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過労死リスクの高い教師の働き方をどう変えるか ――高橋正也・吉川徹(過労死等防止調査研究センター)

◆過労死等防止の観点から、教職員の働き方をどう変えていくことができるか、労働安全衛生総合研究所・過労死等防止調査研究センターで、地方公務員の過労死等の公務災害認定事案や民間従業員の過労死等事案の分析や研究等に関わっておられる高橋正也先生・吉川徹先生にお話をうかがいました。

高橋正也(たかはし・まさや)独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所
 過労死等防止調査研究センター長1990 年東京学芸大学教育学部卒業。同年労働省産業医学総合研究所(現研究所の前身)入所。2000 年群馬大学医学部(医学博士号)。同年からハーバード大学医学部ブリガムアンドウィメンズ病院・睡眠医学科留学。2014 年労働安全衛生総合研究所・過労死等調査研究センター長代理、2016 年同・産業疫学研究グループ部長、2019 年同・過労死等防止調査研究センター長、2021 年同・社会労働衛生研究グループ部長。

吉川 徹(よしかわ・とおる)独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所
 過労死等防止調査研究センター統括研究員1996 年産業医科大学医学部卒業、医師・博士(医学)。2000 年財団法人労働科学研究所・研究員/副所長を経て2015 年より現職。専門は国際保健学、産業安全保健学(産業精神保健学、職業感染制御学、人間工学等)。過労死等防止対策推進法に基づく過労死・過労自殺(民間労働者)の労災認定事案分析、総務省が実施する過労死等の公務災害認定事案(教職員を含む)の医学的調査分析を担当。

■睡眠時間が短いことによる影響

工藤:平均6時間弱という教師の睡眠時間〔*1〕が心身の健康はもちろん、学校業務や子どもたちに与える影響として、どのようなことが考えられるでしょうか。

高橋:日本は特にそうですが、眠ることを大事にしません。眠るのは無駄、のようなとんでもない意見もあります。欧米などは真逆で、大人は最低でも7時間寝ることを勧めています。しかし日本だと7時間以上寝ている人は平均で2割くらいしかいません。
 睡眠が短いと攻撃的になったり、ちょっとしたことでも怒りっぽくなったりして、心が不安定になります。ですから、睡眠不足は、教師自身の健康だけではなく、子どもたちや同僚の先生にも影響します。

吉川:私は医師の研究者として、過労死等の問題に携わっています。睡眠不足の影響では、自覚症状のないままにミスが増えることが知られています〔*2〕。有名なある実験では、睡眠制限の日数が増えていくと、睡眠時間が短ければ短いほど反応が遅くなります。医師を対象とした研究でも、睡眠が短くなるとミスも増えるし、生産性も落ちるということははっきりしています。医学研究でわかっている知見をしっかりと現場にフィードバックしていく制度設計にしていくことは重要です。
 先ほど、高橋センター長が言われたように、イライラするなどの感情の変化は、教育を行っている人にとっては極めて深刻な問題です。深刻な睡眠不足が、対人・教育・思考に与えている影響が自覚されていない。教育の場で、この睡眠の問題があまり取り上げられていないという課題があるのではないでしょうか。

■先生も子どもも睡眠をしっかりとることが難しい現状

高橋:先生方は学校に来るのがすごく早いですよね、7時とか7時半とか。そうなると、たとえば通勤が1時間としたら朝6時には家を出ないといけない。そうすると朝5時頃には起きなければなりません。寝るのが22時頃であれば7時間の睡眠はとれますが、そのためには家に帰るのが18時や19時くらいになる必要があります。ですが、そういう先生は実際には、すごく少ないと思います。やはり、勤務間インターバルやタスク・シフト(業務の移管)を考えていく必要があると思います。

妹尾:文科省が実施した2016年の教員勤務実態調査でも、小学校と中学校の先生は平均で7時半ごろに出勤しています。あくまでも平均値なので、当然それよりも早い方も結構いらっしゃいますし、特に多忙な職である教頭・副校長先生は6時台に来ているというケースもあります。ただ、この2、3年で働き方改革は学校でも随分言われるようになってきたので、早く出勤する先生が、おそらく昔よりは少なくなった傾向があるとは思います。夜も、20、21時までいて当たり前だったのがだいぶ変わってきている学校もあるのは確かです。一方で、部活動で朝練をやっている学校や、早朝から授業をしている高校などもあります。

高橋:生徒さんも、部活動や塾などであまり寝ていなくて……。

妹尾:そうなんですよね、子どもの睡眠不足はより深刻かもしれません。

吉川:子どもたちにとって眠るということは、成長、特に脳の発達、学習や記憶に不可欠です。勉強することはもちろん大事なのですが、同時に眠ることが子どもたちにとって心の栄養でもあるということがなかなか認識されにくいですね。

工藤:私も教員の時は、夜20時に帰れたらOKみたいな感じで、24時から始まる通販の番組を聞きながら寝て、朝5時に起きて、という毎日でした。今は妹尾さんが言われたたようにすごく二極化していて、とてもよくなっている学校と、悪くなっている学校があります。
 ただ、睡眠不足の話はよく聞きますし、先生方のこの働き方を子どもたちが見て、こういうふうに働くのが当たり前なんだ、と刷り込まれてしまっているように感じます。それが、子どもたちも夜遅くまでがんばらなければいけない、ということにつながっているような気がします。先生も、子どもたちの睡眠不足を心配するよりも、逆にがんばれというふうになっているような気がして。睡眠不足による問題が、なかなか浸透しないのがもどかしいなと思います。

■睡眠不足の生産性への影響

妹尾:高橋先生の講演資料〔*3〕の中で、睡眠不足の影響について、生産性にもよくないということを米国の労働者のデータで紹介していただいていました。健康上のリスクももちろん大切ですが、先生たちに、睡眠不足は仕事の質的にもよくないということをもっと言っていくことができればと思います。日本でも、睡眠不足が仕事の質や生産性に悪いということは研究されているのでしょうか。

高橋:日本での研究はまだ少ないですね。生産性をどう測るかというのはなかなか難しくて、たとえば製造ラインだと時間あたりどれくらい作ったかというのはわかりやすいですが、先生の仕事も含めて、目に見えない成果をどう測るかというのは難しいんです。それはそれで研究としてやっていけばいいと思いますが、睡眠研究からの類推として、きちんと睡眠をとっていなければ、いろいろな問題に柔軟かつ創造的に対応していくことが非常に難しくなるということはわかっています。学校現場はけっして決まったシーンばかりではなく、その都度、子どもたちの状況を見ながらやっていかなければならないという、柔軟な対応を求められることが多いと思います。その準備として、学校の先生がしっかり睡眠をとり、健康でいることが必要だと思いますし、それができないと本来1時間で終わる仕事が2時間になってしまったり、結局それが残業につながったりするような悪い循環があるようにも思います。

