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過労死事案から考える、過労死等防止への対策 ――松丸正(弁護士)

◆教師の過労死等についての数多くの訴訟や公務災害認定手続きに関わっておられる弁護士の松丸正先生に、これまでの事案からの教訓等についてお話をうかがいました。

松丸正(まつまる・ただし)弁護士、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事
1969年東京大学経済学部卒業、1973 年大阪弁護士会登録。過労死という言葉のなかった1980年代からこの問題に取り組み、現在は各地の過労死・過労自殺事件のみを担当している。教員の過労死事件については、生徒のために尽くした熱血先生との美談に終わらせることのないよう、公務災害認定とともに、その責任を明らかにするための損害賠償請求の訴訟にも取り組んでいる。

■勤務時間の正確な把握が最重要

松丸:私は還暦を迎えてから、過労死事件、過労自殺事件以外はもう一切やらないと決めて、主に地方の事件に関わっています。私が扱っているなかで一番過労死が多い職種は、トラックの運転手さんです。だいたい、労災認定の3分の1くらいを占めています。次に多いのが教員です。3番目に多いのは、意外かもしれませんが自衛官です。教員と自衛官の共通点は、時間外手当の概念がないということです。自衛官にも調整額があって、21.5時間相当額が支給されています。

妹尾:自衛隊も調整額なんですね。

松丸:そうなんです。そうすると、勤務時間の意識が失われてしまうんですよね。管理者も、働いている教師や自衛官の側も、時間外勤務をするのが当たり前の働き方ということになっていきます。

妹尾:職場にもよると思いますが、自衛隊は警察のようにシフトや交代制はないんですか?

松丸:原則としてないですね。自衛官の過労死・過労自殺というと、パワハラがよく強調されますが、私が担当している5、6件の事案は、みんな共通して長時間勤務によるものです。あまり知られていないですが。

妹尾:その話は僕も初めて聞きました。あまり報道もされていないような。

松丸:過労死・過労自殺が起きる背景は、勤務時間の適正把握が怠られているということにほぼ尽きます。現場の仕事の必要性のためには長時間労働も生まれますが、勤務実態が把握されていれば、今の企業等ではコンプライアンスの機能が働きます。逆に、そこが把握されていないと、コンプライアンスがいくらしっかりした網を作っても全部外れてしまいます。教員の場合はコンプライアンスがない状態ですから、なおさらです。ガイドラインが指針になって〔*1〕、ようやく勤務時間の把握の法的な根拠は得られましたが。

妹尾:しかも、その指針も労働基準法(以下、労基法)との関係では二重基準と言いますか、二枚舌という側面もありますしね。

松丸:学校現場が指針でどれだけ変わるかというのは疑問です。持ち帰り残業は「あってはならないもの」なので把握する必要がないということになっています。でも、実際はあるんだから、しっかり把握しないといけないですよね。
 さらに、給特法〔*2〕では超勤4項目以外の時間外勤務は全部自主的・自発的なものなので、服務監督する教育委員会にも責任がないし、その代理をしている校長にも責任がない、という形になってしまっている。勤務時間ではあるけれど、労働時間ではないという制度となっています。

妹尾:非常にわかりづらい制度ですね。

松丸:時間が三重になっているんですよね。①給特法上の勤務時間、②今回の指針が対象としている在校等時間、③そこからも外れるけれど、公務災害に認定するときには成果物があれば対象になる持ち帰り残業。「勤務時間」と言っても、どこのことを言っているのかがわかりません。

妹尾:労基法上の労働時間は、①の給特法上のものですよね。1日7時間45分。超勤4項目以外での時間外勤務命令は原則出せないことになっているので、時間外勤務は労基法上の労働時間とはみなされていないわけですね。

松丸:今回の指針でようやく、持ち帰りを除いた外形的に把握しうる時間が「在校等時間」として勤務時間管理の対象になりました。でも、その上限時間というのは、民間の場合の36協定の上限と全く一緒ですよね。ですから、本当は労働時間という意識なのに、給特法のもとではそう整理せざるを得ないということなのだと思います。

