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折々の絵はがき(48)

◆コロタイプ絵はがき〈季趣五題 なつさかり 旅みやげ第一集 房州岩井の浜〉川瀬巴水◆

〈なつさかり 旅みやげ第一集 房州岩井の浜〉
川瀬巴水 大正9年(1920) 千葉市美術館蔵

 海は凪いでいます。しかし山の向こうにはもくもくと入道雲が立ち上り、夏の気配が色濃く伝わってきます。まだ朝の早い時間なのでしょうか。にぎやかなはずの夏の海には人気がなく、ただただおだやかな時間が流れています。砂浜はきっともう温かいのでしょう。素足に触れる細かい砂のなめらかさを思い出しました。

 場所は房州。現在の千葉県南部にあたり、岩井海岸は房総半島の南に位置しています。この辺りは浦賀水道に面し、砂浜はおよそ2キロも続いているのだとか。牛はここまでゆっくりとその道のりを歩いてきたのかもしれません。畑で取れた野菜を市場へ売りに行った帰りでしょうか? 大きな籠を背負った男は急きもせず牛のあとをのんびり歩いています。おのおのが海沿いの散歩を心から楽しんでいるような光景に豊かな時間の流れを感じました。彼らの手前には海へ注ぐ水の流れが描かれ、水の深さが美しい青の濃淡で表現されています。

 川瀬巴水は大正から昭和にかけて活躍した木版画家です。急激に近代化が進むなか、彼は日本の原風景を求めて全国を旅し、庶民の生活が息づく季節の風景を描きました。作品からは小高い場所に腰掛け、長い時間スケッチをする彼の視線が感じられます。旅を愛した巴水は、写生しては東京へ持ち帰り下絵を描いてまた旅に出ることを生涯繰り返したそうです。この日もきっと早起きは苦にならなかったのでしょう。海岸へ向かう巴水のうきうきとした姿が思い浮かびました。

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