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【土蜘蛛散家の回顧録〜村崎百郎その壱】

「精神異常者とは何が進行中なのかに気づいた連中のことを指す」

──ウイリアム・バロウズ

■鬼畜との運命的な出会い

 俺がゲスな犬畜生ライターの村崎百郞に会ったのは、1994年の春、東京のとある出版社の社内だった。甲賀忍者一族の族長、甲賀三郎の末裔で「金は絶対病気にならない」が信念である不倫火山の社長に、とある隠密の用件で呼だされたのである。社長室で頭巾を被った鬼畜の村崎に会った瞬間、俺は、彼に俺と同じく虐げられてきた豚猿犬の畜生とルーツと妖波を感じた。王族から地位を剥奪され貶められた熊襲(くまそ)たちの子孫の邪気を周囲に発散していたからだ。村崎は、いにしえの熊襲の特徴を遺伝的に全て兼ね備え、時空を超えて遍在し、ここで今日いま、俺と出逢ったのだ。

 しかし、村崎の反応は異常なものだった。俺の目と彼の頭巾の中から飛び出すように覗いている目が合うなり、頭巾を瞬時に脱ぎ去り、豚が屠殺されるときのような奇声をあげて、一目散に社長室から飛び出して逃げていったのだ。走り去りながら頭巾で自分の首を絞め、空中に持ち上げ飛び立とうと四苦八苦している。

 「何だ、知り合いだったのか?」社長が俺に尋ねた。俺は答えた。「ええ、この三千世界でたったひとりの親友なんです。それは嘘偽りのない本当のことだった。もしも「親友」という言葉を、人が鎧兜のように覆い隠しているその本質を瞬時に見抜き、その人物が本当はどこから来て、どこに行こうとしているのかを知りうる者がそうだとするならば。

■俺と怨念の長い歴史

 映画「エクソシスト」の冒頭、ライオンの頭と腕、ワシの足、4枚の翼、サソリの尾に、巨大なヘビの男根を持つ魔神「パズズ」の像が登場し、メリン神父と対峙するシーンが出てくるのを覚えているひともいよう。クライマックスの悪魔祓いの最中に、幻影のように現れる影も「パズズ」であった。

 この異形のキメラの悪魔パズスは、紀元前1000年紀に、アッシリアとバビロニアとシュメールで崇拝された魔神で、イナゴの化身した悪魔である。ハエの化身、ベールゼブブの盟友だ。古代メソポタミア地方のアッカドでバビロニア伝説・伝承の中に登場する風と熱風の魔神であり、悪霊であり、最高位の悪霊の王の王である。その姿は、イナゴが、メソポタミアの季節風シャマル(shamal)に煽られて羽を広げている姿を模したものではないかと思われる。

 シャマルとは夏に熱せられた内陸部から、ペルシャ湾目指して吹き降ろす風で、 熱気と砂塵を、その通り道であるティグリス・ユーフラテス川流域にまき散らす。 東アジアの「黄砂」と似た現象だ。強い熱気と乾燥、そして容易に目や呼吸器に侵入する砂の微粒子は、メソポタミア全土に旱魃による飢饉と熱中症、そして眼病・呼吸器感染をもたらし、パズスが操るこの砂漠から吹き付ける暴風、ペルシャ湾から吹く風熱風には、熱病の原因となる致死性の病原菌が含まれているため、人はおろか畜獣さえ病死させてしまい「シコシコ」という名の悪魔に人々を取り憑かせ、メソポタミア文明滅亡のきっかけとなったとも言われている。

「我パズズ、ハンビの息子、猛威を振るい荒々しく山から出てくる大気の悪霊の王者である」とパズス神殿遺跡の門柱には高邁な格言が刻まれている。パズズへの畏怖は紀元前1000年以上前の、古代メソポタミアにおいて長年にわたり広域でなされていたが、その信仰は、キリスト教の広がりとともに砂の中に埋もれていった。パズスは後に何を残すこともなく、ただ砂に奥深く埋もれた屈辱の災厄をもたらして消えていったのである。

