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教材の誤りをなくすときの誤解の話

教材には内容の誤りがあってはいけないので,版元(出版社などのこと)や教材編集者は誤りをなくすために労力をかけます。ただ,労力のかけ方に誤解があると思うときがあります。そこで今回は,教材編集者が教材の誤りをなくそうとするときの誤解について書いていきます。なお,制作を進行する教材編集者の立場からの話であり,「こうすれば校正能力が高まる」といった内容ではありません。


真面目に一生懸命校正する

教材に内容の誤りが発覚したとき,「ちゃんと校正していないからだ」という意見を見かけることがあります。「ちゃんと校正」を,真面目に一生懸命校正していないというニュアンスで使う人がいます。では,真面目に一生懸命校正すれば,紙面の誤りはなくなるのでしょうか。

内容の誤りが発覚した教材であっても,たいていは真面目に一生懸命校正しているはずです。ただ,校正は専門技能です。専門技能が十分でない人たちがいくら真面目に一生懸命校正を行ったところで,内容の誤りは完全になくせません。気持ちの問題よりも技能の問題です。真面目に一生懸命校正するだけで誤りをすべて見つけられるのでしたら,そもそも校正者という職業は存在しません。

「ちゃんとやっていないからだ」という根性論では何も解決しません。根性論だけでは何も解決せず,誤りが出続けた事例を実際に知っています。

教科知識が豊富な先生が校正する

以前書いたように,私(中村)は予備校の本社でテキストやテストの制作をしていました。このとき,ある先生が誤りとも思えない内容について,よく「これは誤りだ」と連絡してきました。そこで,その先生に本社へ来てもらい,教材の校正を手伝ってもらうことにしました。先生と並行して私も同じ教材を校正したところ,私が見つけた誤りを先生はほとんど見落としていました。

教材の校正には教科知識は必要なものの,大量の紙面の中に紛れ込んでいる誤りを見つけるためには,上記のように校正の専門技能が必要です。教科知識があるだけでは,誤りをもれなく見つけるのはなかなか難しいです。また,「これは誤りだ」とすぐ指摘をする先生は,自身が気になる箇所にしか意識が向かず,まんべんなく誤りを探すのが苦手な印象があります。

あと,先生によっては自身の教え方が絶対で,自身の教え方やこだわりと異なる原稿をすべて「おかしい」と指摘して赤入れする人もいます。そういう先生が校正・校閲を行うと,制作が混乱することもあります。

校正の人数を増やす

かつて,版元から高校物理教材の制作を受注したとき,版元側では東大生10名に校正を依頼していました。弊社では,私と弊社の外部校正者1名で校正しました。このとき,私と弊社の外部校正者がともに見つけた誤りを,東大生10名全員が見落とすことが数回ありました。

くり返しになってしまうのですが,校正は専門技能です。技能が十分でない人を増やして紙面の校正を行ったところで,やっぱり誤りを見落とすことになるようです。

校正の回数を増やす

紙面の誤りをなくすための対策として,校正の回数を増やす話をたびたび聞きます。おそらく,誤りを見つけきれないなら,単純に校正の回数を増やせばいいという考え方なのでしょう。

制作期間は簡単には延ばせないですから,校正の回数を増やしたために執筆期間が短くなり,原稿の品質が下がったり,締切に原稿が間に合わなかったりしたケースを知っています。

また,一定の水準以上の力量をもった校正者が何人もいて順に校正するならともかく,同じ校正者が何度も同じ紙面を校正すると,やがて紙面を見慣れてしまい,誤りを見落としがちです。

良い教材を作ろうとする

教材を作るとき,良い教材を作りたいと考えるものです。しかし,紙面に誤りのない普通の教材を作れない人が良い教材を作ろうとすると,修正や差し替えをくり返しがちです。

紙面の修正が多いと,以前書いたように修正ミスなどによる誤りが生じてしまう可能性が高まります。また,原稿を差し替えると校正が振り出しに戻ります。特に最終工程で大きな修正や原稿の差し替えを行うと,その後のチェックが手薄になり,紙面に誤りが残ったままリリースされる要因になります。良い教材を作るつもりで修正や差し替えをくり返したとしても,最終的に紙面に誤りがあると,良い教材ではなく悪い教材です。

紙面をより良くするための修正と紙面の誤りを正すための修正を区別し,前半の工程では紙面をより良くすることに力を入れますが,後半の工程では良い教材を作ろうとせず,紙面の誤りを正すことだけに集中します。前半の工程で良い教材を作るためのやるべきことをやらず,後半の工程になってから良い教材を作ろうとしたところで,良い教材は作れません。

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