■勤務間インターバルの導入

高橋:睡眠とある意味非常に近い問題として、勤務間インターバルが導入できるかどうかということがあります。

吉川:勤務間インターバルについては、5年前に比べれば認知は広がってきたと思います。ただ、制度としてどう取り入れていくかというのはなかなか難しいです。私は医師の働き方改革に関わっているのですが、2024年からの医師の時間外勤務時間上限規制が他の職種に5年遅れて導入されますが、過労死等基準を超えて働かせる場合には9時間の勤務間インターバルを入れなければいけないということが、健康確保措置として明確に出されました。これは労働基準法ではなく医療法の中で規定されたのですが、医師も睡眠が非常に重要だということを制度化しようという動きです。
 ただ、9時間という数字については議論があります。過労死等の認定基準の改正〔*4〕で、勤務間インターバルが11時間を切る労働は負担があるものとされました。ですから、医師は制度的には9時間の勤務間インターバルとなっていますが、過労死で亡くなった場合には、11時間未満のインターバルは負荷のある業務だと判断されることになっていくと思います。11時間は一つ大きな基準になります。
 実際には、目の前で倒れている患者さんがいても、「時間ですから帰ります」といえるかというと、帰れないわけですよね。そういう状況があるときに、一人の医師の責任にせず、組織としてインターバルをどう捉えていくかが重要になります。就業規則などに入れられるといいですが、そこまでできない場合にも、職場の自主的ルールをまず先行させて進めていくといいのではないかと思います。
 たとえば、今回のコロナ禍で感染症科の先生方は長時間労働になり大変でした。患者が途切れなく入院して際限がないので帰るのが難しい。そこで、20時には当直医以外は帰るというようなルールを、病院としては決められないけれども、感染症科の先生たちの中で自主的にみんなで合意する。朝は7時前には来ないようにする。そうすると、11時間のインターバルが確保できるのです。
 ですから、まずインターバルが睡眠の確保のために非常に重要であるということを共通認識として持ち、それを制度化できるところは早めに制度化して、できなければ職場内のルールでインターバルを確保する。あなたが長時間働くことが仕事の質に影響しているのだということを認識しながら、インターバル制度の促進を働きかけることが重要だと思います。

高橋:厚労省では一般の企業のインターバルの導入状況を定期的に調べているのですが、直近の2021年の調査〔*5〕では、すでに導入しているのが4.6%、導入しようと予定ないし検討中のところが13.8%なので、合わせると2割弱くらいはインターバルになんらかの形で着手したいんですね。政府としても、できるだけこれを進めていきたいところですが、学校現場で取り入れてみようというところはありますか?

工藤:私が把握する限りでは聞いたことがないです。過労死等防止対策推進協議会でも、今回の大綱の見直し〔*6〕の際に、これを何とか公務員にも入れてほしいということをお願いし、その結果公務員についても、「目標の趣旨を踏まえ、必要な取組を推進」という言葉を入れていただくところまではいったのですが、企業とはそもそも立て付けが違うということで。たぶん学校では、インターバルという言葉すら知らないという状況です。

妹尾:公立学校の場合は、給特法の影響もあって残業が正式には労働として認められていない問題があります。ほとんどの学校が正式には7時間45分勤務となっていて、法律上はそれ以降は自発的・自主的なものだという性格になっています。私立学校と国立附属学校は労基法が完全適用なので別ですが、私学でも公立と似たような運用をしているところは多いです。
 つまり、たとえば、使用者としては正式に21時まで残れとは言っていませんという立て付けになっていますから、先生たちが自分の意思で残っている、となってしまいます。インターバル制度導入にあたっては、そこの難しさがあります。ただ、やむを得ず業務があるときにも、11時間以上はあけるようにという働きかけをしていくことや啓発はできると思います。
 ほかにも問題はあります。学校の先生は、定時制高校など一部を除き、シフトが組めず、代替の人がなかなかいないという問題が一つ。もう一つは自宅等に持ち帰って残業をしてしまうという人も中にはいることです。さきほどご教示いただいたように、睡眠不足や過重労働が、仕事の質や健康にも影響することをしつこく言っていくことは、すごく大事だと思いました。

高橋:勤務間インターバルというのは、睡眠と余暇の時間を入れる「器」と言えます。たとえばインターバルが8時間であれば、8時間以上の睡眠も余暇も物理的にとれないので、きちんと「器」を確保するということは大事なんです。夜もそんなに長く残業しない、朝も必要でなければ早く来ないということをどう周知徹底していくかが重要です。

■学校のインターバル制度導入を阻害する要因

吉川:学校でインターバル制度を導入して勤務時間を短くしていこうというのを阻害する要因として、2つあると思います。まずは業務量がとにかく多くて、処理がしきれないので長くなっているということ。もうひとつは、子どもが登校してきたときには学校にいて、挨拶をして、共にご飯を食べて、一緒に生活をして、というのが教育だと思っている先生にとってみればそれは苦ではないため、子どもと一緒にいることが大事だと思う理念や考え方に基づいて長時間労働になっているということがあると思います。
 前者については、すでに議論もされていると思いますが、部活動指導を外部の方にお願いする、心理カウンセラーのような方たちにたくさん入ってもらうなど、先生ではなくてもできる仕事はどんどん他の人にやってもらうという仕組みが必要です。また、タスクシフト・タスクシェアだけではなく、業務を効率化してどう減らしていくかということも必要です。
 難しいのは後者です。子どもと一緒にいることで気がつくこともあるでしょうし、子どもの小さな仕草や困っていることを見て、きめ細かに対応することもあるでしょう。教育の本質とはやはり一緒にいることにあるという部分については、時間の削減がなかなか難しいと思います。医師も、患者の前にいることが美徳であるということとか、“not doing but being”と言うのですが、何かすることではなくて、そこにいることこそが医師としての価値であるという考え方があります。そこが長時間労働を削減するうえでの難しさであり、それをしなくていいとなると、ではなぜ教師や医師になったんだという自問自答にもなると思います。
 そこで、プロフェッショナルな先生たちが教育ってなんだろうと考えて、その子の成長を支えることが教育であり、必ずしも一緒にいなくてもそれはできるんだという考え方ができれば、変わっていくかもしれません。
 インターバルという時間の制度を入れることと併せて、妹尾さんの『教師崩壊』にも書かれていたように、教育の質をどう担保していくのかという議論をしつつ、命を支えるための睡眠の確保にインターバルが重要であるということ、そして健康であってはじめて教育が提供できるということを考えることが大切です。たとえ今日まですばらしい先生でも、明日その先生が倒れてしまったら、ではその生徒は誰が教えるのか、その倒れた先生の代わりに誰がなるのか、となってしまいます。先生が倒れたら何もならないというところから、インターバル制度の最終ラインをつくっていくという考え方が非常に重要なのだと思います。

