学校に「いけない」時期をどう利用するか

こんにちは。

休校中の学びをどうするか? あちこちで話題になっています。

オンライン授業では、「画面の中での授業」に集中できないって不満も聞こえてきます。

そりゃそうです。子供たちはすでにYoutubeなんかを見慣れてる。先生たちは、話が上手なYoutuberやDJと比べられてしまう。英語圏でも、カーンアカデミーのサルマン・カーンの授業に対抗できる人は少ないでしょう。

長時間、編集なしに、ノンストップで面白くお話しするのって大変なんです。

我が家も長らくオンライン教育&自習ですが、この世界では「(知識を)教えたい」先生は結構しんどいです。教えたいことは大体ネットに出ているから。

そして、学ぶ側の自発性がとても大事になります。

そんな中で、新しい教育を目指すゼロ高校が、学校が再開されることへの危機感を書いていました。

引用します。

選択肢がある、ということはとても素晴らしいことです。一方で、非常に違和感を感じています。
それは、休校という貴重な時間を使い、自分で考え、行動する時間が、またしても一方的に奪われることになるのではないか?という点です。

休校中に家族で「探究型の議論」をする意義

記事はこう続きます。

生きた学びの教材が、今この瞬間にあり、それは生徒自身が実社会とのつながりをつくれる貴重な機会ではないでしょうか。

挙げられた例はこんな感じ。

- コロナウイルスの疑いがある場合は必ずPCR検査を受けるべきか?
- なぜトイレットペーパーを買い占める人がいるのか?
- 政府はなぜ休校の通達を行なったのか?
- コロナウィルスを封じ込める為に自身が行えることはなにか?
- 保護者が働いている時間に、自身を守る為に地域の方とどのように関わり合いを持つべきか
- 社会的に助けが必要な人にはどんな人がいるのだろうか?
- 生徒という立場で誰かの役に立てることはなにか?

これを生徒が自分で考えることが重要だと言うわけです。

それを無視して、今まで通り教科書でテストをやりましょう、としても、本当にそれで生徒が社会の中で生きていくことができるのでしょうか。
学校で生徒に行わせてあげるべきことは、絶対的な答えがない困難な状況で、生徒と共に考え、過去の歴史や事例を参照し、生徒自身の考えをうながし、社会に対してどのように行動を取るべきか、ということではないでしょうか。

そんなこと、できないよ、って家庭もあると思うのです。けど、私は遠回りなようだけど、学校で、家庭で話せる関係を作ったほうがいいと思う。

子供が保育園児でも同じかもしれません。

- どうしてウイルスを封じ込めるのに、人の動きを制限するの?
- 科学者が間違えてしまうのはなぜなのか
- 過去の感染症ではどんなことが起きたのか? 
-  家で楽しく過ごすためにはどうして欲しい?

そんなことを、家庭や保育園で話してもいい。教材はいっぱいある。
話題はもっと身近なことでもいいと思う。

- **君は何をしているのが一番好き? それは何で?
- ゲームをずっとやっていたら、どんな大人になると思う? それはいいこと? 悪いこと?
- 嫌なことをする子はなんでそうすると思う? 解決法はある?
- どうして甲虫は人気なのにゴキブリは嫌われる?

この頃の子供は疑問の塊。
答えるだけでも、探究型の訓練になってしまう。

我が家は家族が順番に映画を推薦し、それをAmazon Primeで見て、全員で感想を話し合っています。映画って作られた時代や国によって思想が変わるので、面白い。

大事なのは、親が「答えを用意しない」ことではないだろうか。
それだと自由な意見って出てこないです。

我が家も何か事件が起きるたびに、小さい頃から、話をしていました。難しい資料は親が読んで噛み砕いて伝え、子供に「あなたは、どう思う?」と聞くだけです。そして子供の意見を真剣に検討する。

親に余裕がないとできないのですが、ここに探究型を教えるコーチ型の先生の需要があると思う。

子供のタイプを見極める時期

ついでなので、オンライン教育に慣れてる15歳の息子に「学校がない期間、みんなどうしたらいいと思う?」と、聞いてみました。

彼の答えは、「根本的に変えるべきは、親とか先生の考え方じゃないかな。親も子供がダラダラしてる姿を少し許したらいいと思うよ。自分が興味を持つことを突き詰めるのが学びだよね。そのためには、大人が何かに向かわせちゃダメなんだよね」

「親や学校は、子供が多種多様なことを理解することが第一ステップ。中には、スポーツには向いてるけど、学校教育に向いてない人もいる。親はある程度子供を放置して、子供が勝手に流れ着く先を見るしかないんだよね」

と。けど、「じゃああなたは自分の子供が1年間ゲームしてたら放置できる?」って聞いたら、「うーん、想像もできない。それが理想だとは思うけど、現実になると、なかなか難しいな……」と言ってましたが。

具体的なやり方のヒントの1つは、同じゼロ高のこの記事に書いてありました。

小学生も応用できると思う。
小さい頃にこそ、必要じゃないかな。

「学校に行けない」この期間は、どのタイプなのかをじっくり考える、リトマス試験紙みたいな役割になるのかもね。

子供自身にとっても(どんなに小さい人でも)自分を見つめ直す機会にできればいいなって思いました。

それではまた!

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