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日本の「笑い」についてマジメに研究した洋書

Understanding Humor in Japan
「日本のユーモアを理解する」

Edited by Jessica Milner Davis
February 2006 (Wayne State University Press)

落語が好きだ。
ひんぱんに寄席に通う熱心な落語ファンというほどではないが、好きな噺家さんの落語会や独演会に行ったりしている。もうかれこれ20年ぐらい。

ところがその楽しみは、コロナ禍でうばわれた。
コロナ禍でいろいろな楽しみが奪われたが、落語を聴きに行けないのは、けっこうツラかった。

Zoom落語会やYou Tubeで配信されるものも見てみたが、やっぱりナマで聴くのとはちがう。

お芝居もそうだが、板の上でやるものはテレビやパソコンの画面で見ると、どうしてあんなにつまらなくなるのだろう? 生気がないからか、熱気が伝わってこないからか。とにかく全然ちがうのだ。

なかにはテレビやパソコン画面で見てもじゅうぶんおもしろいものもある。それはたぶん劇場で見たら、とんでもなくおもしろいやつで、そんな芝居や落語に巡り合えることってそうそうない。

やっぱり人と人とは直接会わないとね。コロナであらためてわかったのは、そんな基本的なこと。

さて落語である。
この20年ぐらいずっと「落語ブームがきてる」ということを聞く。もちろん、ドラマ『タイガー&ドラゴン』をやったときとか、NHKの朝ドラ『ちりとてちん』をやったときなんかに、一時的に寄席の客がふえたことはあった。けれども、その後も落語を聴きつづけるのは、ごく一部だ。そもそもブームなんてそんなものだ。

まあでも、落語といえば『寿限無』とか『まんじゅうこわい』、『芝浜』みたいな昔からある噺(はなし)だけだと思っている人は、案外多いのではないか。

文学に「純文学」と「大衆文学」があるように、落語にも2種類あるのだ。「純文学」にあたるのが、「古典落語」だ。これは、さきにあげた『寿限無』『まんじゅうこわい』『芝浜』など、古くは江戸時代から伝わる、ストーリーの決まった噺だ。

古典落語は、長い年月を生きのびただけあって、噺のつくりがしっかりしているし、おもしろいエッセンスがつまっている。それに同じ噺でも噺家によって演じ方がちがうので、そういうところも聴いていて楽しい。

円生、志ん生、文楽など、昭和の名人上手はこの古典落語だけをやっていた。今でもCDで楽しむことができる。

一方、「大衆文学」にあたるのが、「新作落語」だ。これは、噺家が自分で噺を作って演じる。シンガーソングライターみたいなもんだ。だから、物語の舞台は昔に限らない。現代のサラリーマンの話もあるし、SFチックな噺もある。なんでもありだ。

この新作落語の祖といわれるのが、去年亡くなった三遊亭円丈である。円丈の前にも新作落語をつくる噺家はいた。けれども、円丈の新作落語は、桁外れにアナーキーだった、らしい。

らしい、というのは、さすがに私もそのあたりはリアルタイムで知らないので。でも、円丈落語を聴いた若手の噺家希望の青年たちは、激しい衝撃を受け、「自分もこんな落語を作りたい!」と心震わせた。

そうやって有望な新作落語家がぞくぞく登場することになる。

春風亭昇太しかり。柳家喬太郎しかり。もちろん、三遊亭白鳥をはじめとする円丈の弟子たちはほとんどが新作落語家だ。円丈の落語に影響をうけた噺家を、「円丈チルドレン」という。

私はこの、円丈チルドレンの落語を聴いてハマってしまったクチだ。

落語ビギナーは、円丈チルドレンみたいな新作落語家の爆笑落語を聴いたほうがいいと思うな―

昇太の『人生が二度あれば』とか、喬太郎の『午後の保健室』とか。とにかくおもしろい。笑える。そういうところから入ったほうが、すんなり落語を好きになりそう。

ところで今回紹介する本の表紙であるが、なんと池袋演芸場の昭和63年(1988年)9月中席の番組表だ。番組表とは、その日に出てくる演者の名前が書いてあって、寄席の表なんかにはりだされるやつだ。
昭和63年(1988年)は、古い。とうぜん知らない人が多い。

でも、夜の部主任の林家こん平は、『笑点』の元「オレンジの着物の人」だ。そして、上のほうに小さく書いてあるが、昼の部主任はなんと円丈!
うわー、なにやったんだろうなぁ~?

この本のアマゾンのページには、めずらしく日本語で「商品解説」が載っている。

これは、洋書の学術書ではとてもめずらしいことだ。おそらくだが、日本人の寄稿者のだれかが、英語の解説を日本語に翻訳してくれたのではないだろうか。

「試し読み」のところで中を見ると、目次にそれぞれの論文の寄稿者の名前が書いてあるが、いかんせんローマ字表記だし、寄稿者略歴のページも見られない。あたりをつけて調べていくしかない。

Shokichi Odaは、たぶん織田正吉さんじゃないかな。

Hiroshi Inoueは、『放送演芸史』を編纂した井上宏さんだろうか。

Go Abeさんをググったところで、「日本笑い学会」というのがヒットした。安部剛さんは理事である。ここはなんかアヤしいな。関係ありそう。と思って「役員プロフィール」を見ていくと、さきほどの井上宏さんが顧問で名を連ねているではないか。

Kimie Oshimaさんは、ここの理事の大島希巳江さんだろう。どうやらこの本の寄稿者は、この「日本笑い学会」と関係があるようだ。

案の定、「笑い学研究」のページから、J-STAGE『笑い学研究』というサイトに飛ぶと、この学会誌の2021年の第28巻で「《追悼 織田正吉氏》 織田正吉名誉会員を偲んで」という記事を見つけた。織田正吉さんは、名誉会員だったのだ。つながったなー

なんかこのあいだ見た『名探偵ステイホームズ』の北村拓海演じる「子ども部屋おじさん」の相田アタルにでもなった気分。

本書では、わかりづらいとされる日本の笑いについて、漫才や落語、狂歌、狂言、洒落、など多岐にわたっていたってマジメに、学術的に論じている。
でも、英語圏の人にもわかるように、けっこう丁寧に説明しているんじゃないかな。

それって日本人が読んでもおもしろそう。

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