妹尾:給特法の抜本的な法改正はしなかったですからね。僕も中央教育審議会で審議に関わっていたのでわかりますが、お金もないし、時間外勤務手当を出すのは難しい、一方で人も急には増やせないし……、といろんな制約条件のある中で、かなり苦肉の策として、指針が二枚舌になっているところはあると思います。

松丸:自主的・自発的勤務というのも、やはり問題です。学校教育に従事している時間ですし、業務の時間ですから、労災や公務災害の認定においても、健康管理の点においても、それを労働時間としないのはおかしい。労働時間から外してしまったら、教師の職場は過労死も過労自殺もない、非常にいい現場だということになりますね。
 そもそも教員の仕事は自主的・自発的で創造性のある業務なので、いちいち個別的・具体的な指揮・命令でやることになったら、それは教育ではないですよね。

妹尾:いちいち、5時半から6時までの間はテストの採点をしてね、なんて言うわけがないですよね。

松丸:当たり前のことを言っているだけのことなんですけど。でも、教員の働き方の問題ではそこが注目されるというのは、給特法のいびつさです。
 一方で、自主的・自発的勤務とされながら、校長から言われてやらざるを得ない仕事もあります。裸の王様の世界なら「ああ、これはおかしい」と言う誰かがいるのですが、ここだけは結構崩れにくいんですよね……。

■責任を問うことが改善のきっかけになる

松丸:世の中って、一見変えるのは難しそうな問題でも、きっかけがあれば動くことってたくさんありますよね。教師の勤務時間の問題は、給特法からすべて始まっているので、そこを変えられないとその先が動かないんです。でも、その中で過労死等の問題を動かすためには、「責任問題」というのが重要だと思うんです。過労死等が出ても、今までは誰も責任を問われることがなかった。それがようやく、福井地裁の判決〔*3〕で、校長の安全配慮義務違反が認定されました。

妹尾:嶋田友生先生の事件ですね。

松丸:あの判決は一審で終わっていますが、この事件でも富山県滑川市の中学校の、部活動の負担が重かった先生の過労死〔*4〕でも、公務災害認定がされました。長時間労働について管理すべき立場なのは、服務監督権限のある滑川市教育委員会とその下での校長なので、その責任が滑川市と県にあるとして損害賠償請求しています。

妹尾:日本の制度は分権化されていてややこしいですが、服務監督権者は学校の設置者なので、たとえば福井県の事案でいうと、若狭町教委ということになります。ただ、県費負担教職員の任命権者であり給与負担をしているのは県なので、損害賠償の場合は両者が責任をもつことになるんでしょうか。

松丸:国家賠償法3条で、給与等の「費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる」となっていますので、県も、服務監督権限のある若狭町も支払うことになります。しかし、賠償金を払ってそれで解決してしまうんですよね。
 民間企業では、労災の認定が出たら、労働時間管理がされていなかったことの責任があるとして時間管理の見直しが進みます。一方、公立学校の場合だと、超勤4項目以外は自主的・自発的勤務とみなされて、指揮命令下の労働時間にはないという考えになっているため、なかなか責任追及が難しいと思われてきました。
 でも、よく考えてみれば、長時間労働があれば心身の健康を損ねるなどの被害が出てくるわけで、民間企業であろうと、私立の学校であろうと、国立の附属学校であろうと、それはみんな一緒のはずなのに、なんで公立学校だけは違うんだということになります。公立学校であっても、管理職には健康管理等の責任がちゃんとあるんだということをはっきりさせて、しっかり是正しないと、管理者、あるいは教員自身の意識が生まれてきません。
 民間企業での過労死の問題については、労災の認定よりも2000年の電通の過労自殺の最高裁判決〔*5〕がものすごく大きな転換点になりました。前年の1999年に、今の精神疾患・自殺の認定基準〔*6〕の前身である判断指針〔*7〕というものができ、また2001年には過労死の脳・心臓疾患について6ヵ月間の長時間労働を評価するという認定基準〔*8〕もできました。この電通判決前後の時期は、過労死問題のものすごく大きなエポックメイキング的な時期なんです。
 責任問題が明らかになることで、コンプライアンスのシステムをつくったり、過労死を防止するためにどうしたらいいのかについて現場での本格的な議論を始めたりすることが大切です。福井や富山の判決、それから大阪の適応障害となった府立高校の現職の教員の裁判で、大阪地裁は2022年6月28日、原告の主張をほぼ全面的に認め、校長に安全配慮義務違反を認める判決が出されましたが〔*9〕、そういった事件が今後どう動いていくかというのはすごく大事なんです。

妹尾:給特法上の制約はありますが、今の法制度の中で考えると、福井の裁判のように、安全配慮義務違反が、校長等の責任を問う上では大きいでしょうか?

