〔戯曲を稽古して通してみようの会〕全員稽古場日記/通し編(part 1)

「背信」稽古場日記を全員で書いてみようという企画。
今回は最終日の通しの全員稽古場日記です。

まずはpart 1。

※掲載は原稿到着順です。

【小口隼也】

約一ヶ月、稽古をした「背信」が終わった。
終わった今、自分が想像した何倍も有意義な時間になったなと思う。
公演は無かったけれどしっかり寂しい。
けれど、公演をやらないからこそ試せた事も沢山あった。

尊敬する演出家の「演劇は役者とやるものではなく、人とやるものだ」という言葉を再認識した。

あと、早寝早起きは度が過ぎると支障が出る事もわかったので考えなおしたい。

戯曲を稽古して通してみようの会

終わり


【灘波愛】

「戯曲を稽古して通してみようの会」無事全日程終了いたしました。

単刀直入に言うと、とても楽しかった!!

安心安全な環境で自由にのびのびとお芝居と向き合える時間がとても幸せでした。もっと稽古していたかったな。

場ごとに分かれて稽古をしていたので、最終日に通しを観た時は、一観客としてワクワクしました。どのシーンも素敵だった…

いつか通してやってみたいなぁぁぁ

参加された皆様とこの場を設けて下さった上野さんに感謝です。またどこかでお会いしましょう☻


【上野友之】

演出の上野です。
改めて企画に参加してくれた皆様に感謝です。

最終日は15時に後半チームが集合して、通しに向けたアクティングエリアの確認など。俳優陣は既に独特の緊張感でおとなしい。

15時半に全員集合してスタンバイ。
16時に通しスタート。太田くんが記録撮影をしてくれる。
まずは前半。
戯曲の指定通りに4幕終わりで休憩。
そして後半。
無事に最後まで通して終了。
さすがというか、どのシーンも稽古していた時よりずっと良くなっていた。
「背信」という戯曲の面白さが立ち上がっていて、いつか上演したいなとも思いました。

佛くんが「通しに向けてギアが上がる感じ」と言っていたけど、
全場面を通してやる「儀式」への集中力、
他の場面の共演者に見られているという緊張感、
などなど、通しも疑似本番ということを再確認した。

一人ずつ、自分がやった感想と、他の場面を観て良かったこと印象に残った点を話して貰う。
俺も稽古期間を含めて考えたことなどを話す。

最後に、二日前の誕生日をお祝いして頂きました、、、ありがとうございます、、、自分の誕生日に合わせて日程を決めたと思われているのでは、と恥ずかしかったけど、嬉しかったです。
41歳の抱負を「目標は健康です」と言おうとして先に「健康は……」と言ってしまうくらいには照れながら終了。

そして各自で買い出ししてピザなど差し入れして貰い乾杯して小打ち上げ。
この光景も久しぶりだったなあ。
通し前はおとなしかった皆さんも打ち上げは楽しそうで良かった。
改めてお疲れ様でした。

恐らく生まれて初めて、上演のクオリティへの責任が無い環境で稽古をして、様々な発見をした。
主に俳優の状態、どういう準備をしているのか、演技が格段に良くなった時は何をしてきたのか、「台詞を自分のものにする」とはどういうことか、などなどに注目したりヒアリングしたりした。

結果、稽古場ではいつもと同じようなことを話していたのだが、改めて考えたことは、
これが有料上演だった場合に俳優に言い足すことは何か、
演技をすることの本質的な恐れ、
だった。

まず前者について。
本番に向け緊張し、(作品に対してでなく自分の演技に対して)不安そうな顔を見せる俳優には、手を変え品を変え、本人を「のせる」言葉をかける。

今回はあまりそういう言葉は伝えないようにしたので、
逆に自分は普段、結構これに頼っているんだなと気づいた。

その言葉や方法は何通りもあるけど、そのメッセージの要は、

私=Iがあなた=YOUを信頼している、期待している、出来ると思っている、一緒にやれて嬉しいと思っている、など、とにかく自分という個人から相手という個人へのコミュケーションであること。わざと他人を通して伝える場合であっても。

この「私=I」は、プロデューサー、共演者、スタッフ、どのセクションの人からでも成立するのだけれど、演出家の言葉は良くも悪くも大きな意味を持つ。主宰・脚本まで兼ねている場合は特に。