■いきいき働いている先生のリスク

妹尾:関連する話で、僕の別の本の中でも「イキイキ教師」と「イヤイヤ教師」という話をしています。長時間労働をイキイキとやっているケースと、嫌々やっているケースとあるんですね。1人の先生が両方のケースとなる場合もありますが、たとえば部活動などは典型で、部活動命という先生もいれば、プライベートを犠牲にするのは嫌なんだけれど、という先生もいます。
 嫌々長時間労働になっている先生は当然、精神的にしんどくてメンタルを病む心配があって、最悪の場合自死につながるということを警戒しなければいけないことは明らかです。
 一方で、いきいきやっている先生は、本人も大丈夫だと言っているし、子どもたちの成長にかかわってエネルギーをもらっているし、という状態。周りもこの先生は熱心でいい先生だとして、放置されている可能性が高いです。ただ、いきいきやっている先生も、睡眠不足になったり、知らず知らずのうちに疲労が蓄積されたりして、場合によっては過労死のリスクが高まっていくことがあります。そして、子どもたちのためにやっていることがモチベーションになっているわけですから、ストップが自分ではかけられない。このように、いきいきやっている先生の健康への影響についてもおうかがいしたいです。

高橋:働く人の心の健康ということでは、「ワーク・エンゲイジメント」(仕事への活力・熱意・没頭)が注目されています。いきいき働いている人たちは、本当にwant to workです。一方で、嫌々働いている人というのは、いわばワーカホリズム(強迫的に働く状態)という形で、have to work、働かされるとか、働かなければならない、みたいに真逆なんですね。
 ワーク・エンゲイジメントが高い人たちは、心の健康は非常にいいし、生産性も高いと言われているのですが、やはり程度の問題で、楽しい仕事、おもしろい仕事、興味があるからといってそれをずっと続けていると、疲労がたまっていき、いずれ心か体に影響が出ると言われます。ですから、いつまでもいきいきやれるために、オンはオン、オフはオフときちんと切り分けることが大事だと思いますね。

吉川:いきいき働いていても突然亡くなるということは、脳・心臓疾患では実はあるのではないかと思います。たとえば糖尿病で、ヘモグロビンA1c〔*7〕が10くらいでも自分は元気だといっていきいき仕事をしている先生は、実は糖尿病に加えて長時間労働によって血管がぼろぼろになり、脳卒中や心筋梗塞を起こすリスクがあります。いきいき働いていても、まず健康診断なども含め、健康に問題がないかということは確認しておくことが必要です。
 過労死、特に脳・心臓疾患の場合では、ちょっと胸が痛いなとか、なんか頭が痛いな、でも忙しいから病院に行けない、と放置されてしまうことがあります。しかし、命は他人が決めるのではなく自分が決めるものです。予兆が出た場合には健康を優先し、早めに病院に行くことが大切です。
 いきいきと働いていた先生でも、たとえば、問題行動の多い子どもの指導の担当になって親とのトラブル、ひどいクレームを受けたりして、なんだか顔が曇ってきているなとか、普段は髪の毛をきちんと整えているのにぼさぼさでおかしくなったり、そういった、ふだんと違う様子が出てきたとき、周りが気づいて、「先生ちょっと休んでは」と声をかけたり、保健室の先生に相談したり、産業医の先生の来校時に少し時間をもらったりすることを助言できること、いわゆる健康障害が起きそうなリスクを早めに見つけて、それを専門家につなげるということも大事です。
 また、表面はいきいきして見えて、周りは元気だと思っていたけれど、実は家に帰ったら家事も何もできなくてぼーっとしてしまっているということもあります。学校ではなく家庭の問題、親の介護や、自分のパートナーの問題でトラブルがあった場合などには、学校でいきいき働いているようでも、実は家庭に帰ったら非常に大変だということもあります。困った時のセーフティネットが大切で、学校以外での先生が抱える問題も相談できる窓口などを作っていく必要もあるのではないかと思います。

■自分が倒れた後の周りへの影響

吉川:もう一つ、元気でいきいきと長時間働いていた先生が倒れた、あるいは急にうつ病で休んでしまった途端に、その仕事を誰かが代わりにしないといけない、ということがあります。過労死の事案などを読んでいて、医師もそうですが、その先生がすごく膨大な量の仕事をしていて、きちきちで回していた。その先生が倒れてしまった、あるいは休んでしまったために、その仕事を他の人たちがいっきに負担する状況になって、周りの先生も過重労働になって体調を悪くしてしまうという、休みの連鎖が始まってしまうことがあります。いきいきと長時間労働をしている職場は、常にそういうリスクがあると、事例を読んでいて感じます。

高橋:「私は大丈夫」というのは、いろいろな仕事を行っていくうえでの一種の自信、ベースになっていると思います。ですが、やはりがんばりすぎてしまうと、いずれは心であれ体であれ不調になってしまいます。日本でもそうですが、海外では「バーンアウト」といって、「燃え尽き」ということが特に専門職にとっては非常に重要な問題と捉えられています。ある時エネルギーが枯渇してしまって、ぱたっと仕事に対する興味がなくなってしまい、職場に来られなくなってしまうということがあります。吉川先生も言われたように、本人だけの問題ではなく、カバーする先生方の過重労働にもなってしまう。これはけっして望ましいことではないですよね。ですから、「大丈夫」な状態をずっと続けられるように、いろんな措置をしていくことが大事なのではないかと思います。

