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ラッコの話①【生態】ダウンジャケット×大食い 寒い地域を生き抜く秘密

 水族館の人気者、ラッコ。今、水族館でラッコを見たいと思ったら、どこに行けばいいかわかりますか?大きめの水族館に行けば、どこでも会うことができたのでは・・・と、私たちがラッコを身近に感じられていたのは、実は少し前のお話です。

ラッコの基本的な生態について知るべく、水族館に取材に出かけることにしました。

◆神戸市立須磨海浜水族園へ

 取材をお願いしたのは、兵庫県神戸市にある神戸市立須磨海浜水族園(以下スマスイ)です。現在、スマスイでラッコは展示されていません。昨年5月、飼育していた最後の個体で当時国内最高齢の23歳だった明日花ちゃんが死にました。(現在ラッコを飼育・展示しているのは、国内では2施設(三重県鳥羽市・鳥羽水族館、福岡県福岡市・マリンワールド海の中道)の3頭だけです)

 現在営業中の本館では、スマスイで過去に飼育されていたラッコとその歴史を紹介するパネル展示が始まっています。(閉園の2023年5月末まで)

【ここからは、スマスイでラッコを担当されていた飼育員の村本ももよさんと私の会話形式でお送りします】

◆実は結構大きい

 ラッコの生態について教えてください。

 「ラッコは寒い地域に生息するイタチ科の動物です。北太平洋の沿岸部、国で言うとアメリカ、ロシア、日本に野生個体がいます。生息する地域などによって3つの亜種に分類されますが、これまで日本の水族館で飼育されてきたのは、ほとんどがアラスカラッコです。イタチ科の中では最も大きく、体長は1・2~1・3メートル、体重は20~30キロくらいあります。野生の大きなオスだと、それ以上のサイズの個体もいます」

 数字を聞くと、水族館でガラス越しに見ていたサイズ感よりも大きく感じます。

 「そうですね。カワウソくらいの大きさをイメージされる方が多いかもしれませんが、実際には中型犬~大型犬くらいの大きさがあります」

コツメカワウソの平均的な大きさと比較しています(イラスト・伊藤和佳奈)

◆毛深さ「世界一」

 寒い地域に暮らすほ乳類の仲間には、アザラシやセイウチなどの海獣類がいますよね。

 「はい。みんな体温維持のために厚い皮下脂肪を蓄えていますね」

 ラッコはそんなに脂肪が厚いようには見えません。それなのに、あんなに寒い地域で生活できるのはなぜですか。

 「ラッコの最大の特徴とも言える毛皮に秘密があります。ラッコは体毛の密度がとても高く、1頭の体に毛が8~10億本生えています。世界一毛が多い動物と言われることもあります」

 多い・・・?何と比較したらいいでしょうか?

 「人間の髪の毛は約10万本なので、その1万倍生えていることになりますね」

 すごい密度ですね!でも、どんなに分厚い毛皮でも、冷たい水の中ではびしょびしょになってしまうのでは・・・

 「1本1本の毛の構造はこのようになっています」

 「密度の高い毛の間に空気が入っていて、それが断熱材となって皮膚を寒さから守っています。大きなダウンジャケットを着ているようなイメージです。海に入っても皮膚は濡れていません。いつも自分で全身のグルーミング(毛づくろい)をしているのは、体温維持につながるからなんです。毛皮を清潔に保つことで、空気を逃がさないようにしています」

 頭や顔をごしごしとかくかわいらしい仕草には理由があったんですね。

 「そうなんです。ラッコはエサを食べるときに自分のお腹をテーブルのようにして使いますが、毛皮をきれいに保つために、水面で頻繁に回転してエサのかすを海に落とします」

◆とにかく食べる、もりもり食べる

 寒さから身を守る方法は、他に何かありますか。

 「とにかく沢山食べて体温を上げます」

 大食いなんですか?あまりイメージがありません。

 「野生のラッコが1日に食べる量は、1日で自分の体重の20~25パーセントに相当します。これは人間に置き換えると、1日でおにぎりを100個食べるのと同じくらいの量になります」

