁判とはそういうものだと言われればそれまでだが、「こういう法案なら大丈夫だと思う」とか先にアドバイスが欲しいのだが、そういうのはない。立法者を委縮させるような内容とも。
❌ 「明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見される」等の要件から、性質の分からない新興感染症に対して法律で対処することはかなり難しそうである。このフレームワークでは、被害を実際に出してそれをエビデンスとしない限り議論が難しい。今回のように病原体は分かっているが性質が分からない、というケースでは特にそうなる。

神里達博

✅ BSE対応を例に引いた{分からないものを無理にわかったように政策対応するのは悪手。分からないもの、調査中のものは素直にそういうべき}という言は良い指針。
❌ ちょっとふわふわな観念論が多め。{疾病の認識のフレームワークは実は変動しうる}とか{専門家が専門内だけ言っていれば対応できる問題ではない、トランスサイエンス問題だ}とか、分かるけど具体的な規制論の議論にはふわふわすぎる。

太田匡彦

✅ テクニカルな内容で、現行の措置がなぜこうなっているのかの解説が中心。例えば「新感染症」への指定は原則未知の病原体に対するものだ等の話が書かれている。
✅ なんで現行法に罰則規定を入れなかったかなどの大まかなあらましも説明されている。
❌ 現行法に従った場合の政府のとれる対処が書かれているが、これは我々が3月にやってた話(ログ:1, 2, 3)。確認としてはいいが、いくら何でも遅すぎるし、コロナに対応した法制度を作るうえでは参考程度。
❌ 現在問題になっていること(例:ホテル療養がほとんど違法であること)が議論されていない。続きがあるそうだが、そちらで出てくるの?

曽我部真裕

✅ 民間勤めなので「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」は意識したことがなかった。テクニカルな話が多いが個人的には参考になった。

総評

✅ 「COVID-19はこのような性状を持つ病気なので、このような対策を取ればこの程度人命が救える/結果的に人権制限を回避できる」という見込みをエビデンスをそろえて提出すれば法学者が議論を始められることが分かった。そうすべきである(誰がやるのか?)
✅ 裁判というものの性質上そうなのだろうが、法学が後出しジャンケンこそ正義の業界であり、法を作るうえでの《共犯者》になってもらおうとする期待は捨てたほうが良いとうことは納得はした。
✅ COVID-19について臨床的・疫学的知識を十分に持った法学者などいないわけだし、コロナに自信ニキの法学者はそれはそれでヤバい人なので、両にらみが効く人を橋渡し役にたたき台を作ることから始めるしかない、というのはある意味で当然。

❌ 興味があった具体的な新法案に踏み込む話、その関連でのテクニカルな議論は徹底的にスルーされていて、その側面で有意義な情報は少ない。
「新感染症」への指定は原則未知の病原体に対するものだ等、私のほうで3月に提起してツイッター上の法学者と論争したような話が今更さらっと触れられる程度に出てきているだけで、「法学者の動きが遅いよ」と思っていた私の印象が強化された。

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