工藤:私の夫がまさにいきいき先生だったんです。すごく元気で、学校の仕事が楽しくてしょうがないという。事案をいくつか見てみると、いきいき先生にいろんな負荷が重なったときに、いきいき先生でなくなるというのをすごく感じます。夫も、一人にかかる比重がものすごく大きくなったときに、なんだか元気がなくなって、皆さんがちょっとおかしいんじゃないかと言って、保健の先生が血圧を図ったら急に上がっていたという予兆があったんです。
 ほかの事案でも、いきいき先生が最後の1ヵ月くらいに元気がなくなったり、体調をくずしたり、病院に行きたいけど行けないという言葉を残されているということがすごく多くて、やはり先ほど言われたような健康管理、気づいた人が誰か第三者につなげるとか、健康管理をすることがすごく大切なんだなと思います。
 夫もすごく血圧が上がって頭が痛いと言うようになって、危ないけれども修学旅行に行かざるを得なくて、修学旅行に行って帰ってきたその日からもう動けなくなってしまいました。どこかで健康に気づく、介入する人がいたりとか、そういう方向に導く人が大切なんだなということを、これまでのお話をうかがって思いました。絶対メンタル不調にならないだろうという人が、メンタルにきてしまうという事案が本当にたくさんあるので、その重要性をすごく感じました。

■長時間労働による脳出血の危険性

工藤:吉川先生が担当されて過労死等調査研究センターから出された2017年度の資料〔*8〕の中で、とくに脳疾患の死亡率が非常に高いということと、脳梗塞ではなく脳出血の割合が多いというのは、やっぱり過労からつながっていると考えられるのでしょうか。

高橋:私たちが2014年から全国の過労死の事案を集めて最初にしたことは、疾患名を明らかにしていくことでした。毎年6月に出される前年度の過労死の状況というのは、大きく脳疾患と心疾患という二つしか出ておらず、その内訳は公表されていませんでした。我々が全ケースを見たところ、まさに工藤さんがおっしゃるように脳疾患が6割、心疾患が4割でした。脳疾患の中でも梗塞、血管が詰まるという病気よりは切れる、出血するというのが多いということで、これはやはり長時間労働が主な要因でしょうが、過重労働のひとつの特徴的な病気の現れ方なのではないかと思っています。

工藤:私が収集した事案の中でも、脳梗塞は1件しかなくて、ほぼ出血性でした。私の夫は脳ドックで将来くも膜下になる可能性はほとんどないと診断されていたのに、その1年後に亡くなりました。負荷がかかると、何も異常がなかった人もくも膜下になってしまうんだ、そんなに負荷がかかっていたんだと衝撃だったんです。

高橋: 40代、50代、まさに働き盛りの方というのは、脳出血の危険性は本来、低い世代です。それでも出るというのは、相当に負荷がかかっているのではないかと思います。

吉川:過労死研究の中で病名を見て、ほんとうに驚いたのは、脳出血とくも膜下出血が多いということです。一番は脳出血で、血管が破れるわけです。その医学的な理由は議論が続いていますが、おそらく長時間労働と血管の脆弱性の関係が注目されます。脆弱性というのは、血管が傷んで出血をしやすくなるような状況になることですが、それで脳出血を起こす、脳梗塞なり脳出血を起こすという考え方は科学的にも確かめられてきています。
 これまでの過労死研究の中で、高血圧性脳出血という特徴的な脳出血が多く確認されています。脳の中心部の最も大事な部分が出血してしまうタイプのものです。おそらく長時間労働によって血圧の変動があったり、あるいは持続的に拡張期血圧(下の血圧)がずっと高いことなどにより出血しやすくなったと考えられています。やはり予防のためには睡眠をしっかりとることや、インターバルを入れること、また週1回は休みを完全にとって、血圧を安定させたり、急激な血圧変動をさせないことです。
 併せて、やはり血圧が高い先生は、きちんと治療して管理するべきことをあらためて周知すべきです。元気だと、血圧が高いけどまあいいか、みたいに放置しやすいのですが、今は薬を飲めば血圧をしっかりコントロールできます。また、薬だけでなく、睡眠を確保する、タバコをやめる、過度なアルコールは控える、体重を管理するといったような、やはり一般的な健康管理が大事です。
 先生が倒れることで自分の家族も悲しむし、同僚も悲しむ、何より先生が一生懸命手塩にかけてきた子どもたちの衝撃は計り知れないものがあることを考えると、先生が健康であってはじめていい教育ができるんですよね。産業医の先生に会いにくい、健康診断の結果でフォローを受けにくい、病院に行く時間がないなどもあると思いますが、健康確保のために健診を適切に活用していくことが大切です。先生も子どもたちに健康についての教育をしていると思いますので、人間の体のことをよく知っているはずです。だからこそ、自分の健康を守る方法を考えてほしいです。
 最近、医師が過重労働で倒れたりしているので、救急医療や産婦人科の先生たちが、「医師が健康でなければ患者は健康にできない」というスローガンをかかげて、医師の健康があってはじめて患者が健康になれるというキャンペーンを始めています。そのために睡眠をとろう、シフトをちゃんとしようと。自分の家族と自分のプライベートを大切にしよう、自分が健康で元気になって精神状態が十分であってはじめて、最も重要な判断ができ、患者の命も救うことができるという動きが出てきています。

■学校をサポートできる仕組みづくり

高橋:今までの話を聞くと、学校という職場、労働現場の抱える問題は、小規模事業所の健康管理、組織運営の問題あるいは仕事の多忙さのような課題にかなり似ています。産業医もいませんし。

吉川:学校医の先生が産業医を兼ねていることもあると思いますが、学校医の先生は子どものことは見ていますが、先生のことはよほどしっかりした医師でないとなかなかアプローチできないということもあるかもしれません。ですから、中小事業所の産業保健、健康管理を支援できるような仕組みを、たとえばA市ではそのA市を担当している産業医で、とくに学校のことに詳しい方に専門的に複数の学校を担当してもらうとか、医師だけでなくすぐ相談に乗ってくれる保健師など、産業保健を支援するチームが学校の先生たちの健康を支える仕組みにする。都道府県単位、市区町村単位で学校の先生たちの健康を支える、産業保健チームみたいなものを促進していくのがいいでしょう。

高橋:一般の事業所の、とくに小規模事業所を支える機関として、各都道府県に産業保健総合支援センターというものがあります。その県のセンターの下に地域産業保健総合センターが区市レベルでいくつかあって、産業保健サービスがいろいろな事情で受けられない事業所に対して相談を受けたり支援をしたりしています。実際にはなかなかうまくいっていないところもあるのですが、学校という小規模事業所に対する地域産業保健総合センターみたいなものは、今のところまだないですかね。

