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医学部での女性差別再び:2周目の議論で抑えておきたいポイント

聖マリアンナ医科大学での入試差別事件で、東京医科大学の事件以来の話題となっている。この件についてはもう2周目なので、抑えるべきポイントは押さえて話を進めるべきだろう。


医師は適切な労働時間まで負荷を減らすべきだが、同時に家事育児で消耗してほしくない

私立医科大の入試差別事件は、基本的に「医師が重労働であるため、WLBを求める女性の数を限らなければ医療体制が維持できなかった」ということが動機にあり、ここが議論される。事件の性質上男女論が目立ちがちだが、それ以前にまず基本認識として、すでに男性の医師でさえ長時間労働に限界が来ているということは押さえておく必要がある。

前回の東京医科大学の事件の際には、まずもって労働時間を「普通に働けるレベル」まで軽減することが対策として有効であろうことは筆者も述べた。

そのうえで、やはり性別関係なく、医師はなるべく家事育児を配偶者なり外注なりに任せるべきというのが筆者の考えである。医師というのは言ってしまえば「限られた資源」であり、時間は貴重なものである。家事育児で時間を消費し、体力を消耗するよりは、それを他者に委譲して休んでもらい、臨床、研究、指導など医師にしかできない行為をしてほしいというのが、患者として、そして男女平等を推進し女性のリーダーシップを促進する立場での考えである。

医師が長時間労働になりがちなのは「目の前の患者を放置できない」「今は救えない難病患者を救いたい」という職業倫理的がある。また経済的にも、医師の診療・研究行為には高い価値があるが、医師が家事育児はその辺の人のそれと価値は変わらず、社会の厚生を高めるには、比較優位として医師は専門技能を生かし、家事育児は他者に委譲してもらったほうがありがたい(家事育児が趣味でストレス解消になる、あるいは育児経験が仕事上役立つというならその限りではないが)。

現在は女性医師の6~7割が男性医師と結婚するという状況だが、医師どうしの結婚で医師が家事育児を抱え込むのは、医師育成に大なり小なり社会リソースがつぎ込まれていることを考えれば、あまり歓迎したものではない。医師どうしで結婚したなら高い所得があるのだから身銭を切っても家事育児を外注してほしいし、医師としての職業倫理を考えれば、女性医師も家事育児を任せられる男性の内助の功を受けて、患者と向き合い、治療法を研究し、後進を指導し、リーダーシップを取る時間を増やしてほしいというのが患者として、有権者として、そして男女平等を促進する立場としての考えである。


外国の事情

こういった話題では、外国(先進国)の医療がどうなんだという話題も出る。一つ言えることは、特に英語圏ではやはり女性医師が退職しやすいことは問題知れている(BMJなどの学術雑誌でも普通に議論されている)。また、現状外国の先進国では
1. 外国出身医師
2. 医療ツーリズム(外国受診)
によって、途上国の医療リソースを収奪することで補っており(一種の南北問題)、かつその横断的な比較が難しいため議論しづらい状況となっている。以下、簡単な例を挙げる。

イギリス

イギリスでは、Hospital Doctor(勤務医?)の37%が英国外で医師資格を取得している。そのうちEUが9%,アジアが20%である。ただイギリスのNHSは医療費が無料である代わり超過需要により非常にアクセス性が悪く、もともと救急が弱い・医療ツーリズムが蔓延しているという問題があり、その点は考慮が必要である。そのイギリスでも女性医師比率の高さをアクセス性と絡めて問題視する意見は出ている。また、下記の記事の著者トイアンナは患者として「日本最高」、差別問題で「日本最低」と述べているのは興味深く、次節「産婦人科のトリレンマ」を考えるうえで参考になるだろう。

ドイツ

ドイツでは、勤務医のおよそ1割程度が外国出身である。主要な出身地はルーマニア、ギリシャ、ポーランド、ウクライナ、シリア、イラン、エジプト、トルコなど東欧・中途の途上国が大半を占め、西側諸国は少ない。

アメリカ

アメリカの場合、女性医師も他の職業同様産後6週間で勤務に復帰し12時間シフト最大80時間の男性同様の負荷で働く。それでも移民は多い。

日本の病院は圧倒的に人手不足だということです……アメリカではヘルスケア・ワーカーの半分以上は移民が担っていて、病院で人手が足りないことはありません。
――日本は人口減少社会を恐れるな / ジャレド・ダイアモンド


産婦人科のトリレンマ

東京医科大学の事件の際にも、ワークライフバランス(以下WLB)を整えることでアクセス性が低下することを受け入れるか否かという議論があった。これについては、産婦人科をモデルケースにするのが良いと考えている。

1. 産婦人科の女性患者は女性医師を好み、その結果若手の産婦人科医の過半数は女性である。
2. 女性医師が働きやすいようWLBを整えるべき
3. 産婦人科は救急対応があり、医師のWLBを重視すると妊婦・女性患者の医療アクセス性が悪化する