 このような埋没した怨霊は海外だけではない。

 熊襲は、中央の王国に抵抗した九州地方の勢力の人々である。スサノオがヤマタノオロチを倒して手に入れたとされる神剣、天叢雲の剣(草薙の剣)により「西征」したヤマトタケルに滅ぼされた。ヤマトタケルは、父に逆らった兄を捕まえて手足を引き裂いて殺し、遺体は袋につめて捨てろと命じるような残忍な男だった。

 ヤマトタケルは、気を許していた熊襲の宴会に招かれると、髪を下して女物の服に着替え、少女に変装して宴の席へと紛れ込んだ。狙いは、首領で、自分たちを超える猛者はいないとさえ豪語していた熊襲健の兄弟二人である。その間に座ったヤマトタケルは酒を注いでは飲ませ、女とハメるのが何より好きな好色の熊襲健がすっかり酔っぱらったころを見計らって懐から天叢雲の剣(草薙の剣)を取り出し、まず兄を殺し、次に弟を殺した。兄は瀕死の中でこう叫んだという「抉られた傷が煌々と燃えて死よりも辛い。お前への憤怒は永遠に収まらないだろう。必ず復活し殺してやる。お前と違い正々堂々正面から!」。かくして熊襲健は、熊襲神社にハメハメハ大王として奉納される怨霊となった。

 そして、土蜘蛛一族もそうだ。土蜘蛛/土雲(つちぐも)は、古代日本においてヤマト王権・大王に恭順しなかった土豪たちを示す名称と教科書的には教えられているようだ。地中の神、オオナムチを崇拝し、出雲を主たる拠点としていたが、熊襲同様、九州にも存在した。近世以後は、蜘蛛のすがたの妖怪であると広くみなされるようになった。土蜘蛛は古代、ヤマト王権側から異族視されていており、『日本書紀』や各国の風土記などでは「狼の性、梟の情」を持ち強暴であり、山野に石窟(いわむろ)・土窟・堡塁を築いて住み、朝命に従わず、誅滅される存在として畏怖されていた。

 「つちぐも」という名称は「土隠(つちごもり)」に由来していると考えられており、該当する土豪の一族などが横穴のような住居で暮らしてた様子、穴に籠る様子から付けられたものであろうとされている。出雲にいた土蜘蛛については、体が侏儒のように小さく手足は長かったといわれる。「尾が生えている」と正しく書かれている文献もある。これらはみな正確な記述である。俺のからだがその証左だ。

 ヤマトタケルは、出雲の大きな穴倉にいる数多くの土蜘蛛に、豪勢な料理を振る舞う。このとき料理を運んだ多数の料理人に太刀を持たせ、合図とともに一斉に斬り付けて、土蜘蛛たちを一網打尽に倒した。このとき合図として歌われた歌(久米歌)に「撃ちてし止まむ」というフレーズがある。久米歌を伝える久米氏は軍事氏族でかつ国王の下で宮廷料理を担う隼人系の氏族であった。この土蜘蛛の怨念が積み重なり、大蜘蛛の妖怪と化して現れ、平安時代の武将・源頼光を苦しめもした。

 神託で、熊襲征伐を止めて新羅征伐に行くようにヤマトタケルは命じられるが、彼はこの神託を受け入れずに熊襲征討を行い、九州の土蜘蛛も討つ。その際に誅伐された一人が、土蜘蛛の田油津媛である。田油津媛が誅伐されたとき、兄の夏羽が軍を起して迎え来たが、妹が誅伐されたと聞いて逃げた。妹のほうが有力だったのか、七転びもうだめ、ともかく妹が討たれては勝算がなかったということだろう。

 ここに憶測されるのは、土蜘蛛は女性が首長であり、恐らくはシャーマンであったに違いない。兄よりも有力者のような感もある。名前の「タブラツ」は「誑かす」と語源を同じくする言葉で「人を惑わす」という意味があり、シャーマンとしての実体を表わすのにふさわしい。邪馬台国の卑弥呼も、魏志倭人伝に「鬼道」によって衆を惑わしたと書かれている。常陸国風土記には「クチズメ」が土蜘蛛の別名と書かれており「チ」を水の神「ミズチ」や野の神「ノズチ」と同じく神霊、霊力の意、「メ」を女性の意に解すると、「クズチメ」という名は「土蜘蛛の巫女」と解釈できる。