吉川:そういうものができてくるといいですね。たとえば、健康診断で数値が高いけど、この結果は病院に行くべきかとか、薬を飲んでいないけどちょっと様子をみたほうがいいですね、といった医学的なことを相談できたり、この先生は最近調子が悪そうだけどメンタルの先生はどこに紹介したらいいか、あるいは長時間労働についてルールをつくりたいけれど労務管理的に問題ないか、といった相談ができたり。あとは、たとえばこういう助成があるけれどこれを使ってみたらどう、のように産業医を共同で専任するとお金がもらえるとか、ストレスチェック制度で職場環境改善を行う際の助成金の活用方法を支援できるとか。

高橋:学校の先生個人、あるいは教職員組織だけではやっぱり解決しないこういう問題となると、地域とか国との関わりになってくると思いますが、今日、明日にはできないにしても、そういう支援センターみたいなものを今後は作っていくのも有効かもしれませんね。

工藤:文科省や教育委員会に相談してください、とよく言われるのですが、そこは先生方が相談したくないとおっしゃるところなので、今の話はすごく大切だと思いました。

■早めに医師に相談できるための体制づくり

吉川:たぶん先生が医師に助けを求めるようなときには、すでにかなり病状が進行や悪化している場合が多いのではないでしょうか。

妹尾:そうですね。2018年の中央教育審議会・学校における働き方改革特別部会に、教職員のメンタルヘルスに関わっておられる九州中央病院の十川博先生にお越しいただきましたが、学校の先生はかなり深刻になってから相談されるケースが多く、もっと手前で来てくれればもっといろいろできることがあるのに、というお話をされていました。どうしても自分のことは後回しにして、子どもたちのことが最優先になりがちですし、あとは同僚に迷惑をかけないことを優先させてしまうので。もっと軽めのときに相談できたり、予兆があったときに早めに治療を受けたりしやすい仕組みをつくることは大事です。

高橋:それはすごく大事なことです。企業でも、メンタルががたがたで、とても出勤できない状態になってから通院するというケースは多いと聞きます。本来であれば、いきなり入院、休業になる前に何か手を打てればいいと思うのですが、学校の先生もそうかもしれませんが、まずがんばってしまって、つらくてもがんばり続けてバタッと倒れてしまう。徐々に悪くなっていけばなんとなくわかるのですが、いいラインからいきなり落ちてしまうとなると、周りはどうしていけばよいのか、ということですよね。
 私どもの過労死等の事案の研究でも、同僚を無視したというよりも、メンタルの悪化がわからなかったということが職場ですごく多いことがわかります。職場でラインのケアとか縦横のケアとは言っているのですが、本人もなかなかメンタルの不調を見せないでしょうし、わかりにくい。精神障害になって自殺されたケースを調べた私たちの研究によると、うつ病や適応障害が発症してから自殺に至るまで、6日というのが半分でした。発症の時期は自殺のリスクが非常に高いと言われているものの、そんなに短い間に多くの人が自死されてしまうとなると、どう現場でサポートしていけばいいのかというのは、大きな課題だと思います。
 2021年度から、精神障害の事案の解析に精神科医にも共同研究者になってもらっているのですが、その先生が少し事案を見たところ、やっぱりなんでこんなに悪くなる前に休みをとるようにしないのか、あるいはもし精神科とかクリニックにかかっているのであれば、ドクターがお休みしましょうと言わないのかということをすごく疑問に感じたそうです。
 昔は、メンタル不調で芸能人が休むということは少なくて、あっても公にはならなかったり隠されたりしていたと思うのですが、今はうつになりましたとか適応障害になりましたと公表されていますよね。僕はあれはすごくいいことなのではないかなと思っています。パニック障害やうつ病、適応障害というのは、脳や心が耐えきれなくなっているということで、とにかく休むのが治療です。休まない、休めないというのはけっして望ましいことにはならないので、大きな火事になる前に、ボヤでとどめられるようにきちっと休む。必要であれば薬や治療を受けるほうがいいはずです。メンタルが悪くなりたいという人はいませんが、学校の先生も含めて、今はそういうことになる確率、危険性を誰もがもっているわけですから、なんとかそれを共有していければいいかなと思っています。

■世代間ギャップ・認知ギャップの問題

吉川:先ほど高橋センター長からもあったように、過労死の事案の分析から、精神障害、特に自殺事案は発症してから亡くなるまでが早いことが明らかになっています。そうなると、もちろん産業医や保健師の相談体制は重要なのですが、やはり最初に助けられるのは同僚や上司で、いつもと違うことに早めに気づくことが鍵になりそうです。一方、事案からは、そこに気づく際、世代間ギャップ、認知ギャップみたいなものが妨げになっているのではないかと感じます。認知というのは、一つのものをどういうふうに捉えるかということで、たとえばビールが半分くらい残っているときに、ああもう半分飲んじゃったと思うのと、ああまだ半分あるかと思う違いのように、同じ状況を見ても捉える状況は異なるということです。
 たとえば、保護者が苦情を言ってきたときに、40代や50代のベテランの先生だったら、今回は一時的なことだからとりあえず1回クッションをおいて、子どもの様子をしっかりみていこうと判断したケースで、若い先生は、保護者から強い口調で何か言われた場合、それだけでどうしたらいいかとものすごく悩んでしまうかもしれません。教育や経験の違いといえばそれまでですが、それ以上に、ものの受け止め方や考え方は世代間で違ったり、人によって違ったりします。そうしたギャップがあるなかで、ちょっとした気がかりなことや困ったことを相談しても、それをなんでもないとうち切られてしまえば、もうこの先生にはこの話はしたくないし、言っても無駄だなと思う。そこの認知のギャップをできるかぎり埋めること、そしてギャップがあるということを理解しておくことは、相談しやすい体制でチームとして働くうえでの非常に重要なポイントかなと思います。

工藤:私はここ一年くらいで2人の先生が亡くなった話を聞いているのですが、そのときの職場の反応というのが、その先生の死を悼むというのではなくて、明日からの分担をどうするかというもので、それがものすごくショックでした。たぶんそういう現実が、同僚の様子を思いやれないとか、気づかないとか、そういうことにつながっているんだなということを非常に強く感じました。それは業務量なども関わってくると思います。
 また、世代間ギャップというのも、新任の先生が亡くなっている事案はほぼ保護者からのクレームに対して管理職の先生がそれにきちんと応えてくれなかったり、同僚の先生のフォローがなかったりというところからきているので、フォロー体制など、人間を育てる学校で先生もちゃんと育てなければいけないのではないかということをすごく強く感じています。

高橋:大学を出て新任教師になったといっても、まだ教育者としては駆け出しなわけで、そういうときにひどい言葉を言われたり、電話で3時間とか4時間とか言われ続けたりしたら、当然倒れるわけです。そうなる前に、先輩や管理職の先生方がサポートや支援、場合によっては学校全体として取り上げるという形ができればいいですよね。新任の先生で早くに自死されてしまう方というのは、サポートしてもらえていないという特徴をよく聞きます。

