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折々の絵はがき(5)

〈盆の月〉月岡芳年 明治20(1887)年 東京都江戸東京博物館蔵

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◆暑中見舞いはがき 《盆の月》月岡芳年◆

 着物か帯か、それとも手足か。この作品のなにがそう思わせるのか、目を離したとたん、だれもが勝手きままに動き出すのではと思うほど躍動感にあふれています。じっと眺めているとどこからか聞こえてくるのはお囃子の音。最後にこんな大きな口を開けて笑ったのはいつだったでしょう。空を仰いで底抜けの笑顔を見せる女性はもう楽しくて楽しくて仕方ないと言った風で、思わず知らずこちらも口角が上がります。お酒もはいっているのか、色とりどりの小袖は合わせも裾もはだけていますが気にしているひとはいません。しどけない姿にいやらしさはなく、そんなことにかまっていられないほど踊りに夢中なのだとわかります。草履はとっくに脱ぎ捨てられて、夏のはだしのなんとも気持ちよさそうなこと。一心に踊る男女を照らすのは、宵闇にぼんやりと浮かぶ果実のような満月です。

 「盆の月」とは旧暦7月15日、盂蘭盆の満月のこと。ご先祖さまを供養する盆踊りでこんな出迎えにあえば仏さまも思わず踊り出すかもしれません。
 幕末から明治時代前半にかけて活躍した浮世絵師 月岡芳年は晩年、月をテーマに『月百姿』という100点の連作を手がけました。これはそのなかの一枚です。自分の名前にもある「月」に、芳年は特別な思いを抱いていたのでしょうか。遠く近く、刻々と姿を変える月を、ある時は満月や三日月、またある時は月明りと様々に描いています。

 貪欲にこのひとときを楽しむ市井のひとの姿が今はことさらまぶしく映ります。…なんかこういうのいいなあ。憧れというにはいくぶんありふれた夏の夜の一瞬からなぜかいつまでも目をそらすことができませんでした。

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