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【出版社データハウス攻防記】#1〜いやいや園インタビュー〜

*話を聞いた人:いやいや園
出版社「データハウス」の元編集者にして、ドラッグライター、青山正明らとの編集チーム「東京公司」のメンバー。数々の危険な書籍を編集し、今も語り草となっている、“鬼畜系サブカルチャー”の集大成的な書籍『鬼畜ナイト』の制作も手掛けた。現在は、作家として活動を続けている。


「人生は所詮死ぬまでの暇つぶし」とは、故青山正明の名言だが、それにしても、伊豆の広大な化け物屋敷の経営者にして、出版社の社長でもある、その名をセーラーちゃんこと鵜野義嗣をご存知だろうか。

新宿にあるその出版社の名前をデータハウスという。かつては『危ない1号』といった鬼畜系のムックで一時代を築き、鵜野社長はポルシェやフェラーリをウン十台も乗り回し、都内随一の億ションに住んでいたのだが、いまや先行きの見えた出版業に早々に見切りをつけ、伊豆の広大な敷地で「まぼろし博物館」なる化け物屋敷を経営しながら、再び金満家に返り咲いたのは流石と言うほかはないが、いずれはこれも一夜のまぼろし、見晴らすばかりの荒野が広がるに間違いないだろう。

データハウスの全盛期に、いまや大富豪となった作家の橘玲が、ある雑誌の編集長を務めていた頃、こちらは鬼畜ではなく、本格的なヤバ~イ“某団体の利権”といった企画を果敢に掲載し、未だに犯人は不明だが、社屋に拳銃を打ち込まれたこともある。

あの“危ない”出版物の数々を手掛けたデータハウスもご多分に漏れず、襲撃にあったことがあるという。このたび、当時データハウスに在籍していた編集長格の「いやいや園」なる人物から、当時の興味深い社内秘の逸話を聞き出すことができたので是非ともご紹介したい。

『危ない1号』の編集で数十万部を売り上げた、名うてのカリスマ編集者、前述の青山正明氏(40歳にして縊死)は、シャブやらコカインやらヘロインやらMDMAのやり過ぎで深甚なうつ病に罹患し、全く社に姿を現さなくなっていた。そこで、青山の部下のいやいや園が抜擢され、編集部を統括していたのだが、彼も薬のやり過ぎが原因で、「あのクソライター、自宅に押しかけて刺し殺してやる」が口癖のくせして、実は臆病者であり、トイレでウンチをして尻を拭く際に「触らぬ紙にウンチなし」とばかりに、トイレットペーパーに一点の穢れもなくクソが付着していているのを忌諱しまくり、何十回もパラノに拭くのだが、そうなると今度は肛門から大嫌いな「赤い血」が流れ出し、パンツが鮮血で真っ赤になるため、近くのスーパーでグンゼの川股軍司風のパンツを買っているところを、部下から何度も目撃されている。いや、こんな臭い話はどうでもいい。水に流して先に進もう。

■突然の恫喝電話

さて、そんなある日、部下からいやいや園に回された電話から、強烈な罵声が聞こえ、いやいや園は鼓膜が破けんばかりになったという。「てめ~ふざけるんじゃねえぞ、あの記事はなんだ。データハウスの住所は新宿の○○だな。いまから鉄パイプ持参でお礼参りに行くから待ってやがれ!」と明らかに運転中の車内から、ヤクザとおぼしき怒声が電話ごしに炸裂した。

いやいや園は実は臆病極まりない小心者であるからして「ヤバイ、こいつら本当に来るな」と即座に直感したという。そのとき社内にいたのは、総務課長と営業課長、事務担当者二人、編集者が五人、鵜野社長と奥様は不在だったという。

「皆のもの、ヤクザの討ち入りだ。イザ、キャバクラ、一目散に逃げるぞ!」といやいや園は叫んだが、部下の編集者は大量の仕事を抱えており、仕事を置いて社を後にするなど論外ゆえ、そのまま全員、黙々と業務を続けたという。

その風景を驚きまなこでオロオロと嘱目していたいやいや園は、真っ青になりながら「俺は逃げる!」と叫んで一人社を後にしようとしたが、編集部の部下や他のセクションの誰しもが黙々坦々と仕事を続けているのを凝視して、流石にまずいと判断したらしい。