■「アタリ」「ハズレ」を乗り越えられる体制づくりを

工藤:私は新任の先生たちといろいろ話すことが多いのですが、先生を続けられるのは運だって言うんですね。配属校の運次第だと。今回はよかったけれど、次が悪かったら先生をやめるかも、という話も聞いたりします。とてもメンタルが強い、先生になりたくてしょうがなくてなった新任の先生が、毎日死にたい、死にたいと鍵がついたTwitter に書いていたり、夜中の12時頃まで帰れない先生もいたりして。その先生たちをどう支援したらいいのかとすごく悩んでいます。
 また、同じ学校で2人の新任の先生が過労死等でその年に退職されましたが、1人は校長先生から、保護者対応のことで、君は学校の先生に向いていないからやめろと言われ続けて、学校に行けなくなったということでした。同じ学校から2人も深刻な事態になるというのは、どういうことだろうと。その2人も証拠などは足りないので公務災害申請にも至っていないんです。ただ、そういう隠れた事案が私のところに山ほど来ます。公務災害事案にも至っていないけれど、明らかにハラスメントだったり過労死だったりという事案を見ると、すごく苦しくなりますし、どうすればいいんだろうなとすごく苛まれます。

吉川:どの職場に配属されるかには「アタリ」「ハズレ」もあります。非常にウマの合う管理職や同僚に会う「アタリ」もある一方で、たとえ「ハズレ」でも、病気になってしまうとか、死につながってしまうことにならないような制度というのはできると思うんです。人間だから合う、合わないもあるし、対応が大変な親御さんに遭ったり、難しい地域の学校の先生になってしまうことがあったとしても、それでも最悪の選択をしないような状況にする仕組みは、知恵をしぼっていけばできるのではないかなと。
 また、公務災害のメンタルについてのデータを見ると、病名で言うとF3〔*9〕という、うつ病を含む気分障害が半数で、もう半分はうつ病ではなく、急性ストレス反応やPTSD、日本語だと心的外傷後ストレス障害などのストレス関連障害として心を病んでいます。長時間労働によるうつ病で自殺するというだけではない、非常に衝撃的なできごとや、驚愕するようなできごと、心が折れるような、心に傷を負うようなできごと、たとえば親御さんだけでなく、管理職の先生とか、自分の仲間だと思っていた人から言われた言葉で心が折れてしまうような病気になっているのです。女性の先生に限れば、うつ病は3割でストレス関連障害は7割です。精神障害で公務災害認定を受けている先生の半分は急性ストレス反応、PTSD、適応障害なので、長時間労働だけではないメンタルヘルス対策としてのハラスメントや、暴言暴力への対応にも取り組んでいかなければいけないのではないかと思います。

■時間管理だけすればよいのではない

高橋:時間の話も出ましたが、とくに精神障害の事案を見ていると、長時間労働だけで労災認定されているというのはだいたい半分くらい、逆にいうと半分しかいないと言ったほうがいいのではないかと思います。残りは、長時間労働となんらかのできごとがペアであって、時間管理は非常に重要なのですが、それだけ100%やってもある意味半分しか救えないということもあるんです。
 一方で、何時間以上働いたら健康障害が出ますよ、と80時間とか100時間という数字を出すというのは、国としてはすごく勇気のいることです。時間外労働が80時間以上にならなければ大丈夫ということではなく、また残業の上限時間として45時間という数字も示されていますが、これも健康障害が現れる確率が少ないというレベルで、ゼロではありません。45から80に至るまで、その勾配はどうなっているかははっきりとしていませんが、考え方としては45から増えていくにつれて、脳・心臓疾患の危険性が増えていくということなので、80を越えていないからいいということでは全くないのです。学校の先生が勤務時間管理をするようになってきたことは、一つの目安、予防的な指標として大事だと思います。

工藤:平成29年度の資料で時間外勤務の上限の目安を示すだけではなく、その公務上の負荷要因に注目して改善に取り組む必要があると書いておられるのは、非常にそのとおりだなと思いました。上限45時間となると、先生方としては45時間までしていいんだ、じゃあ45時間で終わってその後は他でやってね、ということになりがちなので、45時間がリミットではないというところが重要だと思います。

吉川:45時間ですから、月20日働くとしたら1日2時間くらいの残業ですよね。やらなければいけない残業というのもあるかと思いますが、やらなければいけない残業と、やらなくていい残業というのをきちんと仕分けて、無用に残業しないという、勤怠管理の基本を徹底することがまずは重要なのではないでしょうか。脳・心臓疾患の労災認定基準の改正では、労働時間以外の他の負荷要因、インターバルや身体的・心理的な負荷等の状況も十分に考慮しましょう、とされました。厚労省としても、残業時間が80時間を超えていないから労災を認めないというのでは全くなく、その定められた条件であれば迅速に認めようという考え方なので、必ずしも80というところにこだわらないことが重要ではないかと思いますね。

工藤:夫の事案は、時間外が80時間を超えておらずに労災が認められた6件の事案の中の1件ですが、逆に言うと、それほど大きかった負荷は何だったのかというところが過労死防止ですごく大事なのかなと思います。

高橋:基準の改正でも、労働時間以外の負荷の程度を、たとえば夜勤が月何回とか、勤務間インターバルの短い勤務が何回とか、できるだけ数字を入れたかったのですが、そこまでは証拠がなかったんです。交代勤務や夜勤は体に支障が出やすいということはわかっているのですが、では何回とか何時間とかについては、これからの研究を待ちながらできるだけ負荷の定量化、みなさんがわかりやすい回数、程度みたいなものが明らかになっていけばより望ましいと思っています。

■数値化できない負担

吉川:そのことに関連して、数値化できない負担というのはあって、公務災害でも精神的な負担や、その仕事に関する負担は個人差があるように感じます。典型的なのは労働時間で、おそらく家に帰って自宅でいろいろな仕事をしていたとしても、その作業が負担なのかどうか、また持ち帰り残業の実態を客観的に確認できるものがなければ、労働時間にカウントできにくいと思います。先生の場合、何をもって仕事で、何をもって自己研鑽なのかといった、どこまでが仕事なのかという境界の曖昧さもありますよね。
 もう一つは、同等の労働者と比べてその負荷が高かったのか低かったのかというのが一つの基準になるので、たとえば消防の現場で働いている人が、ものすごく凄惨な交通事故の現場に遭って、その後救命をした際にそのことが思い出されて病気になってしまった。でも、救急隊だったらそういうところに遭遇するのは普通で、一般の感覚からしたら負荷が大きいことかもしれないけれど、同僚の人から比べれば通常のことなので、それによって精神障害を発症したというのは言いにくいのではないか、みたいなこともあります。その人にとってはものすごく大変で教師の人生を考えなければいけないような負荷だったけれども、他の同僚の先生から見たら、もう閾値が高くなっているのでそれが負荷と感じられなくなっているというような。