産婦人科には上述のようなトリレンマがある。これがモデルケースとして優れているのは、1の要望があるために男性がからまず、男女問題と切り離して女性のみに閉じた状態で医師のWLBと患者のアクセス性のあるべきバランスを議論できる、という点である。「女性医師のWLB」「女性患者のアクセス性」を語ると「女性」の部分だけが独り歩きしがちだが、産婦人科では女性患者の要望で男性医師が少ないので、「女性」部分が相殺された「医師のWLB」「患者のアクセス性」だけを純粋に議論できるというわけだ。大淀病院事件では「妊婦の患者をたらいまわしした病院が悪い」となったが、今は「妊婦の命 vs 定時に帰りたい女性医師」の構図となるわけである。

なお、すでに上述のような状況のため、急性期の産婦人科医の集約は否が応でも進めないと維持できないというのが現実となっている。現在は、「母親にやさしい自治体」を名乗りたい各自治体が集約による産婦人科センターの喪失に必死で抵抗している(が、無駄な抵抗になるだろう)というフェーズである。

なぜ過重労働なのか、アクセスの容易さと医師の職業倫理と
他の職種と異なり、今の人員で過重労働をやめれば医療の質が落ちることが懸念されています。そこで医師の職業倫理として過重労働を甘受せざるを得ない。患者を見捨てるのかと言われたら働いてしまう。
時間外に患者を診ることをやめ、手術をしない。これがなされれば過重労働はなくなっていくでしょう。ただし医療の質は落ちますし場合によっては死者も増えるでしょう。
――東京医科大学の不正の衝撃 お産の現場を担う産婦人科医として伝えたいこと

また、集約したと言ってもアクセス性が完全に失われるわけではなく、病院の外部で辻褄を合わせることで(例えばドクターヘリや宿泊施設を整備するなどして)機能を取り戻すことが可能であることが知られている。例えば、スウェーデンの研究では集約後1年程度で何らかの形で機能が復帰している。ただ、冬季の交通が悪化する北日本や、集約の結果1県1センター程度まで希薄化する地方でどうなるかは不透明である。


トリレンマのうちアクセス性の低下については上記に資料を掲載したため、以下、「女性患者は女性医師を好む」「女性医師はWLBを好む」ことの資料を添付する。

女性患者は女性医師を好む

産婦人科に入局する意思も女性の数が男性の数を上回るようになりました。数年前からやや過剰気味に唱えられるようになった「女性医師でないと嫌だ」という女性患者の意識の変化がそのようにさせているのだと思います。
――錦織直子「婦人科所の独り言」

産婦人科の女性比率増加のデータ

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「共同参画」2012年 2月号

女性医師はワークライフバランスを重視する

女性医師が増えると、妊娠や育児のために「昼間の診察時間帯は働くことができても夜間や緊急時には対応困難」という人も出てきて、産婦人科にとっては必須条件である「当直」や「緊急呼び出し」に対応する人数が減ると、仕事が回りません。……男女を問わず、医師の就業環境が見直されて改善されることは、ありがたいことだと思います。ただ、就業問題を考えるにあたって忘れてはならないのは、本当に不足しているのは「昼間の医師」ではなく、「夜間に働くことのできる医師」です。……極端な話、診療科選択時点での男女比や必要人員数に至るまで配慮していかなければ、産婦人科医療は本当に崩壊してしまうのではないかとまで、考えてしまいます。
――錦織直子「婦人科所の独り言」
土日や夜に働ける人が少ないという共通の問題
診療科によって少しずつ事情は異なるものの、どこの科でも共通しているのは「土日と夜働ける人が少ない」ことであろうと思います。
私も当直表を作っている時は各自の要望に応えつつ組むことは大変苦労するので病みましたし、現職場で当直表を作っている医師も不公平のないよう作ることに難渋しています。
日本は妊産婦や新生児の死亡率の低さを世界に誇っていますが、地域でハイリスクの妊婦や急変した妊婦を引き受ける「周産期母子医療センター」でも充足人数とされる人員がきちんといる施設はそう多くはありません。
常に長い勤務時間、人手不足の中、綱渡りでの医療が行われています。そういう状況下で、病欠や妊娠出産によりさらに人手が減るとなったときに、正直、「またか…」とは思うのはわかります。
――東京医科大学の不正の衝撃 お産の現場を担う産婦人科医として伝えたいこと


医者を増やせばいいのでは?

意思を増やせというのはよく出る意見だが、
①医師の育成には、現役医師が時間をとって学生に教える必要があるので増やすペースにも限りがある
②増やしすぎても勤務医にならず非臨床および海外に流出することが想定される、あるいは開業医で儲け重視の非倫理的行為を始める
③2の問題の解決には現在先進国最低レベルに抑えられている病院の勤務医の賃金を上げる必要があるが、財務省が渋っている
という事情から、まず事務でサポートとなる人へ委譲したり、救急を集約した上でドクターヘリ等を充実させるなど、医師の周辺部を整備する方が堅実という意見が前回事件の時にはよく見られた。

また、英紙の意見では、主婦のパートタイム的な働き方ができるまで緩めて医師が「主婦向け職業」になり女性が主になると、プロフェッショナルとしての意識が崩壊して医療の質が下がり、待遇も悪化すると、ロシアを例に引いて説明している。


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