見出し画像

25.fieldアイ研、初心者練習会の裏テーマ 「ビートの体感」

 2020年5月、Irish PUB fieldは休業を余儀なくされていましたが、そんな折り、2000年のパブ創業以来の様々な資料に触れる機会がありました。そこで、2001~11年ごろにfield オーナー洲崎一彦が、ライターのおおしまゆたか氏と共に編集発行していた月刊メールマガジン、「クラン・コラCran Coille:アイルランド音楽の森」に寄稿していた記事を発掘しました。

 そして、このほぼ10年分に渡る記事より私が特に面白いと思ったものを選抜し、紹介して行くシリーズをこのnote上で始めることにしました。特に若い世代の皆様には意外な事実が満載でお楽しみいただけることと思います。

 noteから得られる皆様のサポート(投げ銭)は、field存続のために役立てたいと思っています。

 アイルランド音楽をこれから始める初心者に向けて行われていたfield アイ研の初心者練習会(現在は休止中)、そこで行われたある試みをご紹介します──。(Irish PUB field 店長 佐藤)

↓前回の記事は、こちら↓

fieldアイ研、初心者練習会の裏テーマ  (2005年11月)

 前々回のアイリッシュ・ダンス・チューンのビートの話の箇所で、私は音符を言葉で説明しようとして、皆さんに少なからず混乱と誤解を生んでしまったようだった。あらためて、音楽を言葉で語ることの困難さを痛感する次第なのだ。  

 が、前回のリールとジグの話に関する補足資料としてぴったりな音源を見つけたので、ここに紹介しておく。それはフェアポート・コンヴェンションのアルバム《LIEGE & LIFE》の6トラック目に収録されているアイリッシュ・チューンの演奏だ。  

 1曲目のジグ〈The Lark in the Morning〉は明らかなシャッフル。2曲目のリール〈Rakish Paddy〉は典型的な8ビートで演奏されている。ドラムスが入る以上、このようにしかやりようが無いという気もしないではないが、果 たしてこのシャッフルがジグなのか? この8ビートがリールなのか? という議論は賛否両論に分かれる所だと思う。  

 そしてまた、今回もそっち寄りの話になってしまうが、どうか、お許しあれ。  

 さて、この夏より、fieldアイルランド音楽研究会では、初心者の皆さんを対象に毎週「練習会」なるものを行っている。曜日と時間を決めているので、希望する人全員が参加できないもどかしさはあるが、こういう窓口を開いておくだけでもいいかと思って始めたにしてはけっこう続いている。私と、ホイッスルのUがインストラクター役を務めてはいるが、カリキュラムが決まっているわけではないので、参加者の顔ぶれを見て内容をコロコロ変えている。時には、ただ、皆で一緒に遊んでいる場合も無きにしもあらず。

 そんな、ある日、「8ビートと16ビートを聴き分けてみよう~! ドン! ドン!ドン!」ということになった。アイリッシュとはあまり関係ないのだが、それほど色々な音楽を聴き込んで来た様子でもないこの日の若い参加者たちが、どんな反応をするかが興味深かった。  

 その昔、私が音楽をやり始めた頃の難関はまず「8ビート」だった。これにはそれなりの時代背景があったようだ。つまり、50年代に大ブームだったジャズがだんだん下火になってジャズマン達の多くが歌謡曲のレコーディング現場に流れて行ったらしいのだが、60年台後半になって「ロック」なるものが歌謡曲の世界に浸透して来た。そして、この「ロック」特有のノリを古いジャズマン達はどうしても理解できなかったというのだ。この「ロック」特有のノリというのが「8ビート」というものなのだ。  

 これは、当時、ロックギタリストの成毛シゲル氏が提唱していた説だ。その頃、グレコ製のエレキギターを買うと、「成毛シゲルのロックギターレッスン」というカセットテープがもれなく付いて来た、あの成毛シゲル氏である。  

 私はその頃はまだ中学生か高校に上がったばかりで、高価なグレコ製のギターが買えなかったから、ギャバンというメーカーのギブソンのロゴをもじったバッタなエレキギターを手に入れて、何かの雑誌で特集していた「成毛シゲルのロックギター講座」を広げ、NHKのTV『ヤングミュージックショウ』で放送された「クリーム解散コンサート」を録音したテープを傍らに、必死でこの「8ビート」なるものを練習したのだった。  