妹尾:先ほどの世代間ギャップのお話とも通じると思いますが、ぼくはよく生存バイアスの話もしています。新任教諭には退職後の校長などが指導者役として付くこともあるのですが、10年前、20年前は長時間労働が平気だったという人が学校の管理職や指導者役になるケースも多くて。要するに、長時間労働を生き抜いてきた人たちが上に立つわけです。最近では、さすがに「私が若いころはこのくらいやっていた」などと言う人はごくごく限られているとは思いますが、なんでこんなことで悩むのかとか、これぐらいやってあたりまえでしょうみたいな感じの方も一部にはいるようです。
 一方で、若い先生に厳しいことを言うとすぐに泣いてしまったり、ちょっとしたことでパワハラなどと言われかねないので、もう少し授業の質をよくしてほしいなどと思っても厳しくは言いづらくなっているという職場もあると聞いています。管理職にもいろんな悩みがありますね。

■教師以外の職への転職のしにくさ

吉川:たとえば日本は終身雇用であったり、一つの職業を選んだらそれを続けることが美徳みたいな感じがなんとなくあると思うのですが、諸外国では、一般の仕事に就いてから学校で教鞭をとり、また一般に戻っていくというジョブのローテーション的なことや、学校の先生でも教壇に立たずにサポートの仕事ができるような、得意・不得意に合わせた仕事の仕方があるという話を聞きます。日本は、自分は実は学校の先生には向いていないと途中で思う方がいても、諸外国のように仕事の変更や修正ができにくいという環境なのでしょうか。それとも修正はできるけれども、制度的に仕事のフレキシビリティがなかなか難しいような環境があるのでしょうか。

妹尾:そうですね、ちゃんとした調査があるかどうかは別途見ないといけませんが、勤務している自治体をやめて、別の自治体で教員採用試験を受け直すという方は中にはいらっしゃいます。自分のふるさとに帰るとか、その職場が嫌になってというケースもありますが、学校事務職員さんに転職されるケースや、市役所とか県庁の職員、文科省の職員に転職するケースも、すごく多いわけではないですがあります。ただ、イギリスやアメリカなどに比べても、日本の小・中学校は教員以外のスタッフが極端に少ない〔*10〕ので、教育関係で就職できる事務職などが非常に少ないということはあります。学校の先生をやめて塾の先生になるというケースなどももちろんありますが、それ以外でも、この仕事を必ずしも続けなくても、いやだったら他のところでやり直せばいいなど、別の道を気楽に選べる場があったほうが思いつめず、最悪の選択はしにくいと思います。そういう点ではやはり、日本の教師は流動性が低いのかもしれませんね。

工藤:教師をやめたいという方の相談を聞くと、がんばってなりたい職業の教師になったから、それをやめて同等の職につけるかということへの不安がすごく多いです。また、若い先生は親に教育大学などに入れてもらって、教師になりなさいと言われたのでやめにくいという方もいらっしゃいます。なかなか教師をやめるのには勇気がいるようです。私も、教師を続けながら夫の公務災害に関することもしていたので、最終的に倒れてしまって、それで教師をやめるという選択をとった一人です。私は、夫が亡くなり私が死んでしまったら子どもたちを育てられないということでやめる選択ができたのですが、やめる選択をできない人がとても多いんだなということを肌感覚で感じています。それなら逆に、非正規で1年ごとに学校を替わっていくような働き方のほうが楽なのではないかという選択をしている方もおられます。

妹尾:そうですね、非常勤の講師になるケースもありますよね。そうすると時間給だけになってしまうので、生活給としてはとても低くなってしまうのですが、基本は授業をやるだけでいいということで、部活動とか校務分掌とか事務作業とかはずいぶんなくなって、ワーク・ライフ・バランスは非常勤講師のほうがとりやすいという話はよく聞きます。

■教師以外の職員も多忙

妹尾:関連して、先ほどの平成29年度の資料の中で、教師以外の教育に関する職業の方も油断はできず、精神疾患などのケースもあるということでしたが、これは教育委員会の職員のケースが多いのでしょうか。

吉川:報告書の12頁に、公務災害認定の職種別のクロス集計表というものを出していて、63件のうち51件が教員で12件が教員以外になっているのですが、この教員以外というのは教育委員会事務局の職員と、教育委員会が所管する高校や公立学校、あとは公立大学等です。国立大学法人ではない大学の先生も入っています。事例として見ると、教頭先生で教育委員会に所属している方とか、校長先生の途中で教育委員会に行く方もおられますよね。そういう方が長時間労働による脳卒中で倒れてしまったり、過重労働でうつ病になってしまったりなど、年配になってからのケースが多かったように思います。

妹尾:文科省や教育委員会など管理・監督する側もすごく忙しいので、校長も忙しい、教頭も忙しいと負の連鎖になっていることがあります。しかも教育委員会職員も忙しいということは、世間でもほとんど問題認識されていないので、教員ほどは注目されておらず社会問題化もしていません。

■ストレスチェックの活用の状況

工藤:今回の大綱の見直しで数値目標が6点出ましたが〔*11〕、私はこれについて、過労死防止の点から先生の働き方と比較しながら問題提起していきたいと思っています。今のストレスチェックやメンタルヘルス対策について、たとえばストレスチェックの集団的な分析をしてそれをどこまで学校現場で活かせているでしょうか。また、過労死防止の点から、学校の働き方を改善していく大きなポイントというのはどういうところで、この数値目標をどう考えていけばいいかというところを最後にお話しいただけますか。

