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便利堂ものづくりインタビュー 第14回

第14回:便利堂本店 安野店長 聞き手・社長室 前田


美術とものづくりをこよなく愛し、便利堂の幅広い商品を知り尽くす心強い店長。居心地のよいお店づくりの秘密はどこにあるのでしょうか。


京都便利堂 本店

ものづくりの現場が好き

―――安野店長は長い間、京都文化博物館便利堂ミュージアムショップにお勤めでした。
ミュージアムショップの求人をそれまで見たことがなかったので「なんだかおもしろそうだな」と思い応募しました。去年の春に閉店するまでおよそ6年間、勤務していました。

―――博物館でのお仕事って、すごく興味をそそられます。
展示の際、館のみなさんは本当に一丸となって展覧会を作り上げていらっしゃるんですよ。私はものづくりの現場が好きなので、博物館にせよ便利堂にせよ、手を動かしている人たちのそばにいるのは本当に楽しかったです。大変そうな展示準備を目にするたび、ショップで販売している図録が一人でもたくさんの人の手に届きますようにと思っていました。展示が変わるとその都度、お越しになるお客さまの年齢層や雰囲気ががらりと変わるのも、博物館らしくておもしろかったですね。

―――ものづくりの現場がお好きとのことですが、美術にも興味を?
そうなんです。もともと美術が好きで、高校、大学と学びました。私が美術に興味をもったきっかけは子どもの頃にテレビで見ていた時代劇でした。「暴れん坊将軍」や「必殺仕事人」などを見ていると、出てくる人の着物や持ち物、風俗が気になって仕方なかったんです。

―――今とは違う人々の暮らしに惹かれたんですね。大学ではどんなことを学ばれましたか?
染色です。大学の授業で「草木染め」を体験したとき、「うわーこれ好きだ!」と思いました。生まれ育ったのが自然豊かな場所で、子どもの頃は泥んこになって遊んでいました。染色はその頃を思い出すので惹かれたのかもしれません。職人の方の手仕事は今でも大好きなので、そちら側へ行きたい気持ちがないわけではないですが、私の場合は少し遠くにいる方がずっと好きでいられるのかなと思っています。

自分で買い、使って触って伝える新商品の魅力

―――便利堂にも技術を身につけた職人の方々がたくさんいますね。
そうですね。やっぱりものづくりの現場を間近に感じられるのはすごくおもしろいです。便利堂の商品は、どんなものであれ、たくさんの人が力を合わせて生み出されていますから、私はいつも、ものづくりをしている人の応援やサポートを自分なりにしたいという気持ちでいます。みんなが苦労してようやくできあがったものをよりよく見せること、その商品をきちんと理解してお客さまへ伝えること。納得したうえで購入していただくこと。そうすることで私もみんなと一緒に力を合わせられたらなと思っています。

「SHIHO(しほう)便利堂」

―――商品を理解するというと…?
新しい商品ができると、やっぱり自分で買って、使って、とにかく触って触って触って。そうすることで、お客さまに尋ねられたときにきちんとお伝えできるようになれたらと思っています。たとえば、何か月使うとこんな状態になりますよとか、使った人にしかわからないことって自分が何かを買うときに知りたいでしょう?

―――たしかに。
袋に入ったままではわからないですからね。自分で使ってみれば、いい部分も、使うなかで気がついたところも、心から実感してお伝えができます。だからできるだけ使うようにして、そのうえでいろんなことを正直にお伝えするようにしています。

どれもこれも全部私の好きなもの

―――そんな安野店長がこれまでお使いになってよかったもの、好きなものを3つ、教えていただけますか?
この3つ、選ぶのに本当に苦労しました。正直、商品はどれも全部、心からおすすめですと言いたいくらいなんですが…。まずはこ れ!〈クリアボトル 便利堂コロタイプアカデミーロゴ〉です。このアカデミーのロゴがすごくスタイリッシュで気に入っています。クリアボトルって甘めのデザインのものも多いなか、これは男女問わず使っていただけるシックなデザインのうえ、軽くて丈夫。持ち運びにおすすめです。わたしはミルクティーを飲むのに使っています。