 成毛シゲル氏曰く  

 「8ビートを感じているギタリストのピックを持つ右手は、メロディーやフレーズに関係無く常に8分音符で一定に上下に動いている」  

 というのだが、今のように、DVDはおろかビデオも無い。おまけに、そんなロック系のミュージシャンがTVで放映される事など滅多にない時代だから確かめようがない。もう放映されてしまった『ヤングミュージックショウ』の「エリック・クラプトン」は暗闇のテープの中に音として残っているだけだ。それでも、クラプトンの右手はきっとこういう風に動いているのだろうと必死で想像した。    

 そんなこんなで月日が流れ、私が高校を出る頃になると、今度は「16ビー ト」なるものが出現し始めた。ようやく「8ビート」の感じが少し分かって来たというのに・・・「8ビート」はもう古い!なんて文字が音楽雑誌に踊っている。ちきしょー! 今度は何やねん!!?  

 私の前に初めて現れた「16ビート」は〔デオダート〕というラテン系ミュージシャンの音楽だったが、今度は成毛シゲルのように懇切丁寧に説明してくれるものは何もない。時折、音楽雑誌で「16ビート」なる語が見て取れるものは、元はっぴいえんどの細野晴臣氏が語る〔シュープリームス〕であったり、後藤次利氏が語る「チョッパーベース奏法」であったりと非常に断片的な情報でしか無かった。  

↑デオダートのアルバム「Deodato 2」より、Skyscrapers

 サタデイナイト・フィーバーのディスコ・ブームも私の頭を混乱させた。映画の主演俳優、ジョン・トラポルタが何かのインタビューで 「16ビートでなければ、ディスコ・ステップは踊れないぜ!」 などと発言している!  

 じゃあ、このサタデイナイト・フィーバーのサントラ盤の〔ビージーズ〕も16ビートなのか?! 「小さな恋のメロディ」の〔ビージーズ〕が16ビートなのか!? まったく!とりとめがない。  

 友人達ともよく論争になった。  

「チキチキタカタカ、チキチキタカタカ、が16ビートやろ?」  

「ほな、〔ディープ・パープル〕の〈スモークオンザウオーター〉は16ビートか?」  

「〔ディープ・パープル〕は8ビートやんか!」  

「ズンズンチャッチャ、ズンズンチャッチャ、が8ビートや!」

「それやったら、〔アースウインドアンドファイア〕は8ビートということか?」 

「いや、〔アース〕は16ビートやと雑誌に書いてあったぞ」  

 夜を徹した友人達との語らいも、はなはだ、とりとめがない。  

 8ビートではギタリストの右手が8分音符で規則的に上下運動をする。とすれば、16ビートではギタリストの右手は16分音符で規則的に上下するのか? 

 この時代になると、TVで『ソウルトレイン』なる音楽番組をやっていて、とにかく黒人達が派手な衣装で踊りまくる、時々、生バンド(スライ・アンド・ファミリーストーンが出てたのを記憶しているが・・・)も出る、というのがやっていた。これって、ディスコの踊りやんね?ね?ね?と、TVに向かって思わず訊ねてみたりもしたが、チラリと移る黒人ギタリストの右手は決してそんなに忙しく動いてはいない! それより、腰が動いておるぞ! ガーン! 手の運動なんて関係無いのだ! 要は身体の中身の躍動感がすべてじゃ!  これは、8ビートも16ビートも同じや! そういう躍動を身体の中に持っていれば手がそのように動く事もある!という事やないか! ああああ! 

↑「ソウルトレイン」でのスライ・アンド・ファミリーストーンのライブ映像

 つまり、演奏者の躍動感が演奏される音に「何らかの」影響を与えるという、実は非常にデリケートではあるが、一旦、聴き取れてしまうともう後戻りができないという質のものであった! 私が何となく「ビート」というものを理解した瞬間でした。  

 昔は情報も限られていたし、日夜こんな感じの格闘をしておったのですが、 最近では、TVひとつ取っても実に様々な音楽が流れているし、今の若い人達はもの心つく前からお家のTVで、それこそ、もう既に8ビートや16ビートの音楽が普通にガンガン流れておったに違いないわけで、こういう、プリミティブというか何というか本能的躍動感みたいなものに対しては、きっとワシらおっさんより敏感に違いないと想像されるわけです。  

 さて、お話はfieldアイ研のある日の練習会に戻る。  「8ビートと16ビートを聴き分けてみよう~! ドン!ドン!ドン!」 なのである。 field STUDIO に置いてある適当な有名所のCDをピックアップして皆に聴かせてみる。