ちょっと話はずれるが、小劇場では関係が濃密になることも多くそれ自体は悪いことではないけれど、「俺はお前に全て賭けてるんだ」的な想いを持ってしまうと、良かれと思ってハラスメントの温床にもなるな、と自戒も込めて思った。

後者については、今回は皆さんが「楽しかった」と言ってくれたし、自分の実感としてもそれを信じたい。

でも、シーン稽古を止めた後に俺が何か言うまでの瞬間、または本人に感触を聴く時に、俳優の表情が不安そうな時も結構あった。
どんな場合でも、演出家や共演者の前で演技をすることは、怖いことでもあるのだと感じた。
演技に一番必要なものは勇気、とはよく言われる言葉だが真実なんだなと。

上記をふまえ、普段の自分は基本的には褒め出しを素直に受け取ってくれる人が好きなこと、
自分自身の言葉は嘘偽り無く発したいので、キャスティングをする際には心から信頼できる方にお願いすること、
また勇気があって、俺と対等かそれ以上のスタンスを持てる人に頼っていることにも気づいた。

一方で、演出家は演技に求めるハードルは低いところで妥協せず、高いところに設定することが仕事とも再認識した。
それは厳しい空気を発せずとも出来る。

俳優が演技に過度の恐怖を感じる場合は、過去に理不尽に厳しい現場に晒された結果である可能性があり、自分もこれまでの別現場で俳優を必要以上に追い込んでしまった可能性には猛省するしか無く、恐れず自由にトライできる環境の大切さも痛感した。

今回の稽古、その都度のフィードバック、通し、話し合い、そしてこの稽古場日記を含め、俳優も演出家も、できるだけ言語化してみることが、良いクリエイションの一助になるのではないか、とも考えました。

再度、参加してくれた皆様、ありがとうございました!


【都倉有加】

発表会当日は6時頃に目が覚めてしまい、洗濯したり買い物したり優雅にスタバなぞに行ったりした。

「背信」はとても難しくてでも読むほどおもしろくて、いつか全編やりたいと本気で思った。言えば叶いやすくなるとどこかで聞いた気がするので言っておきます。「背信」全編やる。

私は5.6場のエマを演じたのだけど、別の場の稽古を見学させていただいた。どの場も本当に面白くて、見れば見るほど「この言葉がここに繋がるのか。でも言葉によってはその言葉を発する状態が違うから全然違う意味になるんだ」とか。もう楽しくて楽しくて仕方なかった。
そして発表会当日。さすがのみなさまで、稽古の時にも素敵だったのにさらに何段階も面白くて密度が濃くてなにがあったこの1日に。学ぶことが本当に多くて刺激的な1日だった。

稽古中に思ったこと。
目的と状態。関係性。シーンのゴールを目指さない。取捨選択した結果そのゴールがある。相手のセリフがそれでなければ違う未来があったのではということ。一言で相手を変える意識をもつ。相手相手相手。手放す。

稽古中に上野さんに「なにをしたらシーン良くなると思いますか。次のテイクではなにを目標にしますか」と聞かれ、いろんなことをみんなで話した。思考し言語化することで挑戦することが明確になってすごくよかった。あと「いい演劇つくってこっ!」
5.6.7場を一緒に稽古したキノさん、ほとけ、ゆかちゃん、みなさんまじでオープンマインドで一緒にお芝居できて本当に楽しくて、こういった場をつくってくれて参加させてもらえて本当に感謝とまりません。なにより「安心して挑戦失敗できる稽古場」というものがどんなに大切であるかを実感しました。

稽古も発表会当日も、課題と新しくできるようになったことと、挑戦したいことと、たくさんのものに溢れた。これからの演劇活動でやりたいこといっぱいになった。演劇がまた好きになった。ひとに出会うってさいこうだ。いつかまたここで出会えた方達と一緒にお芝居できることを心から願っています。
そしていつかやるぞ「背信」。