松丸:そうですね、安全配慮義務違反、あるいは国家賠償法上の責任を問うことが考えられます。でも、事案発生から5年が経過してしまうと、国家賠償法上の責任は時効になるんです。
 安全配慮義務というのは民法上の責任ですから、民法415条の債務不履行責任で、時効は10年です。使用者として、労働者の心身の健康を損なうことのないように注意すべき義務を指します。その一環としての安全配慮義務違反で、債務不履行請求というのがひとつの方法です。安全配慮義務となると、服務監督権のある市しか被告にできません。

■公務災害が認められるまでに時間がかかる理由

松丸:そこで一番大きな問題になるのは、やはり給特法です。自主的・自発的勤務だから、校長なり教育委員会なりの指揮命令下にあって行われている行為ではない。それが、福井の事件では自主的な面もあるけれども、余儀なくされている勤務でもあると捉えられたわけです。民間であれば当たり前の話なんですが。
 教員で判決までに至った事件では、だいたい10年から15年後にようやく公務災害が認められるんです。小さかったお子さんが、大きくなった頃にようやく認められるということもあるように、ものすごく時間がかかるんですよね。支部でだめ、支部審査会でだめ、本部審査会でだめ、そして裁判になって一審でだめ、高裁でようやくといったケースもあります。熊本の天草の事件〔*10〕も高裁の判決まで9年になりましたが、被災された方はずっと寝たきりで、文字盤でようやく会話ができる状態でした。
 なぜ時間がかかるのかというと、労働時間の適正把握がされていないから、労働時間がわからないんです。今の地方公務員災害補償基金のシステムだと、所属長が調査をして、ここは時間外勤務をしていましたよね、と認定をしていきます。ですから所属長が把握していなかった時間を時間外勤務ではない、としてしまうと、これを反証するのは大変なんです。勤務時間の実態把握がされていないことが本当の問題なのに……。

■持ち帰り残業の時間の把握が必要

妹尾:そうすると、今、在校等時間をタイムカードなどで把握する自治体、学校が増えたことで、公務災害認定も今までよりはされやすくなると考えていいんでしょうか?

松丸:そうですね。ただ問題なのは、教員の過労死・過労自殺の背景に、部活動と持ち帰り残業があるということです。持ち帰り残業は把握できていません。
 天草の事件では、福岡高裁の判決が2020年9月25日にようやく出ましたが、被災された方の発症前一ヵ月間の時間外在校時間は52時間、持ち帰り残業は41時間で、あわせて93時間でした。認定基準が発症前一ヵ月で100時間なのですが、それに匹敵する過重性があるということで判決では認められました。認定基準に達しないけれど認定したという意味で大事な判決です。そしてこの裁判では、持ち帰り残業は自主的・自発的な面もあるかもしれないけれど余儀なくされている側面もあるということで、労働時間として認められています。ですから各教育委員会は、持ち帰り残業についても把握に努めるためのなんらかの方法を考えるべきだと思いますね。

妹尾:指針では、自治体が認めたテレワークは入れることになっています。持ち帰りを無制限にして情報流出等の問題が出てきてもいけないので、セキュアーな環境でやってくださいということですね。ガイドラインを検討していた頃は新型コロナのことはもちろん想定していなかったですが、ご存じのとおり、コロナ後は教員も在宅勤務をするようになりました。まだ一部の自治体にとどまっていますが、セキュリティ対策をした上で、クラウド上で仕事ができるようになると、持ち帰りがテレワークとして把握されやすくなります。