総務課長に「110番通報しろ」と指示したが、総務課長といやいや園は、さる事情から犬猿の仲であって、総務課長は無視したままである。いやいや園は「なぜ電話をしないんだ。それなら俺がする」と叫んで「ヤクザの襲撃だ! すぐ来てくれ」と息せき切って110番通報した。

「連中は鉄パイプ持参だ。このままでは襲撃され死人が出るぞ。シャッターを降ろせ!」と、これまた総務課長に下命したが、またしてもシカトされた。

しかし、それから五分もたたないうちに、鉄のシャッターが「オマエら出てこんかい!」という、ドスの効いた罵声と共に、激しく乱打され始めた。凄まじい殴打音が耳を劈くばかりに鳴り響き続けている。いやいや園は、蒼白になって腰の曲がった老人のように蹲り、しょんべんを洩らさんばかりに震えていたという。

連打はますます激しさを増し、シャッターはいまにも壊れんばかりである。編集のスタッフにしてみれば、ヤクザが討ち入りしてきて、自分たちに万が一暴行を加えれば、これは事件となり、ある意味、自分たちの勝ちなのであるから、どうぞ、頭をかち割ってくれ、という意味不明に開きなおった、おかしな連中ばかりだったのである。

しかし、社内で唯一、高学歴で、マスコミ業界ではエリート大学のエロート学部と見做されている出自のいやいや園は「コレは、朝日の神戸支店襲撃や、噂の真相の編集長刺傷事件、宝島社への銃弾打ち込みにも相当する大事件なのだ。オマエらにはそのことがわからないのか!」と一人金切り声をあげ続けたらしい。

それから約10分後、警官たちが押っ取り刀で数人到着したようで、シャッターの外で、ヤクザどもは、警官に「ご苦労さんです」とかなんとか、白々しいいい訳をしながら、風と共に警官たちと去って行った。

■襲撃の理由とは?

ヤクザは何の記事に激怒したのだろうか? それは『危ない28号』に掲載された「もしもし詐欺」もとい「クレームの付け方」という原稿であった。むろん通常の一般人の常識的なクレームではなく、落としどころを金銭の授受とする極めてヤバイ記事であり、それは即ち彼らヤクザの専売特許なのであり「シノギ」なのであった。その金銭授受に至るプロの手口を、昔、その筋の人物が詳細に紹介した門外不出の内容だったのである。末端のヤクザからすると、かくも具体的にシノギの手口を公開されては面子丸潰れであり、生活が立ちゆかなくなる。

しかし、いやいや園のこの時の狼狽えぶりは、のちのち伝説となり「一人だけ逃げようとしたドタンバ哲郎編集長」という汚名を着せられることとなった。これが鵜野社長であれば、落ち着いて会議室に案内し、上手い落としどころを提案し、あっという間に解決していたであろう。事実、そうした事件は、業界にはいまだ知られていないが無数にあったのである。

人間は所詮「器」である。噂に聞いたのだが、いやいや園は最近、妻と子どもあっちに逃げられ、食うや食わず、猫にご飯同然の生活をしているという。

金銭を落としどころとする、警察の介入が困難なプロのクレーム手法でも、その時彼らに仁義を切り、ノウハウを学んでおけば、「貧困さんいらっしゃい!」などと世間から見下されず、安泰に凌げていたかもしれなかったのだ。編集者のなれの果ては、野垂れ死にと相場が決まっているが、当時の編集者全員がいまやいやいや園の孤独死を切望していると風の便りに聞く。

ともかくも、前述のように、データハウス社内で内々に処理されたのは『●●●大百科』の絶版騒動など、ほかにも無数にあるそうだ。いやいや園から金魚を焼き魚のオカズとして聞き出したデータハウス秘話を続けてみることにしよう。

読者諸氏の人生の、死ぬまでの暇つぶしくらいには、抱腹絶倒の逸話の連続になるはずだから、莫大な借金があるとて、あわてて首だけは吊るんじゃない。暇つぶしの時間が全くなしになってしまうからな。

text.クロニクル辻
数々のペンネームを用いて、“スキャンダルから祝辞まで”幅広い執筆を手掛けるライター。自身が主宰する編集プロダクションを維持するため、ギャラ¥7,000のイベントレポート(こんなひどい仕事をよこす媒体名を具体的に書いて晒してやりたいが、今はまだ控えておくことにする)をはじめ、ほとんど聞いたこともない健康食品の紹介ブログなど、月に50本近い原稿を書き上げる。姫路と東京を往復しながら仕事をする珍しいワークスタイルが取り上げられたこともある。



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