見出し画像

インドでドタバタしたら6か月後に神様からメッセージが来た話


ある日突然届いたインドからの不思議なメッセージのお話です。

心が暴走しちゃって、どうにもうにも止められない時ってありませんか。
他人から見ればクダラナイことなのに、渦中の本人は超マジメ。
自分探しのインドで、お菓子をねだる子供の様に、絶対に欲しい!! 
手に入れるまで帰らない! とジタバタしてしてしまったのです。

はるばるインドから来たメッセージは、そんな困った私に
「手放してごらん」と語りかけてくれたのです。



始まりは露天商

その昔、私は自分探しと称してひとりインドを旅をしていた。

長距離バスで、仏教の修業中というヒッピー風のオランダ人学生と一緒になり、ようやくたどり着いたボンベイで、固まったカラダのストレッチでもと散策に出かけることになった。

大都会は車やオートバイが渋滞を作り、装飾豊かなサリーがウインドウを華やかに飾っている。レストランのネオンが眩しく輝き、美しく着飾ったカップルや裕福そうな家族連れが楽しそうに入っていく。
それを横目に、貧乏旅行者の私たちはそ、フラフラと人通りの少ない脇道へと入っていった。

少しし行くと、本を売る露天商に出くわした。
といっても、歩道の半分に段ボールを広げ、拾ってきた本や雑誌、新聞を並べて販売しているだけのもの。ひと昔前、新宿駅の構内でも見られた、ごみ箱から回収してきたコミックや週刊誌の販売と同じだ。

路上にあぐらをかきながら店番をしているのは、十歳ほどの汚れた顔をした痩せっぽっちの少年だった。

「バイ! バイ! 」
外国人を見つけては、細い腕を振り回し「買え! 買え! 」と叫んでいる。

薄暗い街角で、私たちは面白半分でしゃがみ込み、数メートル先の街灯を頼りに本の物色を始めた。

しょうがない、あんたは置いていくよ

どれも薄汚れている。破けているもの、ケチャップやコーヒーのシミがついているもの。
誰かの名前や外国の言葉で落書きがあるもの。
全てが訳アリ商品だ。
その中で、表紙の無い一番大きな本を私は手に取った。

異国の文字で書かれたその本を、
「グッド! グッド! 」
少年は親指を立て、顔いっぱいの笑顔を私に向ける。

“一番高いのを売るつもりなんだ、その手には乗らない”
私は身構えながら本を開いた。

―― それは、驚くことに私がかねてから気になっていた一冊だった。

偶然の出会いに驚き喜ぶ私の横で、少年は
「バイ! バイ! 」
とさらに声を張り上げる。

とはいえ自称ミニマリストトラベラーの私には、
辞典並みのこのLLサイズ1冊をバックパックに入れる余裕はない。
答えは明白だった。
分かっている、が迷う。
欲しい、欲しい、どうしても欲しい!

10分も悩んだろうか、痺れをきらしたオランダ人学生にせかされ、
私はしぶしぶ本を元に戻した。そして、気が変わらないうちにと、叫び続ける少年を残し急いでその場を立ち去った。

心の暴走が止まらない

ボンベイの昼は暑く、長い。
多くのバックパッカーは、日中クーラーや扇風機のあるカフェでメールをしたり本を読んだりして過ごす。

数日後、私はいつものゲストハウスそばのカフェを訪れた。
例のオランダ人学生が椅子に深く体を沈め、
足を投げ出し読書の真っ最中だった。

「元気? 今日も暑いね」
私のあいさつに、彼は本から目も離さず答えた。
「いやぁ、この本なかなか面白いね」

“ん? ?” 嫌な予感……

何を熱心に読んでいるのかと思えば、私が泣く泣く置いてきた、お気に入りのあの本ではないか。

“なぜ? ? ?”

私のものとなるはずだった本が、なぜ彼の手中にあるの?
得も言われぬ怒りと、ドロドロとした黒い感情が私の中に広がった。
納得がいかない!あの時は全く興味がなかったではないか。

卑怯者!! と本を取り上げ怒鳴りつけたい衝動をかろうじて抑え、習ったばかりのヨガの深呼吸をしてみたが、心拍数は上がるばかりで効果はない。

どうにもこうにも気持ちが収まらない私は、この分厚い一冊を丸ごとコピーすることにした。
我ながら名案だと思ったが、読書の途中に本を取り上げられた彼はたまらない。最悪な気分だったはずだ。
それとも、これも仏への修業と、鬼の形相と化した私を静観していたか。

炎天下、何処かにあるだろうコピー機を探し、錆びた自転車を走らせた。
ジリジリとボンベイの太陽が腕を焼く。
壊れたマフラーから吹き出る排気ガスを吸いながら、
私は埃にまみれたインドの街を必死にペダルを踏んだ。

まさか、こんなところで

その本と再会したのは、半年後のことだった。

文字通り汗と涙で手にしたあの本だ。
1ページ1ページコピーし、穴を開け、製本し、青の紙を表紙に選んだ。
作業が済むと、苦しいまでに執着していた気持ちは消えていた。
まさに憑き物が落ちた感じだった。

結局、本はバックパックには収まらず、目を通すこともなく郵便局から船便で日本に送り、どこを寄り道したのか3か月もかかって日本にたどり着いた。その後は開かれることもなく、何か月も忘れ去られていたのだ。
 
本棚の整理か、別の本を探していた時だったと思う。
たまたま下段のぎっしり詰まった本の間から引き出したのがこの本だった。自分の部屋で見るくたびれた青い表紙は、インドで見たそれとは別物のような不思議な感じがした。

表紙を開く。

メッセージは 突然現れた。

予期せず目に飛び込んできた文字たちは、印刷の一部なのかと思うほど本のデザインによく溶け込んでいた。

卑怯者!と私が心の中で罵ったオランダ人学生が書いたに違いない。
いつ彼が書いたのかはわからない。
ただ、静かに発見されるのを待っていたかのようだった。

それは右上がりの不揃いの文字で、こう記されていた。

今一度、この本を得るためのドタバタを思い出してみてください
本を手にした今、あのストレスや苦労が本当に必要だったでしょうか

これからも悩んだり、迷ったり、手放せなかったりすることでしょう
でも、あの時のような執着があなたを幸せにするでしょうか

今ならきっとその答えがわかるはずです

神様が彼のペンを借りてメッセージを送ってくれたような気がした。
そして、そろそろ効果があるかなと、タイミングを見計らって出てきたのだ。

欲しい欲しいとドタバタやって、インドの街を駆けずり回り、手に入れたところで満足して。本を得るために湧き出てきたエネルギーも相当なもの、
それも、読みもしない本にだ。滑稽すぎて情けない。

修業の足らん私は、今だってあれもこれも足りないと思うことがある。
なぜか素直に自分の非を認められないことも、どうしても赦せないと我を張ることも。そんな時、

「手放してごらん、何にをそんなに執着しているの」

インドの埃と排気ガスの匂いとともに、青い表紙のメッセージが私に語りかけるのだ。


最後まで読んでくださってありがとうございました。
みなさんも、心の暴走経験ありませんか。
共感していただけたらスキ♡を押してもらえると嬉しいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?