松丸:教師の過労死の背景の中心は部活動と持ち帰り。そこを抜きにして変えていくことできませんから、指針でもそのような形で持ち帰りに言及しているのでしょう。文科省ももっと教員の過労死等の判決を分析すべきだと思いますね。どういうところから過労死等が生まれてくるのか。

妹尾:教師の過労死等の事件、あるいはその疑いがある事案を見ていると、先生方には本当にいろんなものが積み重なっています。松丸先生がおっしゃった部活動、それから自宅まで持ち帰る授業準備などに加えて、校務分掌もあるし、担任としての業務もあります。

松丸:よく言われている無限定性の問題です。教育というのは、やってもやっても尽きることのない仕事になってしまいがちです。日本の教育がそうした教師に支えられてきたというのは、中教審の答申でわかっているはずなんですけどね。

■特定の教員に負担が偏りがち

松丸:過労死・過労自殺されている方は、民間企業でも学校の教師でも一緒ですが、まじめで几帳面、それから他者に配慮される方が多いです。他の先生方に対して気配りがあって、それなら自分でやります、と抱え込んでしまう。抱え込んだら、人に任せたり、「できないかも」と言ったりすることができなくなってしまう。そういう先生は多いですよね。

妹尾:人にお願いしづらい、あるいは、なるべく他の先生には迷惑をかけたくないという先生はすごく多いなと思っています。

工藤:学校、教師の業務量がどんどん増えているなかで、特定の先生に業務が集中してしまうこともあるし、うちの夫もそうだったんですけど、自分しかできないと思う先生もたくさんいます。そうして、この先生ならできるだろう、というところにさらに仕事が集中していく。

妹尾:一方で、この先生では学級経営等がなかなか難しいよね、という先生もいて、この先生に任せてしまうと校務分掌の事務も滞ってしまって教頭が代わりにしなければならなかったり、学級崩壊を起こしてしまってカバーに入るのが大変になったりするので、校務分掌上の難しい担当や、ケアの必要な難しい子どもがいるクラスの担任などは、親切で力量のある先生にお願いしがちです。
 民間企業でも同じような話はあるんですが、特に学校の場合、校長、教頭の中には、マネージャーとして業務量を調整しましょうとか、健康管理をしましょうという意識がまだまだ薄い方もいます。企業のなかには、一定の時間になるとパソコンの電源が自動的に落ちるとか、ICカードだけでなくパソコンの稼働時間もモニタリングする例もあります。僕が以前いた会社では、過重業務の人には割り当てられている仕事を強制的に外して、別の人に代わってもらうということもありました。民間企業もまだまだ不十分だとは思いますが、たぶん学校は、この先生がやらざるを得ないからお願いします、としてしまっていることが多いと思います。法制度上の問題点とは別に、そういうマネジメント上の問題も含めて考えていく必要を感じています。

松丸:適正な労働時間を把握する人がいれば、これ以上仕事をしてはダメだと、コンプライアンスがきくようになると思うんですよね。

■症状が出ても休めない

妹尾:松丸先生が担当された堺の前田大仁先生の事案〔*11〕は、あれほど若い先生が亡くなったというのが本当に気の毒で。

松丸:若い先生は心疾患が多いですね。

妹尾:本人としては、自分の体の異変に気づきにくいものなんでしょうか。

松丸:事件をみると、警告症状のようなものが現れているケースが多いですね。くも膜下出血だったら、頭痛や吐気がするとか。

妹尾:そういう予兆があったとしても、若いから大丈夫だろうとか、子どもたちが待っているからがんばろうとしてしまうところもありますよね。病院に行かなかったり。

松丸:富山県滑川市の事件でも、くも膜下出血で頭痛があったんですよね。

工藤:私はよく大学生に授業でそのことを質問されます。夫もくも膜下出血で倒れたんですが、その前に頭痛もありました。富山の先生も、うちの夫もそうでしたが、修学旅行が終わったら夏休みだし、それまでがんばろう、と言っていて、休む前に亡くなるという事案がけっこう多いんです。本人は、意識としては「休みたい」というのがあって、私も何度も止めたんですけど、まさかそれが死につながるとは思わないので。でも行事があって、結局休めないままという……。