〈クリアボトル 便利堂コロタイプアカデミーロゴ〉全2種 ¥1,100

―――確かにこのロゴ、かっこいいですよね。そして…?
アートシール〉です!ショップで小さいお子さんの目線に合わせてアクリル板の下の方に貼っていたら「あー!」と声を上げてくれてうれしかったです。これはシートで見ているのもかわいいですが、貼るとよりいっそうかわいさが増します。小さいサイズですが存在感は抜群。どこかにちょっとのぞかせると目を惹きますよ。若冲が妄想で動物を描いているところも好きで、この熊か何かわからない生き物がお気に入りです。

〈アートシール〉全5種 ¥330-

―――このシールは大人気ですよね。さあ、最後の1点はなんでしょうか。
便利堂の創業125年を記念して復刻された明治時代の京都の風景絵はがき〈京名所百景〉(本店限定商品)です。この絵はがきセットが素晴らしいのは、私たちが見たこともない時代の光景がありのまま写しとられているところ。昭和初期の道路がまだ舗装されていない頃をご存じの方お客さまは「そうそう、こんなんやったわー!」とおっしゃいます。私は昔の風俗が好きなのでいつまででも眺めていられるんですよ。

本店限定商品 復刻はがきセット〈京名所百景〉8枚入 ¥1,466

―――時代劇がお好きとのことでしたが、この光景はリアルですからたまりませんよね。
眺めていると、こういうところを歩いたら足が汚れたのかな、生活はどんな感じだったんだろうな、などと次々に考えて、あっという間に時間が経ってしまいます。特に祇園祭の1枚は、今とは違い、2階建ての家しかない中、ぐぐっと飛び出した鉾が本当にかっこいい。手で彩色してあるのも美しくて、空の色が入ると景色がぐんと明るく見えるところも大好きです。ぜひお手に取ってごらんいただきたいですね。

手渡す商品にはものづくりのエピソードを添えて

―――商品を実際にお使いになったうえでのお話し、すごく楽しかったです!
お買い物って慎重になりますから、使い心地は少しでもお伝えできた方がいいなあと思っています。便利堂で商品が生まれるまでには長い道のりがありますが、私がいるのは、その工程を経てようやく誕生した商品を直接見ていただける場所。「あったらいいな」で生まれた商品はどんなきっかけで作られることになったのか、どのように作られているのか、担当者から必ず聞くようにしています。

―――なるほど。それを…?
話すって大切だなと思うんです。どの商品にもかならずさまざまなエピソードがあります。商品を購入していただく方にそんな裏側までお伝えすることができたら、きっとその方にとっても特別なお品物になるんじゃないかと思うんです。たとえば、『高松塚古墳壁画 撮影物語』。この書籍を読むと、当時、壁画の撮影にのぞむ人々の緊張感と臨場感が伝わってきます。それはまさにドキュメンタリーで、読んでいる私も手に汗握りました。手に取っていただいた方にはそうした感想もお伝えできたらいいなと思っています。

高松塚古墳壁画 撮影物語

―――そんな風にお買い物ができたら、いつまでも記憶に残りそうです。
そうだとうれしいですね。反対に、お客さまからお聞きした声も現場に届けるようにしています。みんなが力を合わせてできた商品をこんなに喜んでくださってるよと、お聞きしたことはお伝えしたいんですよ。縮小屛風の精緻さに感動していただいた声や、絵はがきを触って驚かれた方、年賀状は毎年ここでと決めているというご年配の方など、みなさん様々なお話しを聞かせてくださいます。私の仕事はそんなお声を聞いて、作り手のみんなに届けることでもありますから。

お客さま目線を忘れない

―――それはうれしいですね、みんなの励みになります。
あと、どんな商品も、やっぱり間近でごらんいただかないと質感まではわかりません。実はうちの商品は、触れていただくと必ず喜んでいただけるんですよ。たとえば絵はがき。便利堂の絵はがきはオリジナルの用紙を使用していて、厚みがしっかりあって、手触りに温かみがありますよね。私もいろんな美術館へ行って触りますが、いつも「うちのが一番だ」って思います。お客さまにも「こんなに安いけどいいの?」とよく言われるのですが、それもこれも触れてもらうからこそわかることなんです。

