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ギブ&テイクだとしんどくなる。恩は返すより「誰かに回す」とラク


今日は短いコラムです。

林伸次さんが、「大人は不義理が増える」ってコラムを書いて、これが面白かったのです。

生きてると、不義理しちゃうことってありますよね。

年賀状やめたけど律儀に毎年くれる人がいるとか。
お土産もらって「お返ししなきゃ」と思っているうち、相手と会えなくなっちゃったとか。

例えば、私がいたアマチュア・オーケストラの世界では、「相手に演奏会に来てもらったら、自分もお返しに相手の演奏会を聞きにいくべき」みたいに考えてる人がいます。

けど、これ繰り返してると、いつの間にか、好きでもない演奏会で予定が埋まります。

海外ドラマ(「The Big Bang Theory」)の主人公が「僕はプレゼントは嫌いだ」って言ってました。「あげたら、同じくらいの値段のものを返さなきゃいけない」ってシステムの「差額」が気になってしまう。死ぬ時に50ドルの借りができるのはいやだ。なら初めからあげなきゃいいんでは? っていうんです。

確かに、プレゼント交換するとき、あまりに価格の差が大きいと「しまった」ってなります。

ギブ&テイクって、ちょっとだけしんどいです。
なぜなら「相手の関係性」に縛られるから。
いつも帳尻を合わせなきゃ、って感じになります。
ときに「不義理」の感情に縛られます。

ギブを回すのは悪くない

でもマレーシアに引っ越して、「ギブを回す」のは悪くないな、と感じるようになりました。

本(やめる練習)にも書いたけど、マレーシアの自販機で小銭がなくてモタモタしてたりすると、「誰かがお金をくれる」ことがあるんです。30円くらいなら、あげちゃった方が、列に並んでる人が早く進めますから合理的なんです。ある地元メディアで調査したら「ほとんどの人がお金をあげる」と答えていました。

子どもがスーパーにお金を忘れて、レジでモタモタしてたら、後ろの人がお金をくれて、去って行きました。連絡先をきく暇も無かったようです。

私の車がパンクして、駆け込んだ先が洗車店でした。修理してもらったのに「お金はいらない」っていうんです。

「困ってる人がいたら、助けた方がいい」って考える人が多いんですね。
それがたとえ知らない人でも。

私この考え方がすごくいいなと思ってます。

関係性が相手に縛られない方が楽になる

実践すると、「ギブ&テイク」よりはるかに楽です。

なんでかというと、関係性が相手に縛られないからです。
関係性は「誰でもいい」から、その辺の誰かに親切にすることで社会が回る。

「ギブ&テイク」より「ギブを回す」って考えがあるんじゃないかな。

多分、宗教(とくにイスラム教)の「喜捨」の考え方がベースにあると思います。「いいことをすると神様が見てる」っていう方も多いです。

「不義理」の感情に縛られないので、楽です。

「してもらったことは相手に返す」と思ってるとしんどいけど、「誰かに回したらいいんだ」って考えると楽になります。

それではまた。

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