【小川結子】

2月13日(月)全稽古と発表を終えて
3場エマ役小川結子

 「愛は自立とリスペクトで成立する」とすると切なすぎるよと感傷的になっている。ほぼ涙目でこんなことを真面目に考えているなんてすれ違う人たちに知られたくない。けどさ、私はめっちゃくちゃ人に寄りかかりたいし、以下省略。やっぱり愛と欲って相性悪いじゃないか。
…今日映画をみたのだ。この映画は稽古期間中に見たかったのだけど以前は満席で見られなかった。映画を見てもまだ『背信』に引き寄せて考えてしまう。1場のエマ&ジェリーはどんなに物理的距離が近くてもそれぞれ1人と1人の個に見えるのではないか。2人の間に境界線がみえるような。そういえば昨日の発表の時もそう見えていたような。それ以降のシーンは2人で1つの空間という感じが強まり、境界線が甘くなっていくような。とかとか…。そして私が演じた3場のエマは自立し始まっていると思うので、たまたまだけれど、ジェリーと同じ空間に居ながらも見えない境界線を肌で意識しながら演じたのは良かったかもしれない。

 今回、声のアプローチも意識した。空間と時間をおし広げるような発声や、身体のどの部分から声を出すか、相手のどこに声を当てるか、自分の内側に飲み込むか自分の外枠に纏うかなどだ。上手くいかないといつも語尾で調整した。準備していたのに入りきらなかった部分を全部語尾に込めるのだ。なんだかDJになったみたい。こんなに声を考えて芝居を作ったのは初めてだ。

 さて今回の稽古会の最終日である本番前、稽古は足りていると思っていた。シーン初めのエマは何をしようとしているのか軸を決めてからはブレが少なくなったから。そうすると緩急も作りやすくなった。そして、読み合わせの時に目標にしていた不在の人=夫ロバートを意識することもそのまま強めることにした。(別のシーン稽古を拝見してそうしようと決めることができた。)

ところが本番。緊張した!

開始からとてもいい流れでシーンが続いていて重かった。バトンってこういうことだ。私は開口一番から出したい音は出ず、あれ?。その後も狙ったことがいつも通りにできなかった。
緊張していてよかったことは集中が増したこと。そして言葉を交わしている相手がよく見えたことだ。今日はこのテンポなのだとかこういう気持ちなのだと割り切ることができたと思う。稽古より発信が減って受信が増えたような感覚もある。結局頼れるのは、役が持つ目的と相手役で、自分の言いたいようになんて進んでいかないんだなあ。(できる人もいると思う!!!)振り返ると、役の中に生まれる「気持ちのやり取り」と「表現する技術」を天秤にかけた時、技術を高めるようにやってみたいと思って今回は挑んでいた。本番でそれが反転したのが面白かった。
自分の反省としては小道具の扱い方がーーーーーっていうのと、エマの狡さや恋人のムードを出そうと思って本番だけ座る位置を変えてみたら、椅子と椅子のつなぎ目に座って落ちそになったこと。ダサっ。緊張も含めて本番フィルターがかかってしまうので、それとどう付き合っていくか今後探っていきたい。

 稽古初日からかなり自由にアイデアを持ち込ませてもらったし、現場で話し合いながらチャレンジできた。演出家からその都度オーダーやどう見えているかの提示していただき、次のテイクで瞬時に芝居を変えられるか訓練になってありがたかった。俳優の皆さまに準備の仕方や普段の芝居の作り方などもお聞きできて楽しかった。

おもしろいもの、素敵な人たちに出会えました。本当にありがとうございました!また!