―――なるほど。お客さまに触れていただける環境づくりを心がけていらっしゃるんですね。
そうなんです。手に取って確かめていただきたいので、手を伸ばしやすいかどうかはいつも考えています。私、お客さま目線を忘れないようにといつも思っているんですよ。うちのお店に自分がお客さんとして入ったらどうだろうって、毎日必ず入口から入ってみるんです。そうすると、「ああ、ちょっとこの置き方では手に取りにくいな」とか、「パッケージが灯りに反射してよく見えないな」とか、気が付くことがたくさんあるんですよ。

―――そんなことをされていたとは知りませんでした。
やっぱりお店の中にいるだけではわからないことがたくさんあります。そうだ、実は私には目指すお店のはっきりとした形があるんですよ。

忘れられない場所 お手本は富小路店

―――教えていただけますか?
美術はがきギャラリー京都便利堂 京都三条富小路店です。16年あまりに亘りたくさんのお客さまに愛された店舗ですが2020年に閉店しました。このお店は私が販売の研修をした場所です。初めてお店にお邪魔したときには、思わず「うわぁ…」と声がもれました。

美術はがきギャラリー京都便利堂 京都三条富小路店(2020年閉店)

―――それはどうしてですか?
店員さんはどの商品もとても丁寧に扱っていらして、その場所にある、ありとあらゆる商品が愛されているのが伝わって来ました。なんだかきらきらと輝いて見えたほどです。ライティングから建具まで計算されつくされていて、それをスタッフのみなさんが大切に維持されていました。仕事を教わりながら過ごすうちにわかったのは、空間のすみずみまで人の眼が行き届いているということです。絵はがき1枚、シール1セット、どれも扱う手は優しくて、何より商品のよさをお客さまへ充分に伝えようという気持ちがあふれていました。

―――たくさんのお客さまに愛された店にはちゃんと理由があったんですね。
あの場所で研修を受けられたことは本当に良かったと思っています。この本店は、富小路店の閉店に伴い、本社の作業スペースをスタッフみんなでリノベーションした仮店舗としてスタートしました。ですので、設備は十分ではありません。京都文化博物館のミュージアムショップもスペースの関係もあり、富小路店のすべてを真似することは難しかったけれど、その時も今も、そのエッセンスを感じていただきたいという気持ちでいます。「うわぁ素敵」と思った気持ちはずっと変わらず残っていて、今でも憧れています。だから私のお手本は富小路店なんですよ。

ここは「触わってもいい」美術館

京都便利堂 本店

―――だからでしょうか、この本店にもあのお店に通じる居心地のよさがあります。
ありがとうございます。お越しいただくお客さまにも、一人で店内をじっくり眺めたい方、反対に店員といろいろおしゃべりしながら選びたい方と様々いらっしゃいます。私自身、お店に入った瞬間に「何をお探しですか?」とぐいぐい来られると緊張してしまうので、お客さまがどんな風にお買い物をされたいのか、静かに見極めるのも大切かなと思っています。

―――どんな風にお過ごしいただきたいですか?
本店はどこか美術館のような風情があります。壁にずらりと並んだ絵はがきの数々、コロタイプ複製の縮小絵巻物や屛風、ステーショナリーなどの美術商品、ミニポートフォリオも見ごたえがありますよね。様々な時代、様々な様式の美しいものだけが集められた空間です。美術館のようですが、店内にあるのはどれもこれも触れていただけるものばかりです。近くでご覧いただくもよし、手に取ってじっくり眺めていただくもよし。時間を忘れてゆっくりとお過ごしいただきたいですね。

