秋雨、風

クリステンがそのサラダの横に置かれていたレモンをまず始めに口につけた
ジーは自分の口の中に広がった偽物の酸っぱい味覚に顔をしかめた
秋の寒い雨の日だった
小さい雨粒が傘の下をくぐり抜けて顔を濡らすようなそんな昼下がり

食べ物の油の匂いを嗅ぎながら
二人は向かい合っている

クリステンは自分のコートに油の臭いがうつるのを気にしている
ふとそれが頭によぎったので
クリステンは上着を裏返してからもう一度椅子の背もたれにかけた

雨で気持ちがふさがる、というインターネットの文字を読んで
自分にも同じことが起きると頭の中で同調しようとして
心の底ではそんなこと考えたこともない、と感じている
人に言われたら素直に否定の言葉が出てくるだろうに
自分の頭の中の方が嘘をつきやすいのだ、とぼんやりと思った

ジーはクリステンの押し黙ったのを眺める
この沈黙は悪いものではないと知っている
空気の底から伝わる心拍や呼吸がそれを教えてくれている

ふと

この体とあの体の境目はどこなのだろうと思った
呼吸や心拍がこのようにして伝わってくるのなら
完全に別個の存在など、存在しえないのではないか
向かい合ってるクリステンが
すごく細かい粒子のレベルでは
ただ密度の濃い薄いでしか違いのない
一緒くたになってこの世界に漂う存在かもしれないという頼りなさと
安心

ねえ、窓の奥には
もうすぐそこまで
お別れの季節がきているのに
何でこんなにも
時間をやり過ごすことしか
できないんだろうね。

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