おしまい


【佛淵和哉】

劇団競泳水着#戯曲を稽古して通してみようの会が終わった。WSだとも言えるし、WSだと断定する事も出来ない、その名の通り戯曲を稽古して通してみるという贅沢で豊かな会だった。シーン毎にチームを分けて稽古していたからか、通し当日は顔合わせぶりの大人数に圧倒されつつ胸が高鳴っていた気がする。今から各々が磨き上げ来た、エマ/ロバート/ジェリー/給仕がこの場所で披露される。同じシーンで共演した齊藤さんはこの通しを発表会と呼んでいて、僕もそれがしっくり来た。上演と言うか発表会。クラスの中だけで行われるお遊戯会の様な温かさでいて、お客様は演出家の上野さんを除き全員役者というやりにくさ。緊張しないはずが無い。久々に会う皆様の顔が心なしか険しく見える。どうにか心を落ち着かせて、発表会が始まった。
1場のお2人が舞台袖に立ち、歩き出したその瞬間からゆっくりと芝居が板に染まっていく。ファーストシーンの仕上がり具合から、この戯曲の面白さが伝染する様に次の場から次の場へと調子良く進んでいく。4場まで通した所で、一度休憩が入る。魅入っていた。あっという間に感じた。前半時点で、芝居を受け取り繋ぐ事の大切さがよくわかった気がした。後は僕達が流れを途切らせずに繋げる事が出来るか。不安と感銘を受けている間に後半戦の5場から9場が始まる。ここから僕たちの稽古して来た『背信』が人の目に触れる事になる。
まず5場は都倉さん演じるエマときのさん演じるロバートがホテルの一室で会話をする所から始まる。僕は5場〜7場までのチームとして共に稽古していたので稽古場では何回もお2人のやりとりを見ていたが、今までの中で一番【沈黙】がお上手だった気がする。故に、この先どうなってしまうのかという緊張感が物語をわかっていても目が離せない。そのまま僕の登場する6場へと続く。役としての目的とは別に、僕自身の目的として身体と心の状態を整え、そこにただ居る事を念頭に置いて挑んだ。6場が終わり、引き続き7場でまた登場する。この時も目的は同じ。芝居が終わると、退場。結局、反省点の方が多かった気がするけど、僕は今までで1番楽しかった。何故なら今までの稽古よりも新鮮だったから。新鮮という意味がより理解出来た気がしたから。そう俯瞰して考えられたのは、これが挑戦を臆する事なく出来た発表会という場であったからだろう。早々と観客席に戻って、この物語のラストを見届けた。最後はやはり希望の様な儚さで、これから先に訪れる崩壊を暗示している面白い舞台だった。
次に演じる時、きっとまた芝居を創る事の楽しさに深みが増していると思う。再度、この機会を与えてくれた上野さんに心から感謝申し上げます。
関わってくれた皆様、有難う御座いました!


【松下仁】

お客さんの前で演じるわけではないけど「期日」があるとそれが「本番」となるもので、やはり緊張からは逃れられない。

役者をやるのは大変なことだなと思う。身を捩るような苦行を経つつ、頭を捻ってウンウン唸って想像して理解を深めて、たくさんの人とコミュニケイトして、自分の欲を通したり、相手の欲を受け止めたりして、ノンストップの一発勝負の世界に身を投じて、決まり事を守りながら自由になって身も心もさらけ出して輝かなくてはいけないのだから。
人間力がムンムンじゃないとその重力に潰されてしまう。
だからこそ、やはり日常での生き方が大切なんだと感じる。たくさんの人と関わって話をして、自分を律し、より良い人間であろうとする姿勢が役者としての自分を育むのだと思う。
小さなことをコツコツと。
ですね。


【市原文太郎】

「背信」稽古場日記②

先日(2/12)、稽古を重ねてきた各シーンを繋げてまるッと最後まで通してきました。

各シーンに分かれて稽古していたので、他シーンの稽古を観に行ったりしたいと思っていたけれども結局行けず、前日(2/11)の稽古で前半通しで初めて、半分だけ他チームのお芝居を拝見。自分のシーンに活かせるものがないかチェックしようと思っていたのに、普通に楽しく観てしまいました。
半分だけでもそんな感じだったので、全編通すとなると!結果、思った通り、いや、想像以上におもしろくて。しかも幸いなことに自分の出番は2場。出番がおわって、緊張からも解き放たれた状態で観れるなんて!

今回も素敵な俳優陣が集まっていたなぁ。さすがキャスティングの魔術師。

共演者も最高で、稽古は毎回楽しくて、まだまだ稽古したかったな。やればやるほど理解も深まるし、新たな発見があって、いつまでも稽古できそうでした。

さて、あれから2日経った今日。昨日はなんだかぐったり疲れ(それはそう、公演本番終わりと同じようなヤツ)ていて、さっさと寝てしまったので、今日は家中そうじして、洗濯して、こないだぶっ壊れたPCの買い替えをポチって。あっという間に日常が帰ってきてしまった。

機会があればまた他の戯曲もやってみたいな。上野さんよろしくお願いします。


part2へ続きます。


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