妹尾:休みたくても誰も代わってくれないと思ってしまうし、実際少ない人数で回している学校もありますからね。コロナ禍では、小・中学校で教員が2、3人くらい陽性者となり、あるいは濃厚接触者となって2週間前後休むとなると、学校が回らなくなっていますよね。そもそもそうした脆弱な人員体制がおかしいんじゃないか、ということですよね。

■衛生管理体制の整備も必要

妹尾:もう一つ僕が気になっているのが、労働安全衛生法があまり学校で浸透していないという問題です。職員数が50人に満たない小・中学校も多いので、衛生委員会の設置が義務付けられている学校ばかりではありませんが、衛生委員会のような場があって、在校等時間も把握しながら、この先生は過重気味ですね、などのモニタリングをしていく必要があると思います。
 パワハラというわけではありませんが、校長、教頭だけが言うのはなかなかしんどいそうなんですよね。遠慮があったり、強い部活動の顧問の先生には言いにくかったりして。衛生委員会のようなちゃんとした会議で話し合ったうえで、産業医のアドバイス等ももらいながら対策を立てられる場が必要だと思います。でも、こういうのをやろうとしたら「また会議を増やすな」と言う先生もいますよね。

■部活動の問題

松丸:部活動の強豪校の指導など、周りにいる先生も一緒に渦の中に巻き込まれたりしていますよね。部活動も教育活動の一環として非常に大事なものだと思うので、たしかに悩ましいですね。

妹尾:文科省も土日の部活動は地域移行していく方針です。本当は平日も移行できればいいんでしょうが、いきなりは無理なので、まず土日ということかと思います。

工藤:平日と休日の部活動を切り離すというのも難しいですよね。吹奏楽部とか演劇など、継続的なものもありますし。

妹尾:過労死等の問題で言うと、地域移行後に教員が顧問等をする場合、副業扱いになって、おそらく在校等時間の管理から外れてしまうんですよ。モニタリングから外してしまうと、過重労働ではない、となってしまう可能性もあるのではないかと心配しています。

松丸:それがあったのは鳥居建仁さんの事件〔*12〕ですね。休日の地域クラブの負担が争点となりましたが、名古屋地裁では実態としては学校の部活動と同じで部活の延長だとされました。

妹尾:校長による包括的な指揮命令があったということは、最高裁まで行って認められたのでしょうか。最高裁判例になっているとみなしていいのか、あの事案の場合の特殊なケースということなのでしょうか。

松丸:過労死のような事件は個々の事件ごとの判断ですから、全ての場合に当てはまる一般論として、というのはちょっと難しいですね。たとえば、部活動の顧問に任命され、就任したとします。これが難しいのですが、校長が決めるのか、または生徒会が決めるのか、生徒会が決めたとしても、校長が最終的に校務分掌として決めたということになるのか、はっきりしないところがあります。部活動顧問に就任した以上、教育活動ですから、部活動について校長の指揮命令が包括的に及ぶというのは当然のことで、そういう意味では、あの判決はすごく意味があるわけです。

工藤:天草の事案の地裁の判決では、土日の部活動について、「好きでやっていた」と書かれていましたよね。「好きでやっていたから疲れない」とか。以前に天草の先生の奥さんと話した時に、すごく部活を負担に思ってやっていたのに好きでやっていたと書かれたことについて、すごく悔しいとおっしゃっていました。
 夫の場合は、基金の主張として、土日の部活は6時間程度なので体に影響はない、と返ってきたんです。でも土日というのは休む時間なのに、6時間程度しか働いていないという。

妹尾:そこも含めて給特法上は、自主的・自発的にやっている、好きでやっている、とされてしまう。でも、学校の公務なので完全なプライベートな活動とは違いますよね。労基法上の労働でもない。趣味でもない。じゃあ、なんやねん?という、宙ぶらりんのままです。これを正面から労働と認めてしまうと、時間外勤務手当の支給が必要となって、そんなお金どこにあるんだという話に戻ってくるわけですが。

松丸:富山のケースも、大阪の適応障害の訴訟も、部活動顧問をするかは自主的に選択できるんじゃないか、指導時間が長くなるような部活の顧問になるかどうかは自身の自主的・自発的な選択じゃないかというような主張を被告(学校、教委)側はしますが、両方の学校ともほぼ全員顧問制です。