ミニポートフォリオ

―――こちらにはいろんなお客さまがお越しになっていますね。
最近はありがたいことに、以前のように海外や県外からのお客さまも増えてきました。富小路店にお越しいただいていたお客さまにも足を運んでいただいています。そういえばこの前はご近所にお住まいのおじいさまが「散歩のついでに来たんや」と立ち寄ってくださいました。「ちょっと見せてや」と、ゆっくり店内を歩いてのんびりお過ごしくださったのがうれしくて。そしたら次は奥さんもご一緒に来てくださったんですよ。そんな風に気軽な気持ちでちょっと見ていこうか、寄っていこうかと思っていただける場所でありたいですね。

―――普段、安野店長とお客さまのやり取りを見ていると、すごく楽しそうな雰囲気なのが印象的です。
たとえば絵はがきを探していらっしゃる方は、ヒントをお持ちいただくことが多いんですよ。こんな生き物が描いてあった。木が植わっていた…という風に。あいまいな情報でも「よーし、あるならば絶対に見つけよう!」とすごく燃えます。記憶をたどったり、1枚ずつ確かめたり、オンラインショップの検索も利用します。でもいつも思うのは、たった1枚の絵はがきがそんな風にいつまでも誰かの心に残っていて、その記憶を伝えてくださるってすごいなということなんです。

―――そんな思いで見つけ出してもらえるとうれしいでしょうね。
プレゼント選びや自分へのお買いもの、あるいはお土産探しでも、この場所に来てくださった方には「なんか気持ちよかったな」「ゆっくりできたな」と思っていただけたらいいなぁと思っています。またあそこへ行こう、そう感じてもらえたらそんなうれしいことってないですよね。そのためには心地よい空間づくりやディスプレイの工夫のほか、どんなささやかな手がかりからも1枚の絵はがきを見つけられるように、日々の勉強が大切だなと思っています。

【安野店長のお気に入り絵はがき】

〈季趣五題 あきみのる 秋晴〉金島桂華筆 華鴒大塚美術館蔵

コロタイプ絵はがき〈季趣五題 あきみのる 秋晴〉

富小路店に研修で入った時に初めて見た絵はがき。一目見て「うわあきれい!」とすぐに買いました。当時の季趣五題は富小路店のみで扱っている商品で、店員さんがとても丁寧に扱っているのが印象的でした。コロタイプなので質感が全然違い、これだけ飾ってもすごい存在感です。何枚か買ったものを季節ごとに玄関に飾っています。

<青蓮院の老木>山口華陽筆 昭和48年 京都文化博物館蔵

絵はがき〈青蓮院の老木〉山口華楊

青蓮院はまさにこの絵の通り。大きな木がたくさんあって、夏はすごく涼しいのでよく散歩します。タイトルを見る前に「青蓮院だ!」と気づいた1枚です。京都に観光に来られた方には記念になるかもしれません。この絵はがきを手に、ぜひ青蓮院へも行ってみてほしいですね。絵はがきを見ていてもあの空気感が思い浮かぶ、特別な絵はがきです。

日本画のいきものたち<狗子図> 西村五雲筆 京都市美術館蔵

絵はがきセット 日本画のいきものたち<狗子図>

骨描き(彩色に入る前に墨で輪郭線を引く技法)なしに一発描きで描いただそう簡素な線で、このかわいさを出すなんて、いったい何枚描いたんだろうとびっくりしました。これがショップに並んだ時、スタッフ全員で「かわいい!!」と声をそろえたのはいい思い出です。もっちゃりしているこのかわいさがたまりません。

【安野店長の好きな画家】

仙厓
もっちゃりした絵を描く人。このラインがたまらない。見ていると和む。大好き。

扇子〈○△□〉仙厓 (男女兼用)

酒井抱一
中学生のころ、美術の教科書で《夏秋草図屏風》を見てうわーすごい!と思った。しかも尊敬していた尾形光琳の作品の裏側に描いたというエピソードにもきゅんとした。便利堂の「尾形光琳「風神雷神図屏風」原寸大復元複製里帰りプロジェクト」で完成した複製を見た時にはもう大興奮で、ずっと眺めていました。現在は東博限定販売の両面縮小屛風は、お客さまからも「どっちも表なの!?」と驚かれた商品でした。

縮小屏風〈重文 夏秋草図屏風〉

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