1. 〔シック〕のアルバム《テイク・イット・オフ》から〈ステージ・フライト〉。

2. 〔デレク・アンド・ザ・ドミノス〕のアルバム《イン・コンサート》から 〈ワイ・ダズ・ラヴゴットゥビー・ソーサッド〉。

3. 〔クルセイダーズ〕のアルバム《ラプソディ・アンド・ブルース》から〈ソウル・シャドウ〉。  

 この3曲を間をおかずにかけて、  「さて、何番目と何番目が仲間でしょう?」  初めから、「8ビート」や「16ビート」なんて言葉は一切使わないで、この3曲の内、共通点を持った2曲があるが、どれでしょう? というクイズを出してみた。 


 答え、1と3  1と3が16ビートで、2が8ビートなのだが、ビート以外にも、2には四和音が使われていないというコードがかもし出す雰囲気の違いもあるので、ある程度、この答えは非常に明快なはずなのだが・・・  

 案外、皆、分からないもんなんやね、これが。正解率は結構悪かった。小学生の頃からウオークマンなんて当たり前という時代の若者達にして、ワシらの世代と音感あんまり変わってないんとちゃうか?と思ってしまうような結果なのだ。  

 結局、日本民族はリズムに弱いという俗説が本当なのか、小中学校の音楽教育に問題があるのか。まあ、どちらにしても、高校生の時はあんなにチンプンカンプンだったワシでも、まして、あんな劣悪な情報環境の中でも時間をかければ分かるようになったんやから、うまくやれば、こいつらにはすぐに分かるはず。

 色々と説明をしていたら、ある19歳女子が  「あ、そーかー! カラオケで浜崎あゆみを歌った後で宇多田ヒカルを歌うと、メロディに歌詞をうまく乗せる事ができないんですよ。そんな時はリズムをより細かく取ると歌えるんです! これって関係ありますか?」 と言った!  

 そう、それそれ! まったくそれです。その時の浜崎あゆみは8ビート、宇多田ヒカルは16ビートだったのです。つまりそれが「ビートが違う」という現象です。  

 なるほど、カラオケという環境もあったんやね。カラオケはなかなか隠れた好教材になるかもしれん。 しかし、アイリッシュをやろうとする若者達は往々にして、カラオケは嫌いです、と言うんやなー。この彼女など珍しい存在。  

 では、さてさて、どうやってこのビートという問題を、アイリッシュ・ミュージックを練習しながら分かっていただくか?

 ここで誤解の無いように付け加えると、アイリッシュが8ビートか16ビートか?などという事は問題ではありません。ビートはこの二種類だけではないし、他にも色々なビートがあるのですが、大事なのはビートに名前をつける事ではなくて、ビートという感覚を認識し体感することなのです。  

 実際にはなかなか具体的に難しいもんがあるけれど、これが、fieldアイ研初心者練習会の裏テーマなんでアリマス(こんな所でバラしたら、裏でも何でもないんやけど・・・)。  

 何で? 初心者にこんなことさせるかって? それは、楽器がうまくなった後では時として頭が固くなってしまうからです。  

 頭が固くなってしまうというのは、この場合具体的にどうなるかというと、メロディーというものの魔力に支配されてしまうのです。  

 何故なら、楽器を修得するということは、「物理的にその楽器の扱い方を覚える」ことと、「その楽器の演奏を通して音楽というものを把握する」という2つの要素から成り立つわけですが、楽器を学び始める時は往々にして皆、「物理的にその楽器の扱い方を覚える」ことのみに四苦八苦してしまう。ちょっと気を抜くと、いや、楽器そのものに集中すればするほど「音楽というものを把握する」という要素がどこかに消し飛んでしまう。  

 普通、「物理的にその楽器の扱い方を覚える」方法は、メロディーを奏でるというアプローチになります。そこで、色々なメロディーを演奏できるようになることが明確な達成感を与えてくれることから、多くの人がメロディーの魔力に支配されてしまうというわけです。メロディー感に支配されてしまうとなかなかビートの問題が感覚的に捉えにくくなります。  

 だからこそ、初心者にこそ、是非、ビートという感覚をまずは知って欲しい。 そうやって、将来、楽器の扱い方を修得した暁には、わたしらのようなオッサンやその辺の諸先輩達を軽く凌駕するようなエキサイティングな演奏を平気な顔でやってのけてくれるはずです。    

 いや、是非、そうなって欲しいのです!

 <すざき・かずひこ:Irish pub field のおやじ・遅まきながらU君にホイッスルを習い始めましたが、まじめに教えてくれません…>

皆様のサポート(投げ銭)よろしくお願いします!