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クスノキと仏像のはなし その2

**飛鳥時代の木彫仏には、なぜクスノキが多く用いられたのか……前回に引き続きその関係性について話を進めていきます。

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 クスノキが馴染みのある木かどうかは、北国生まれと南国生まれではその印象がずいぶんと違うのではないでしょうか。
 クスノキが生育できる北限は、栃木、茨城の北関東周辺とされています。クスノキは楠【木に南】と書くように、暖かい地域でしか生育することができません。私自身も宮城県仙台市出身のためクスノキが生活圏に生育していることはなく、馴染みのない木でした。その存在をしっかり意識したのは奈良に移り住んでからです。
 クスノキは古来から日本列島に自生していた訳ではなく、大陸から有史以前に人の手によって伝えられました。そのため、人里離れた山の中や森林で見ることはなく、巨樹となったクスノキの多くはお寺や神社の境内地に植えられています。今に伝わるその植栽の範囲からも、人々の生活・信仰と密接に関わってきた存在であることがわかります。

 信仰とクスノキの密接な関わりは、多くの説話に登場することからもうかがい知ることができます。

 茅渟の海(大阪湾南部)で大きな音が轟き日光のように輝くという報告があった。欽明天皇が捜索させると、樟が海に浮かんで輝いていた。それを献上された天皇は画工に命じて二体の仏像を造らせた。今、奈良の吉野寺にあって光を放つ樟の仏像がこれである。
 奇跡のクスノキから仏像を造り祀る–––––。これは『日本書紀』欽明天皇十四年(五五三)の条にある、仏教伝来間もない日本における木と仏像のいわば「最初の出会い」に関する興味深い記事である。事実、飛鳥時代に造られた多くの木彫仏の樹種はクスノキであった。
(大阪市立美術館 2017年特別展 「木 × 仏像」 図録、斎藤龍一「木と仏像をめぐって」(p6)より)

 説話における木と仏像の最初の出会いは、まさにクスノキでした!そのほかにも、奈良・長谷寺の創建について記す『長谷寺縁起』には琵琶湖に流れ出た霹靂木(雷が落ちた木)を材として造像されたと記されており、この木をクスノキとする文献が多く残っています。

 突然ですが、私が撮影した写真です。前方後円墳が在る日本最南端の古墳群、鹿児島・塚崎古墳群。その古墳上で大きく生育したクスノキの樹影です。樹齢推定1200年から1300年以上といわれています。
 この異形のクスノキが、古墳という弔いの地の真上に根付いてる姿はとても印象的でした。大きく開いたその穴がまるで地下の異界とつながっているようで、"畏敬"という言葉が脳裏に浮かびます。

 こちらは福岡県の宇美八幡宮境内にある、「衣掛の森」と呼ばれる樹齢約2000年の大楠。宇美八幡宮は、応神天皇(八幡神と同一)の生誕地だとされています。神功皇后がこの地で応神天皇を産んだという伝説があり、衣掛の森という名も皇后が出産の際にこの木に産着を掛けたとされるのが由来。

 クスノキの語源は「奇し木」とも云われています。枝をぐにゃぐにゃと曲げながら、時に大きな空(うろ)を作り、変形を遂げながら巨樹となるその姿は、まさに「奇しい木」そのものです。
 また、クスノキは樟脳(カンフル)の原料でもあり、虫除けや鎮痛剤の素材として古来から使用されてきました。薬の木がクスノキとなったという説もあり、私たちの生命と密接に関わる存在としても、重要な存在であったようです。

 異国の神である仏は、渡来のはじめから日本の神と並んで強い霊力をもつ存在であった。この異国の神としての仏像を造るには、それにふさわしい霊的な樹木が求められた。…(略)…クスノキは古代日本ではとくに重要な樹木であり、魂ふりの力をもち、あるいは神木、霊木とみなされていた。仏と神はクスノキを介して交わり、ゆるやかに融合したものと思われる。
(東京国立博物館 2006年特別展 「仏像 一木にこめられた祈り」 図録、金子啓明「木の文化と一木彫」(p18)より)

 有史以前の人たちの直感的な感動が信仰となり、霊木となる。そうしたアニミズムを基礎とする信仰の中に仏像が伝わり、ふたつの信仰の世界が融合する。その融合した結晶として、飛鳥時代にはクスノキの木彫仏たちが造られた…確証を得ることは難しいですが、なんとも魅力的な話!
 
旅行先で偶然に巨樹に出会い、感動して見惚れてしまう。そうした誰もが経験するような感覚と、日本における木彫仏の起源が地続きのように感じられます。 

 コロナの影響で、残念ながら開催されることなく閉幕してしまった東京国立博物館の特別展「法隆寺 金銅壁画と百済観音」。
 法隆寺の百済観音像もまた、クスノキの一木造りとされています。高さ2メートルを超える大きな仏像ですから、材料となったクスノキも相当に大きな姿だったはずです……木彫仏に出会った時は、その樹影を仏像に重ね合わせながら観賞をすると、より深い時間が得られるかもしれません。

その3があるかも…ないかも…

それではまた!


#仏像 #奈良 #法隆寺 #写真家 #巨樹 #巨木




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