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中堅になった今だからこそ学習指導も生徒目線を忘れないように気をつける

自分が中学生や高校生だった頃もそうだったな、というのを突然思い出してしまったというお話になります。

よく出来る人にありがちだと思うのですが、「なんでそんな解き方をしようと思ったの?」というような、できる人の説明ができない人にとってはわからないというようなことはありませんか。

自分の授業のウリは、こういうことがなくて、気持ちよくわかりやすい授業を提供するということです。

クラスの状況にあわせて、できるだけ下から積み上げながら、わかっていることとか理解が追いついていることについてはテンポよく進めて、ハードルが高そうなものについては一緒に取り組んだり、タイムリーに解説をするなど、授業を受けていて気持ちよくなれるような流れを意識しています。

ところが。

受験直前の高校3年生に対して、「割とこれはありがちなオーソドックスな問題と解き方だよ~」というような話で危うく流しかけてしまったんですねぇ。

言った瞬間に、ちょっと生徒の表情が曇ったんですよねぇ。

それを見逃さなかっただけでも救いというところでしょうか。

時間は少しかかりましたが、フォローをして整理して、納得してもらうことはできました。

問題としては、中の上レベルの問題。

やっぱり自分自身が長年携わって、毎年のように生徒対応をして、同じようなことを授業でも扱っていると、自分の中では熟練度がどんどん上がっていってしまうけれど、生徒にとってはまだまだ習熟しきっていないという状況なんだな、というのを感じてしまいました。

ベテランの先輩教員がよく「初学者(初めて学習する人)の気持ちを忘れないようにしないと」と言っているのを思い出しました。

今までは、生徒目線で積み上げ式の授業をしてきて、タイムリーに教材も作成して補ってでやってきたのに、自分でもちょっとヒヤっとした瞬間でした。

受験直前の生徒相手だから焦ってしまったのでしょうか。

日頃の授業から注意しないとと思った瞬間でした。

なお、授業がわかりやすいことにも多少なりとも弊害はあります。

それは、生徒が「授業を受けてわかった気になりすぎて満足してしまう」ということです。

そうならないようにするためにはどうすればいいのか、というお話ですが、別に「授業がちょっとわかりにくいほうがいい」というような話をするつもりはありません。

個人的に意識していることは「授業は目一杯わかりやすく、でも満足させない」ということでしょうか。

理解力が高い生徒の集団であれば、授業の最後の数分でちょっとレベルの高い問題を扱って、悩ませて、頭を使わさせて授業を終わるとか。

人によっては授業の「余韻」というような言い方をする方もいらっしゃると思いますが、そういうものも大切なのかなとも思います。


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