土方日記

 学生の時、工事現場の人を見てバカにしてた。セメントにまみれてる連中を見て、心の中で嘲笑ってた。
 あいつらはアホだ、バカだ、汚ねえやつらだ、と。ガクがねえから、教養がねえから、身を汚して、汗を流して、タバコ吸って、女買って、博打にのめり込んで、肺を腐らせて、やがて死ぬために生きてるんだ、と思ってた。

 ところが、数奇な運命。俺もそうやって働くことになり、同じ事をやって日銭を稼いでた。
 そして思った事がある。あの頃の俺の考えは、間違っちゃいなかったって。実際、俺も含め、あんなことしてるやつら、ろくでもないもんさ。人生ろくでもねえから、ちゃんとできなかったから、そんな事しなきゃならないんだ。今の俺はそれを言えるようになった。見て聞いて触れて。笑うなら、そこまで行かなきゃ値打ちが無い。本当に、ろくなもんじゃない。

 介護士をしてる友達が言ってた。俺は、ジジイババアの糞を、金だと思って触るんだ、触ってみせるんだ、と。こいつらの金を痰と一緒に吸い取るつもりで、チューブを気管に突っ込むんだ、と。物を投げつけられ、つねりあげられ、飯をひっくり返されようと、直線を引く心電図を見た時は心がいくらか軽くなる、と。あとは銭、それさえあれば紙おむつみたいに、連中の往生際の悪さを受け止めていける、と。

 あいつは、何も間違っちゃいない。誰も見ない言わない所には、笑えもしない真理がある。大事なことは誰も知らないんだ、人間がケダモノである以上、知恵にレントゲン当てて透かしてしまうと、世界はガス欠になるのか?

 俺はシャブ中の男に玉子焼きをやった。男は子どもみたいに食ってたけど、目は黄色く、不自然な宇宙みたいに沈んでた。そいつは年がら年中、寒くても汗かいて、虫ケラを潰して遊んでた。手はカチカチ。聞けばフクシマの原発で仕事してたそうだ。被爆した身体にクスリ。怪獣みたいなやつ。そいつは、いつの間にかいなくなった。

 それにしても土方は汚い。介護士や掃除屋も汚いが、土方もけっこう、いい線いってる。糞は当たり前だが、こっちはゴキの国へ出張する。下っ端はとにかく汚い場所に放り込まれる。構わんが。マンホールの中は、ゴキが数えきれないぐらい住み着いてる。そりゃあ当然だ、地上がケダモノ達の楽園ならば、地下は昆虫の楽園なのだ。下水ってのは日々、黄土色のハンバーグが多種多様なスープと共に、ゴキの各家庭へ運ばれる。我々に、とやかくいう権利は、どこにもない。連中は赤いのや黒いのが寄り集まって暮らしてる。まるで浮浪者や孤児が、組合みたいにして生きてるように。ひっそりと、ゴミを漁って、ガキばかりワンサカ産んで、殺されて、な。

 俺の肌はみるみる汚れていった。実際、俺は良からぬモノを随分と吸い込んでた。セメント、各種粉塵、罵詈雑言、排ガス、軽油、有機溶剤、ストレス、アスベスト、汚水、糞、正体不明の油。こうした物を人間は、あらゆる所から吸うのだ。
 取り込まれた異物は毛穴や便から出すしかない。俺の毛穴は詰まってしまい、毛が抜けたり、できものや腫れになって塞がってしまった。手は木の皮じみた質感になって、チンポにはダニがへばりついてた。別にどうってことはない。引きちぎって捻り潰すと、俺の真っ黒い血が、まるでラズベリーみたいに。

 女いいよな、と、あいつが言う。いいよな、いいよな、女はいいよな。柔らかくて美しい。違うよバカ、女はいいよな。脱げば1000円しゃぶれば5000円おめこやらせりゃ10000円だ。こちとらタコみたいなジジイに罵倒され、休みなく飯を食う暇もなく、ヘトヘトんなって8000円だ。女は一日、20万は軽く稼げるぜ。ただし、ツラ次第だがな。病気持ちは半額セールするってホント?バカ、そりゃ昔の話だろ?非合法な事に今も昔もあるかね。知らないよ、どのみち女を買う金がない。酒とタバコと博打に消えるんだから。女はいいよな、いいよな。女って暗いね、売女は怖いね、エイズ梅毒クラミジア、銭の為ならガキ堕ろす。売春はほどほどに。シャブもほどほどに。女って暗いね。ゴキに似てるよ、俺も女も。身体の汚れは洗えば落ちるが、神経に染み込んだ生臭さは、どうやったってバレちまうよ。暗いね暗いね、だ。やめとけやめとけ、普通にしろよ。

 アスファルト、軽油、溶棒、溶剤、なかなか乙な匂い。けど、あれらはいとも容易く身体を犯してしまう。放射線みたいなやつらだ。身体を売るのもほどほどに、だ。誰も感謝しやしない。感謝されるのは偉い人、俺は偉くないし、偉くなりたくもない、ただまっぴらごめんだね。あんな連中を相手に働くってのは。やめときなよ、血迷うのは。やるんなら、自分でやるこった。そうでなきゃ、命をかける意味がない。

 介護士の友達が言ってた。俺、ジジババ稼業やってなかったら、土方やってた、と。ああ、お前ならきっとできる。お前ほどの覚悟と切替ができるやつなら、何だってできるさ。俺は、お前に励まされた。同じ小学校で、同じようにバカだったお前が、ジジババの糞を握ってる時、俺は、ゴキ共の住処を砕き、汚水流れるパイプに腕を突っ込んでた。詰まったナニカを素手で抉り取る時、他の連中は俺を嘲笑ってた。気が触れてるのかと思った。

 俺は、土方をやってよかった。汚物と連中を知れたからな。だが、君にはおすすめしない。繰り返すが、ああした仕事をする最大のデメリットは、内容でも給与でもなく、ろくな人間が居ないことだ。脳までセメントで固まっちまってるか、或いは想像力までハツっちまってるか、軽油で思考してるような工業機械そのものか、そんな連中が大多数だ。若いやつはいない、居たら正真正銘のろくでなしだ。誰が好き好んで汚くてツライ仕事をしたいと思う?おかしいだろ?おかしいやつがやるんだよ、あんなの。

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