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キルギスからの便り(35)風雨で停電

 懐かしい場所へ戻ってきた実感を持たせてくれるうれしいものの代表がトヴォログだとしたら、うれしくないことの代表もある。それは停電と断水だ。
 キルギスへ着いた3日後の夕方、散歩に行こうと玄関を出ると、校庭の大木や街路樹が大きく揺れて、木々の葉が舞い上がり、砂ぼこりで空気はよどみ、強風がビュービューと音を立てて吹いていた。まさかこんな荒れているとは。
 日本にいれば「今日は傘がいるかな、寒いかな暑いかな…」と天気予報を調べているが、キルギスでは大抵晴れかくもりなので空模様を気にしていなかった。
 いったん部屋へ戻り窓の外を見ていたら、間もなく雨が降ってきた。すぐにやむだろうとたかをくくっていたが、水たまりに水滴がはね続けている。

 散歩をあきらめて机の前でパソコンを開いたら、Wi-Fiがつながらない。電波が不安定なだけではなさそうだ。しばらくして洗面室へ行ってみると照明のスイッチを入れても明るくならない。あ、そうか、停電なのだ。
 納得した。強風で雨だから、である。日本では日常的に吹く風雨のレベルでも、ここでは停電につながる。4年前までのキルギス滞在時にもっとも悩まされたのは停電と断水で、断水はトイレや洗浄など衛生面に関わるので、身体的なストレスが大きい。
  停電も断水同様につらいが、暖房器具を使う冬季以外なら、スマートフォンなどを常に充電し、懐中電灯の用意をしていれば、半日位は我慢できる。
 だから今回、電気が突然なくなっても「水があるからありがたい」と考えて、じたばたせずにやり過ごそうと思えた。
 そうは言ってもじっとしていると余計に停電のことを考えてしまう。あえて外へ出て気を紛らわそうと、散歩を決行した。傘はないが、コートのフードを被ればしのげる程度に雨が落ち着いていたので、学校の周りをぐるっと30分くらい歩いた。

 帰宅しても停電は続いている。やがて日が暮れて、暗闇になった。学校の前や通りを隔てたアパートも暗いが、ずっと遠くには明かりが見えているので、停電の範囲はかなり限定的なのだと分かる。
 ぼーっと窓の外を見ていると、向かいのアパートの壁が時折明るくなる。電気が戻ったかと惑わされそうになるが、これは自動車のライトだ。街灯は待てど暮らせど灯らない。

 スマートフォンの電池残量が少なくなってきて、暗闇の中でできることはほぼないので、眠くもなかったが、8時半過ぎにベッドに入った。
 歯磨きや着替えなど最低限の作業に困らなかったのは、1年目の渡航時に義姉からもらったペンダントライトのおかげだった。ヘッドライトよりかなり気軽に使えるので重宝する。
 ベッドに入ってから30分程すると、窓のカーテンの隙間が明るくなった。どうやら街灯がついたらしい。だが数十秒で消え、暗くなった。5分程して、再び明るくなった。またすぐに消えるのかと思ったが、明るさは保たれたままだった。夕方から始まった停電は4時間強でおさまったのだ。
 そこで一安心してからの記憶はないので眠りについたのだと思う。

 自分がキルギスを離れていた4年で新しい建物や大型店舗も増え、表面的には快適な環境が整ってきたように見える。だが今回の停電は、いまだインフラは脆弱であることを痛感させられた出来事だった。

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