吉川:ストレスチェックについてはいろいろ研究しているのですが、学校の先生に注目しての分析は十分ではありません。一般労働者の分析については、50人以上の事業所で2015年にストレスチェック制度が義務化され、50人未満の事業所は義務ではないですが、それでも2021年7月公表の労働安全衛生調査で報告された2019・2020年のデータでは、実施率が60%を超えています。ストレスチェックの結果を集団分析して活用しているところは7割を超えているので、一般労働者ではかなり当たり前の形になっていると思います。
 一方、一般労働者での課題として、分析したもののそれをどう使うかというところがまだハードルが高く、分析をした後、たとえば健康リスク値では仕事の量と裁量度、そして職場の支援という三つの視点で主に見ているのですが、それが高かったところは、どう改善していくかということをトップダウンで進めるのがひとつの方法です。たとえば○○という部署はいつも長時間労働で大変だという分析結果が出たら、では人員を増やそう、業務を外注化しよう、ということを企業で決めたり、また、新人が多い職場では支援が少ないという集団分析結果が出たので、管理職研修は新人が行くところは必ず悉皆研修にしようといった対策につなげる。もしくは、ストレスチェックの結果をもとにしながら職場のよい点を確認し、改善したい点を話し合い、改善計画を立てましょうという形で使う。このようなトップダウン型と管理職研修型、そして従業員参加型という三つのアプローチで広がっていると思います。
 学校の先生に広げるという点で、今はいろいろ試行錯誤が続いているのかなと思います。
 ストレスチェックの結果を通知表のように使われるのが嫌な校長先生もいると思います。たとえば○○学校はいつも支援が少ないとか、コントロール感がないという結果が出たりして、それは校長のせいだと言われて将来キャリアがつぶされてしまう、などと考えてしまう校長先生もいるかもしれません。ストレスチェックはただ法律で規定されているからやるのではなく、その結果をもとに都道府県として適正な人員配置をしたり、人が足りないところは手当てしたり、大変な学校もうまくローテーションができるような人事に使いましょう、というように全体計画の中で戦略的に活用できるよう位置づけてもらえるといいのではないかと思います。
 ストレスチェックをすると、それで健康になるのではないかと勘違いされる方がいますが、アンケートに回答しただけでは全然健康にならないですからね。アンケートで気づいて相談したり、その結果をもとにどうするかと動いたりしてはじめて健康になっていくので、調査だけするならしないほうがましだと思います。ストレスチェックの集団分析はこういう方針で活用していきましょう、とうまく使えている県もあるのではないでしょうか。

妹尾:個々の先生に聞いたところ、ストレスチェックの結果は個人に返されて、ふーんといって終わり、あなたは気をつけなさいと書いてあっても、言われなくてもわかってる、みたいな感じだそうです。集団分析で、組織的な問題にまで踏み込めているところは、僕が知っている限りでは少ないです。

高橋:「ものさし」は使いようですよね。

吉川:そうですね。学校はどうしても、点数や評価というものにすごく敏感ですよね。この学校は全国平均より何点上とか下というのを目標に掲げたりして、ストレスチェックの結果で全国平均より高いとか低いということに管理職の先生がものすごく敏感に反応したりすると、やっぱり集団分析はできればやってほしくないとか、それよりももうちょっと子どものことを優先したい、となってしまうかもしれません。
 しかし、そういう客観的なデータがあることで、改善を後押しできる可能性はあります。たとえば教育委員会で活用するために、まずはプライバシーを守りながら、結果がよい学校にヒアリングするために使います、などとできるとよいと思います。非常に支援が高くて先生方の負担感が少なくて裁量度もあって、先生がいきいきしている学校はこういう点数になっていて、話を聞くとこういうことをやっている、なのでそれを活用していきましょう、みたいに、いい学校を見つけて広げる戦略として始めると、ハードルは下がるかもしれません。悪いところを見つけるためではなく。

妹尾:今、愛媛大学教育学部の露口健司教授のところで愛媛県教育委員会と一緒にやっているのは、先ほど高橋先生からもあったワーク・エンゲイジメントの把握と抑うつ傾向とウェルビーイングの定点観測です。抑うつ傾向が高くてエンゲイジメントが低い学校は何か原因があるのではないか、というようにデータを見て気づくということはできつつあるようで、他自治体より進んでいます。

高橋:自治体の対策を待つという手もありますが、往々にして時間はかかりますし、そういうものを片目で見ながら、自分たちの職場を少しずつでもどうよくできるか、という態度をもつことが必要かもしれませんね。コンサルタントをつけても的外れなこともありますし、自分たちでどうしていくかという目標の立て方が大事になってくるのではないでしょうか。

〔注〕以下の「本書」は『先生を、死なせない。』(教育開発研究所)を指します。ぜひ、あわせてお読みください。

*1 「第6回学習指導基本調査 DATA BOOK(小学校・中学校版)」(2016年、ベネッセ教育総合研究所)の調査では、2016年の教職員の睡眠時間の平均は小学校5時間47分、中学校5時間48分、高校5時間55分という結果でした。経年比較で睡眠時間は減少傾向にあります。

*2 ワシントン州立大学のハンス・ヴァン・ドンゲン教授の報告です。参考:佐々木司「『働き方改革』には睡眠リテラシーの向上が欠かせない」情報産業労働組合連合会ウェブページ http://ictj-report.joho.or.jp/1810/topics01.html

*3 過労死等防止対策推進シンポジウム(2019年11月6日)での高橋先生の講演資料で紹介されていた、米国労働者を対象にした調査です。(Chen et al,Popul Health Manage2018)

*4 脳・心臓疾患の労災認定基準が約20年ぶりに改正され、2021年9月15日から施行されています。

*5 「令和3年就労条件総合調査」(2021年11月厚生労働省)。2021年1月1日現在の状況を調査したものです。

*6 「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更が2021年7月30日に閣議決定されました。

*7 ヘモグロビンA1cとは、過去の2ヵ月程度の血液中の糖分の状態を評価する指標です。10以上は直ちに治療が必要な状態です。通常6・5未満(高齢者は7未満)を目標に治療計画が立てられます。自動車運転手等では8以上は就業制限が検討されることがあります。

*8 総務省委託調査研究「平成29年度地方公務員の過労死等に係る労働・社会分野に関する調査研究事業(教職員等に関する分析)」(2018年3月、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 過労死等調査研究センター)

*9 初等中等教育段階の専門スタッフの割合は、日本17.5%(2019年度)、アメリカ45.7%(2019年)、イギリス49.9%(2018年)となっています(教育再生実行会議ワーキング・グループ配布資料 参考資料4 初等中等教育ワーキング・グループ関連参考資料、令和2年9月8日)。

*10 ICD-10(国際疾病分類)による精神障害の分類名。F3気分[感情]障害、F4神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害に分類されています。

*11 「過労死等の防止のための対策に関する大綱」。本書234頁図表5-2を参照。

『先生を、死なせない。――教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』は、教育開発研究所オンラインショップでご購入いただけます。↓




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