 この土蜘蛛一族こそ、俺、土蜘蛛散家のルーツなのだ。天皇家よりも長い歴史を持ちながら、敗北者として、異形の者、奴隷、穢多非人として扱われ、中世以降は、忍者として一族をなし、生き延びてきた。明治期以降は、サンカとして、その姿を深い山林に消し、生活を営んできた。

 俺たちの最大の特徴は、昔ながらのシャーマン的体質に長く抑圧された時代に身につけた忍術が加わることで、他人のからだを乗っ取り、憑依することができる点にある。エクソシストでパズズが少女のからだに憑依したように。この我らが操る呪術は、現代の最先端テクノロジーでは Erotomechanic、つまり「色情狂化潜入工学」と呼ばれているが、これについてはまたいずれ詳説しよう。

■犯人に憑依し見えたもの

 俺はある決意を持って、2010年7月23日、村崎百郞宅を訪れた中年男に憑依することにした。実際に憑依したのはその二週間前である。このとき、奇妙なことが起きた。憑依して男のからだと精神をのっとった瞬間、村崎と俺は、はるかな太古に、一緒に熊狩りをしたことがある、という記憶が蘇ってきたのだ。「人を知るには狩りをするのが一番いい。お前のことがよく知りたかったのだ」と村崎百郞はそのとき俺に語った

 そうだ、俺たちはこころを許し合い、ともにその素性、ルーツ、本質を知るもの同士だった。「アナルはこころの小宇宙」が口癖だった村崎百郞は、なぜ自死を事前にかくも正確に予言できたのか、ロバート・K・マートンの唱えた予言の自己成就だったのか、ゴーレム効果だったのか、いや、そうではなく、水の中からさざ波を立てて移動しながら浮かび上がる十字架のイエスは村崎の見た自己のドッペルゲンガーだったのだ。

 19世紀のフランス人のエミリー・サジェはドッペルゲンガーの実例として有名で、同時に40人以上もの人々によって彼女のドッペルゲンガーが目撃された。古代のギリシャの哲学者ピタゴラスは、ある時の同じ日の同じ時刻にイタリア半島のメタポンティオンとクロトンの両所で数百人の人々に目撃された。

 村崎の場合、正確には、村崎自身の姿ではないから、これは、ホートスコピー(heautoscopy)と分類される。ホートスコピーとの交流は友好的なものより敵対的なことのほうが多く、ホートスコピーを見た者もまた死ぬ。

 ドッペルゲンガー現象、ホートスコピー現象は、古くから神話・伝説・迷信などで語られ、肉体から霊魂が分離・実体化したものだ、だから、この二重身の出現は、その人物の「死の前兆」なのだ。

 こうした例は村崎だけではない。アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン、帝政ロシアのエカテリーナ2世、日本の芥川龍之介などの著名人が、自身のドッペルゲンガーを事前に見、そして死んでいった。

 そして、ドッペルゲンガで自死を予言した村崎と男に取り憑いた俺が、現場で一体なにをしていたのか。村崎はなぜ48箇所刺されたのか。まず、最も重要なのは、プトレマイオスが定めた星座が48星座ということだ。グルジェフの水素論では、24を超えて48に至ると、アストラル界に参入出来る。また、サンスクリット原典である『スカーヴァティーヴューハ』には四十八の願が記されているし、西欧では、48は天使がもたらしてくれるギフトによって、今後の人生が豊かに繁栄していくという意味を持つ、ひらがな・カタカナは48種、花札も48枚、『キン肉マン』で主人公のキン肉スグルの殺人技の数は「48の殺人技」である。そして、トドメは秋元康プロデュースの女性アイドルグループが AKB48であることだ。

 そして、2010年7月23日、全く同じ日の同じ時間帯に、日本を揺るがす大事件が起きているのを皆さんは知っているか? 知るまいな。ある人物の死によって、地磁気の逆転現象が起きたのだ。

 これら世間に全く知られていない村崎の死の秘話を次回詳しく語ろう。そこで「因果晒」「呪の報殺の縁」という言葉の真の意味が読者に初めて明らかになるだろう。この俺による mysteryの解読は、読者にとっては深く難解だ。きみは、mysteryが語源的にmushroomに由来した単語であることさえ知らないだろう。

Profile.土蜘蛛散家
これまでの活動を書くわけにはいかない。

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