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<書評>『ハリケーンの季節』(フェルナンダ・メルチョール著 宇野和美訳 早川書房)

「翻訳者のための書評講座」の第6回目では、課題書『ハリケーンの季節』の書評に挑戦。今回、私が感じた小説の読みどころと関係してるんじゃないかと思った「情報」を800字の字数内に入れる挑戦をしてみました。

講評と合評では、「それより、小説の構造などの説明に字数を割いたほうがいい」との意見が圧倒的でした。一方で、「これを入れるならもっと小説とつなげる努力をしたほうがよい」という叱咤激励を頂戴しました。

提出段階で、書評本文に書名を入れておらず、誤字もあり、その上、小説とは関係なさそうなネタに1段落使い、小説への敬意が欠けた書評でした。海よりも深く反省。

改稿は、その「ネタ」を小説にもっとつなげて書き直しました。自戒を込めて、改稿のあとに、もともとの原稿も掲載します。


改稿後

 メキシコ・ベラクルス州の架空の村で魔女の惨殺死体が見つかった。魔女、といっても現代の話で、村人に恐れられると同時に、困り果てた女たちを薬草で助け、尊敬もされていた。ただ、魔女には金を溜め込んでいるとの噂があった。辺鄙な村には、サトウキビ畑と工場と、食べ物屋と売春宿しかなく、人々はひどく貧しい。殺人犯は誰なのか。フェルナンダ・メルチョールの『ハリケーンの季節』は、ここから四人の男女の物語を語りはじめる。
 四人の共通の糸は暴力と貧困、そしてルイスミという名の少年。小説の文字からは、マリファナやタバコ、酒の匂いが漂うかと思うほど、男たちは仕事もせずに昼間から酔い、自失している。少女たちは理不尽なひいきの犠牲になり、家事や家族の世話に酷使され、身内から性暴力を受ける。既婚の女たちも売春で生活し、望まない妊娠を繰り返し、盲目的に宗教に依存したりもする。この村では警察も頼れない。誰もが現実から逃げたいのに、どこにも逃げるところがない。暴力と貧困が、彼らの身に〈本当は起きたこと〉をなかったことに変えていく。 
 この世に生きていたことさえ忘れ去られそうな四人の人生を著者メルチョールは拾い上げ、言葉でつなげていく。改行なんてしている暇はない、会話文に引用符をつけている場合じゃないと言わんばかりに、物語は進む。なぜ著者がこんな大胆な書き方をしたのかは、訳者あとがきを是非読んでほしい。原文の会話はベラクルスの方言で書かれているそうで、訳者の苦労がうかがえる。
 タバコと同様、〈新大陸で発見された〉オウコチョウという観用植物をご存知だろうか。南米では中絶薬として使われていた事実は〈なかったこと〉にされ、今は忘れ去られている。おそらく、タバコのように中毒性がなく、嗜好品としての価値がなく、困った女性だけが必要としていたせいだろう。惨殺された魔女も中絶薬の作り方を知っていた。オウコチョウの効能も知っていたにちがいない。
(想定媒体=朝日新聞、20字X40行)


改稿前

 メキシコ・ベラクレス州の架空の村で魔女の惨殺死体が見つかった。魔女、といっても現代の話で、村人たちに恐れられると同時に、困った人を助け尊敬もされていた。ただ、魔女には金を溜め込んでいるとの噂があった。この村は都会から遠く離れ、サトウキビ畑と工場と、食べ物屋と売春宿しかなく、人々はひどく貧しい。殺人犯は誰なのか。ところが、事件とは何の関係もなさそうに、四人の男女の物語が語られはじめる。
 共通の糸は暴力と貧困。小説の文字を追うだけでも、マリファナとタバコ、そして酒の匂いが漂ってくる気がするほどで、男たちは仕事もせずに昼間から酔い、自失している。少女は家事や家族の世話にこきつかわれ、性暴力を受けることも。結婚をしている女も売春で生活し、望まない妊娠をする。警察も頼れない。誰もが現実から逃げたいのに、どこにも逃げるところがない。暴力、性暴力、理不尽なひいき、恫喝、キリスト教やドラッグへの依存が、「本当はあったこと」をなかったことに変えていく。
 この小説は、一つの章が始まると、改行が一度もされずに文章が続く。会話文には引用符もない。なぜ著者のフェルナンダ・メルチョールがこんな大胆な書き方をしたのかは、訳者あとがきを是非読んでほしい。原文の会話はベラクレスの方言で書かれているそうだ。方言もまた、優勢な言葉に圧倒されて消えやすく、訳者の苦労がうかがえる。
 ところで、オウコチョウという観賞用植物をご存知だろうか。タバコと同様、「新大陸で発見された」が、中毒性はなく、南米では中絶薬として使われていた事実は忘れ去られている。おそらく、中毒性がないせいで、困った女性だけが必要とする効果を持っていたせいで、ヨーロッパ人には金のにおいがせず、美しさだけが残ったのだろう。魔女は薬草に詳しい。惨殺された魔女も中絶薬の作り方を知っていた。オウコチョウの効能も知っていたかもしれない。


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