 こ、これはもしや・・・

 「はい。実際に1頭が1日に食べていた貝やタラ、イカの量(レプリカ)です。この量を毎日食べます」

 人間でも1日でこんなには食べられませんね。これが毎日体温を上げるエネルギーに変わっていくなんて・・・

 「食べたものはすぐに消化してしまいます。蓄えておくことができず、毎日大量に食べ続けなければ生きていけないので、とても燃費の悪い生き物だとも言えます」

 先ほど紹介して頂いた貝やイカ、タラ以外にどんなものを食べますか。野生と飼育個体の違いも併せて教えてください。

 「野生のラッコは、沿岸に生息するウニ、二枚貝、甲殻類などを潜って採ってきて食べます。魚を捕まえて食べることもあります。スマスイでは、アジ、サケ、シシャモ、ウチムラサキガイなどです。体重比12~20パーセント分の量を1日3~4回に分けて与えていました」

ラッコたちの食費について伝える飼育員さんお手製の「ラッコかるた」。
現在は展示を終了しています

 おなかに乗せた石に貝を打ち付けて割る姿が、ラッコのイメージとしては強いですね。

 「石を使う頻度は、ラッコが住んでいる地域によって違います。二枚貝が沢山とれる地域ならば石をよく使いますし、貝以外を捕ることが多い地域では石を使うことは少なくなります。石を使わず、前あしを使い器用によじって二枚貝を開ける個体もいます」

 「また、エサの食べ方は母親ラッコから習って覚えます。ですから、個体ごとにエサの食べ方は違うんです。スマスイではプールサイドの固い部分に打ち付けたり、貝同士をぶつけたりして食べている個体がいました」

 あまり想像がつかないのですが、魚を捕ることもあるんですね。

 「海底の岩礁や海藻の間などにすむ泳ぎの遅い魚を食べるのだそうです」

◆いっぱい食べて!飼育員さんとラッコたちの攻防

 エサの種類がたくさんあるのはなぜですか?やはり人間のようにバランスよく食べることで健康を維持しているのでしょうか。

 「個体や体調によって、好き嫌いが出ることがあるからです。これは食べたくない、と意思表示されても、他の物で補って沢山食べてもらえなければ、ラッコは体温を維持できなくなってしまいます」

 「アザラシやセイウチは脂肪を蓄えることができるので1~2日食べなくても平気です。一方、ラッコが1日物を食べないとなると体に大きな影響が出ます。食べられるエサがない、という状況が起きないよう、いろんなものを準備しています」

飼育員の村本さんが作られたラッコかるた「くいしんぼう万歳!」

 沢山食べてもらう工夫が、命を守ることにつながるんですね。

 「はい。基本的には、好き嫌いがなくなるように努めていました。でも同じ個体でもずっと同じ物が好きかというとそうではなく、昨日はサケを食べてくれていたのに今日は食べない、なんてこともあります」

 「一日のうちに好みが変わってしまうこともあるので、いろんな物を準備します。また、エサのはじめは苦手な物中心、後から好きな物を与えるなど、食べてもらう順番も工夫していました。飼育員の腕の見せ所です」

 これだけはみんな喜んで食べてくれる、というエサはありましたか?

 「イカはみんな割といつでも食べてくれました。あと、お正月にだけ与えていたイセエビも大人気でした。カニよりもイセエビでしたね」

 グルメですね・・・ラッコは物をしまっておける「ポケット」を持っていると図鑑で目にしたのですが、本当ですか?

 「はい。ただ、カンガルーなどの有袋類が持つような袋ではなく、脇のあたりの皮膚がたるんでいてのびるので、そこに物をしまっているという状態です。海底でエサを採り、脇にしまっておいて海面まで上がってきます」

 海女さんみたいですね。ラッコはずっと海の上にいるイメージがありますが、水分はどうやって摂取しているんですか?

 「エサや氷を食べることで摂取します。野生だと海水を飲むこともあるそうです。ラッコは一日のほとんどを海の上で暮らしていますが、海が荒れたときなどは、陸に上がることもあります」

2021年まで営業していたラッコ館。
お食事ライブはスマスイでも人気のイベントで、沢山のお客さんが訪れた

 ふさふさの毛皮、脇のポケット、食いしん坊・・・かわいらしいと思っていた個性ひとつひとつが、寒い地域を生き抜くための秘密でした。ラッコのこと、もっと知りたくなってきました。

 次回は、スマスイで飼育されていたラッコたちの思い出を、村本さんと一緒に振り返ります。


廣瀬聡子