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折々の絵はがき(38)

〈いとさんこいさん〉北野恒富 昭和11年 京都市美術館蔵

絵はがき〈いとさんこいさん〉

 夏の宵、あるかなしかの風が二人の話し声を運んでくるようです。庭の床几で涼みながら、手をひざの上でそろえて座るのは姉。一方、ぞうりを脱ぎ散らかして横たわるのはきっと妹でしょう。いとさん、こいさんは大阪・船場の商人たちの「お嬢さん」を意味する船場言葉です。大店の娘として、常日頃から人目や立ち居振る舞いに気を配る日々を「表」とするならば、床几はきっとその舞台裏。ここは奥ゆかしい姉と自由で甘えん坊の妹が、誰の目も気にせず話ができる大切な場所なのではないでしょうか。

 口元に恥じらいを浮かべながら話す姉の隣で、妹はうつむき加減に頬杖をついて聞いています。もしかすると姉は、縁談話を打ち明けているのかもしれません。大好きな姉が踏み出そうとしている新たな一歩は、妹を大いに不安にさせている気がします。反対に姉の表情は柔らかく、そこには誰かを慕う気持ちがにじんでいるようでもあり、清潔な色香すら漂わせています。妹はそんな彼女の内面の変化を敏感に感じ取っているのでしょう。離れ離れになる心細さと姉の幸せを願う気持ちには、憧れも混ざり合っているはずです。いい人だったらいいな。思わずそんな気持ちになりました。

 北野恒富は月岡芳年門下の稲野年恒に入門し、明治末期には大阪画壇の中心人物となりました。妖艶で退廃的な作品を手がけたのち、次第に内面表現を重視した作風へ転じ、情緒豊かな大阪の女性たちを描いた美人画で人気を博しました。良家の子女の日常の一幕には大阪の良い時代の風情が感じられます。彼が二人の仕草ににじませた心の内は見る人によって自由に姿を変え、思い出の中やまだ見ぬ未来へそっといざなってくれるのです。

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