工藤:中学校や高校の壁に、「○○部優勝」などと書かれてしまうと、それがプレッシャーになるという話もよく聞きます。

妹尾:小学校も含めた吹奏楽部や合唱部でもそうです。金賞を取ったとなると本当にハードになる例もありますよね。部活動が過熱化すると、年間の総授業数よりも活動時間が多くなる場合もありますから。どっちが本業なんですか、と問われるべき話だと思います。

松丸:私の妻も高校の教員でバスケ部の顧問をやっていましたから、そういうのを目の前で見ています。土日なんて、絶対家にいなかったですね。

妹尾:過重労働の原因は複合的にあるから一概には言えませんが、過労死するほどの過重性に影響が大きいのは、やはり部活動等が重いですね。

松丸:過労死の認定基準は、基本的には労働時間がすべてです。時間外労働が1ヵ月間で100時間なり2~6ヵ月間平均で80時間。時間の基準をクリアしていれば認定されます。さらに、2021年9月の認定基準の改正で、時間外労働が過労死ラインに至っていなくとも、質的な精神的・肉体的過重性が認められる場合は総合的に評価されることになりました。
 ただし、精神疾患の場合やそれによる自死の場合は、いろいろな要因があります。判例を見ていくと、保護者との軋轢なども結構多い。最近の和歌山県の高校の先生の事件もそうでした。野球部の監督で、自分の子どもをなんでレギュラーにさせないのか、と教育委員会や学校に文句を言ってくる保護者もいるわけで、そういう対応と長時間労働の影響ですね。

■過労死の実態が見えていない

工藤:総務省が調査したデータ〔*13〕によると、平成22年1月から27年3月の5年間で、公務災害として認定された教職員の死亡例が28人なんです。5年で28人て、すごく少なくないですか? 松丸先生がずっとおっしゃっているのが、教員には毎年400人から500人の在職死亡者がいて、その中で過労死はもっと多いはずだろうということでしたね。

妹尾:文科省の調査では、交通事故とか病気での死亡なども含まれているので、過労死等だけを特定できないんですよね。

工藤:80時間以上働いている方がこんなにいる業種で、こんなに過労死等が少ないわけがありません。というより、過労死等として現れてこないんですよね。くも膜下出血で亡くなっている先生を何人も知っていますが、公務災害の申請をしていないので、病死という扱いになっているんです。

松丸:私たちの仕事は、立ち上がらない方の説得から始まります。過労死等の問題が起こったらすぐに手続きをして損害賠償請求するのが当たり前という社会的認識になっていません。だから、表に出ていない事件はまだまだあります。そして、ご遺族も過労死として考えないことも多く、相談を受けた弁護士は、経験がないから辞退することも少なくありません。

妹尾:給特法も特殊ですしね。

松丸:公務上認定の手続きを知らないんです。とくに地方公務員や国家公務員についてのことはさっぱりわからない人も多いです。

■実態把握をしなければ、過労死は防げない

松丸:教育委員会の職員も、過労死が多いです。学校の先生が教育委員会に異動になることもありますよね。学校の勤務時間意識のなさがそこに反映されてしまう。

妹尾:市役所の財務課と教育委員会はいつまでも電気がついている、とよく聞きます。先生が忙しいのは有名になったけれど、教育委員会が忙しいというのはほとんど一般には知られていません。ですから、僕は以前、教育委員会以外の部署も含めて、市役所の課別の時間外勤務のデータを出してほしいと依頼したことがあります。多くの人に実態を知ってもらうために、僕も記事に書くからと言って。でも、残業代は予算上限もあって過少申告になっているから、残業時間の実態を全然反映していないと言われてしまいました。

松丸:市役所の職員の労働時間の把握もめちゃくちゃですよね。カードで出退勤するからちゃんとデータはあるんですよ。でも、勤務時間は自己申告だから、実際は月に120時間以上の時間外労働なのに、申告は22時間ということもありますよね。過労死防止にはただ一言、勤務時間の適正把握が必要。すべての議論の前提がそこですよね。

