【怖い話】誰も知らない1時間
午前2時、廊下を歩く。
月光に冷たく照らされた道をギシリギシリと軋ませ進むと、その端の部屋から何やら呟く声がする。
「・・・南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
部屋を覗くとそこには、部屋の隅でガタガタと震えながら数珠を擦りあわせ、お経を唱えているお婆さんだった。
ギシリ
私がひとたび廊下を軋ませると「ヒィ」と声を上げ一層大きな声でお経を唱える。
ギシリギシリギシリギシリ
ギ シ リ
お婆さんの前に私が立つと、鼻をすすり唸りながら「南無阿弥陀仏」と唱えている。
このお経が私に向けて放っているものなのは明らかだった。
『そんなものは、効かないよ』
そう言うとお婆さんは俯いた顔を上げた。
私が影になりお婆さんの顔は見えないが、きっと恐ろしいものを見てソイツに命を奪われる直前の様な形相なのだろう。
「ひいいいいいいい」
そう、劈くような悲鳴をあげてお婆さんは消えて行った。
静寂。
私はふぅ、とため息をつきながら月を見上げた。
今日はきれいな三日月だ。
昨日は綺麗な繊月だった。
月明かりの暖かな匂いを嗅いで、私もスッと消えて行った。
午前3時。
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