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一般社団法人ミラクルギフト代表理事大橋美穂ができること。

小学校 中学校 高校 大学の美沙への対応。

今思うと、ほんとうにありがたかったのです。

きちんとしていただいていたと、なら思えるのですが・・・

学校は子どもが主体だからこそ。

でも、悲しかった。
でも、怒りでしかなかった。
と思うのは、
お母さんとしていろんなことに葛藤しながら訳のわからない、まだ見えない将来に対してああでもないこうでもないと悩み苦しんでいたその時々の日々のことを


蔑ろにされた悲しみだったり
蔑ろにされた悔しさだったり
蔑ろにされた痛みだったから。

うちの子を特別扱いしてほしいわけじゃない。
ただみんなと同じに扱ってほしい。

ただそう願っていたのはそんな日々の積み重ねがあったから。

どうしたら、どうなったら、みんなに追いつけるのかな。
どうしたら、先生の手を煩わせなくなるかな。
どうしたら学校に理解してもらえるのかな。
将来ってどうなるんだろう。
大丈夫なのかな。
そして一生懸命大丈夫って自分に言い聞かせる証拠をなんとか集める。

そう葛藤していた日々でした。

そして、私自身が当時スクールカウンセラーの先生とつながっていても苦しかったのはその「お母さん」という役割以前の、自分自身の人生としての葛藤まではフォローできなかった部分だから。

子育てほど、自分の内面と向き合わされるものはない。
そして、これほどまでに自分が子どもの頃に蓋していたことを容赦なく見せつけられるものはない。
忘れていたことを掘り起こされるしんどさもある。
お母さんになったからってそこがクリアになるわけではなく、お母さんになればなるほどそこを突き付けられることがある。
・・・ま、それは自分が望んでやってることに過ぎないこと、だけど。

その限られた時間の中でそこまで汲み取ってもらうってなかなかきついと今なら思えるのです。

それでもわが子は私の思う蔑ろというものを経験し、それ以上に大事なことをそんな学校で経験したからこそ、今、ちゃんと自分を生きている気がしています。

美沙自身がありのままの美沙自身であることを認められたのもそんな学校があったからだと思います。

いろんな学校で「移動式MISA美術館」をしていただく中で先生と子どもたちが作る世界をまざまざと見ることで、学校でしか味わえないそんな大事な世界もちゃんとあって、勉強ができない、みんなができることができない、そんな世界だけじゃなかったことを思い出したからこそ。

その教室はそこにうちの子わかってほしい!という親が口を挟まないことできちんと成立していた場所だったから。

だからこそ気づいたのは、私が大事にしたいのは学校がハンデのある子どもにしてくれること、ではなくそんなお母さんの子どもを必死に育てるという葛藤という世界でした。

その葛藤こそ、その人らしさ全開でその人だからこその視点。そこを一緒に伴走したいなと思うのです。

そしてその葛藤をきちんと自分で見ることによって、それこそがその人の強さの本質なのではないかと思うのです。

それがその人のこれまでの原動力となっている。

蔑ろって、ある意味生きる原動力だから。

悔しさや悲しみは、我が子がもたらしていたのではなく、親である以前の自分自身の人生の中でもたらせていたものだったから。

その苦しみに涙することが弱いのではなく。

とにかく飲み込んでなんとか次に進めるものなのだから。

そして発達凸凹の子を育てるということは、「こうあるべき」という、いわゆる普通のラインから外れているからこそ見えているものがたくさんあって。

それが本当に苦しかったのです。

でも、その視点こそが私自身が今まで感じていた発達障害というものの常識を打破する大きな力になりました。

それはとても貴重な経験であり、そんな子はダメな子、この子の将来どうなるんだろう、というだけではない、外れているからこそ見えている世界は逆にとても価値のあるものだったと思える経験だったと今思うのです。

そんなみんながみんな当たり前だと思っている常識が我が子の常識ではないと知ったお母さんの世界に寄り添い、そこをこれまで見ていた世界から新しい世界に変える可能性へと視点を変える「プロのお母さん」として悩めるお母さんに伴走出来たらな・・・と思うのです。

発達障害って持って生まれた感覚を自分としてどう生きていくかという視点をこれでもかというほどに我が子に見せられたからこそ。

その子そのものは障害の重さ、軽さ、診断名なんてものでは測れないものと知ったからこそ。

そもそもどこからどこまでが障害というラインなんて引けないからこそ。

これこそが人がこの世に生まれ自分を生きる本質だと思うからこそ。

我が子の持つ才能は、才能ありき、ではなく、我が子の、我が子だけの人生ありきだと思うから。

それだけ人は、生きた歳に関係なく、その日に至るまでいろんなものを見て感じて体験して今日を生きているから。

子どもを産んだからと言って、自分の思う理想のお母さんにはそう簡単にはなれないからこそ。

・・・そして、学校での対応に悩むのは

子どものことまでは目が配れるけれど、お母さんの葛藤までは受け止めきれないこともあったりするからこそ。
ええ、そんなこと言ったところで、???なのです。
いや、子どものことならちゃんとやってますよと言われるのも無理はない話。

そこから出てくる、そんなお母さんの自分の中からあふれてくる深い思いを話せることでまた学校に対する視点も変わってくると思っています。

そこを私自身のあの葛藤という世界を存分に味わったからこそ、目の前の葛藤最中のお母さんと響き合えるものがあるとわかったからこそ。

お母さんという役割がここまで深い世界を見せているということを、私と対話することでそれをやっているお母さん自身のあなたに知ってほしいのです。

お母さんとしてやっていることは全て理由があると思えるからこそ、そんな思いに「わが子を育てあげたプロのお母さん」として伴走出来たらなと思うのです。

我が子にハンデがあってもちゃんと自分の道を生きていけるたくましさを育てる場所があると思うからこそ。

そこをいろんな方と対話し、お伝えする場を作ります。

子どもはちゃんと自分自身を見つめる強さがある。
だから、大丈夫なんです。

そして、どんなお母さんでも大丈夫だから。

そう、お伝えしたいのです。

また、保護者対応に悩まれる方にも安心してお話しいただける場でありたいと思っています。

ぜひそんなカウンセリングセッションにお越しください。お気軽にメッセージをいただけたらと思います。

よろしくお願いいたします。

こちらがロゴとなります。

一般社団法人ミラクルギフト
代表理事 大橋美穂







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