工藤:過労死等防止対策白書などは、分析まではできているんですが、まだその先がないんですよね。

松丸:分析するだけなんですよね。本来は、分析した結果として、過労死等防止のためにどういうことを対策として取らなければいけないのかを考えなければなりません。私の考えではっきりしているのは、管理者による労働時間の把握、さらに持ち帰り残業の実態も含めた実態把握が必要ということです。その結果、一定の限度を超えたときには、労働安全衛生法上の面接義務があるわけですから、それで状況を把握していく。それでも漏れるケースはあると思いますが、労働時間の適正把握が重要であることを、私は20年前からずっと言っています。労働基準監督官へのアンケート調査でも、過労死を防止するには何が必要かというと、まず労働時間の適正把握と言っています。

■どこが対策をとるべきか

妹尾:工藤さんがおっしゃっていたように、教員の過労死問題は、文科省と総務省と厚労省の三つの境界領域ですよね。もちろん学校を所管している文科省が一番中心だと思いますが、公務災害や地方公務員制度は総務省マターですし、過労死という健康保持や労働問題という点では厚労省の所管でもあります。そのあたりのもどかしさ、問題もお感じになられますか。

松丸:そうですね。どこが対策を取るべきか。地公災の定款の中に、「公務災害の防止に努める」という目標がちゃんと載っているんですよ。その監督官庁は総務省。厚労省はある意味で過労死等の防止の中心にいるのですが、それに地公災はくっついていくだけなんですよね。地公災独自での過労死防止策は具体的に出されていません。
 総務省も分析するだけで、要因を考えられていない。それは厚労省も同じようなものです。本来であれば、実態としての労働時間と、申告していた労働時間と、労基署の認定した労働時間の3つを並べた表を作って、何が原因なのか、それだけの長時間労働の実態がなぜ放置されていたのかなどが、どの事件でも共有されるべきですよね。

妹尾:最近は私立学校にだいぶ労基署が入っていて、勤務時間を把握していないとか、36協定がないままでやっているなどと指導しています。私立学校にとっては生徒募集の評判にも関わることなので、不十分な点はあるにしても、基本的なところはだいぶ進みつつある学校もあります。
 一方で公立学校の教員の場合、労働基準監督は人事委員会もしくは首長の仕事という制度ですが、たいして動きません。東京都の人事委員会でさえ、委員も事務局職員数もすごく少ない〔*14〕。そこのあたりの制度的な不十分さや人員の不十分さ、査察する人たちがいない問題にも目を向けていく必要があります。
 それに、市区町村立学校については、服務監督権者は自分たちではないから都道府県教委も遠慮ぎみですよね。誰も責任を取ろうとしていない。チェックの機能も弱いと僕は思います。

松丸:労働基準監督官は労基法違反等について司法警察員の権限があります。その権限で臨検することもできるし、極端に言えば逮捕することもできます。捜査したうえで検察庁に送検できる。でも地方公務員の場合は、明らかに未払い賃金があっても、人事委員会、公平委員会に措置要求ができるだけです。それで勧告権しかありません。勧告に応じるかどうかは知事や市長によります。何も強制権がありませんから。そういう意味では、事実上、監督機関がないのです。しかも罰則規定もないんですよね。県や市といった自治体も含めて、教員の勤務時間に対する監督権がない。うちは労働基準監督署とは違うんだ、と主張している。職員がぱっと相談できる部署がないですよね。だからつぶされちゃうんですよね。公務監督署みたいなものが必要です。

工藤:私の夫が亡くなったときは、教育委員会から「こういう事例があったけれど、過労死等だと思われます」という文書が教育長名で出されました。教育長も責任をもっていないんだなというところがすごくショックでした。やっぱり第三者の監督機関というのはできないんでしょうか。文科省の相談窓口〔*15〕はできましたが。

妹尾:文科省のホームページには、まず教育委員会に相談してから文科省の相談窓口に連絡するようにと書かれていますが、そうなると相談しにくいですよね。

工藤:そうなんです。教育委員会には相談したくない人も多いので、結局、先生方はメンタル的にも業務的にも孤立してしまいます。厚労省管轄の相談機関は山ほどあるのですが、公立学校の教員向けのものはないんですよ。

