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折々の絵はがき(34)

〈桃太郎〉 魚屋北渓 1826年 千葉市美術館蔵

絵はがき〈桃太郎〉 魚屋北渓筆

 背中ののぼりも勇ましい桃太郎が、きび団子を片手にちんまりと座り込んでいます。表情は真剣そのものですが、ぐっと引き結んだ口元や一点を見つめる様子はあどけなくもあり、「えーと、桃太郎っていくつの時に鬼ヶ島へ行ったんだっけ?」などと考えてしまいました。手の甲には防具がはめられ、つまりは戦闘モード。よく見れば腰には細工が施された刀も差しているのです。なんといっても敵は鬼。本気でかからないわけにはいきません。

 しかしお供の猿、犬、きじはおもちゃです。張子か木彫りかわかりませんが、彼らは真顔の桃太郎を我関せず、のんびりと見つめ返しています。とたんにお茶の間の一コマに見えてきました。「きみ団子ひとつ下さるいぬの春 きしも供する桃太郎月」。歌に詠みこまれたお供たちをぐっと引き立たせる北渓の見事な肩透かし。大人の遊び心にため息がもれました。

 日常の可笑しみやしゃれを効かせた短歌は「狂歌」の名で江戸時代中期以降に流行しました。狂歌に絵を添えて木版画にした摺物は「春興」と呼ばれ、狂歌を趣味とする人たちが私的に楽しむために自費出版され、仲間内で交換されていたそうです。この一枚は狂歌師 含笑庵道列によるもので、新年に催された会において一門の間で贈答されました。作者は魚屋北渓 ととやほっけい。名前はもともと魚商を営んでいたことに由来しています。狩野養川院惟信に学び、葛飾北斎の門人となった後、画業一筋の生活を続けました。彼は作画に取り組んだ50年のほとんどにおいて狂歌摺物や狂歌本の挿絵を制作したそうです。二つが合わさることで何倍も面白くなるように。まるでジャズのセッションのように呼吸を合わせた本気の応酬に、再びため息がもれました。

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