妹尾:世の中に発信すべきことが山ほどありますね。

工藤:ほんとうに。先日、高橋まつりさんのお母さんと話していて、電通でも2000年の自死があり、2015年にまつりさんの事件があり、そのあとも是正勧告などで送検されたりして、企業名もホームページに載っているのに、また同じことの繰り返しで。反省がないからこんなにどんどん自死が起こるんだ、とおっしゃっていました。本当にそのとおりだなと思います。

松丸:高橋まつりさんの事件でも、労働時間を適正把握していないということがわかります。今は、基本的にはブラック企業はないと思っています。労働基準法立ち入り禁止を明示している会社はないですから。しかし、適正把握ができていないところは多く、長時間労働が放置されてしまう。医師が、壊れた体温計では患者の容態を適正に把握できないことと同様です。

妹尾:仕事を自宅に持ち帰って行うという「残業の見えない化」が、民間企業でも学校でも起きていて、見えなくなっているから誰も適正把握ができてなくて、誰も責任を取ろうとしないというのは問題の根っことしてありますね。

松丸:それに教員の場合、一生懸命やっているよね、熱血先生だよね、という感じで、勤務の実態が見えてこない。そこの発想の転換がどこまでできるかですよね。今はすごく大事な時期です。今、学校はものすごく民間から立ち遅れているけれども、逆に今ここでしっかりと取り組めば、民間以上のことが現場でできるのではないかと思うんです。子どもたちが高いレベルの教育水準を得られる教育を持続可能にするためにも不可欠な課題ですね。

〔注〕以下の「本書」は『先生を、死なせない。』(教育開発研究所)を指します。ぜひ、あわせてお読みください。

*1 在校等時間の超過勤務の上限(月45時間、年360時間)等を規定した「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(2019年1月25日)が、給特法の一部改正により、法的根拠をもつ「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針」として格上げされました(2020年1月17日)。

*2 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法

*3 2014年、福井県若狭町立中学校の新任教諭、嶋田友生さん(27歳)が自殺した事案について、校長が過重な勤務を軽減するなどの措置を取らなかったためだとして、県と町に約6500万円の賠償命令が出されました(福井地裁令和元年7月10日判決)。詳細は本書32頁。

*4 詳細は本書88頁参照。

*5 1991年の電通の男性会社員(24歳)の過労による自殺について、企業の安全配慮義務違反を初めて認定しました(最高裁平成12年3月24日判決)。

*6 心理的負荷による精神障害の認定基準(2011年12月)

*7 心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(1999年9月)

*8 脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準(2001年12月改正)

*9 詳細は本書139頁。

*10 2011年、熊本県天草市立小学校の教諭(当時44歳)が脳出血により倒れ、障害を負いました。2020年、福岡高裁は公務災害として認めました(令和2年9月25日判決)。詳細は本書98頁。

*11 2011年、大阪府堺市立中学校教諭、前田大仁さん(26歳)が、虚血性心疾患で亡くなりました。2014年、地方公務員災害補償基金は、公務上の過労死として認定しました。詳細は本書20頁。

*12 2002年、豊橋市立中学校教諭の鳥居建仁さん(当時42歳)が脳出血により倒れ、障害を負いました。詳細は本書87頁。

*13 「平成29年度地方公務員の過労死等に係る労働・社会分野に関する研究事業(教職員に関する分析)」のデータです。平成28年度に作成された公務災害認定事案データベース(脳・心臓疾患事案84件、精神疾患・自殺事案106件、平成22年1月~平成27年3月の5年間)を用い、教職員(義務教育学校職員・義務教育学校職員以外の教育職員)の事案を分析したものです。

*14 東京都人事委員会の「令和3年度事業概要」によると、職員の勤務条件の報告、勧告等を担当する任用給与課の職員数は13人で、この課は職員の人事評価、研修に関する勧告など他の業務も担っています。

*15 文部科学省に「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理及び『休日のまとめ取り』のための1年単位の変形労働時間制等における不適切な運用に関する相談窓口」が開設されています。

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