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【食エッセイ】失恋と死に直面した日を思い出す味「吉祥寺 タパスタパス」

 大学4年間は母校がある吉祥寺で過ごした。当時の主な遊び場は駅北口周辺。吉祥寺の顔・サンロードに入ってマックを通り越して靴屋を左に曲がると、カラオケや漫喫、サンマルクカフェや居酒屋チェーン店が集まっていて、ここだけで十分に遊べた。当時はプリクラ全盛期でLoftの地下には常に最新モデルがあり、暇さえあれば友人たちと撮っていたっけ。金欠時には井の頭公園で散歩したり、ベンチに腰掛けてぼーっと過ごしたり。飲み会の後や暑い日には駅前のサーティーワンでポッピングシャワーを食べるのがお決まりだった。飲み会後にアイスなんて今ではもう絶対にできない。サーティーワンを見る度にいつ食べても太らなかったあの頃を思い出す。

 吉祥寺は服を買うにも申し分ない。伊勢丹(現コピス)と東急百貨店、PARCOにはコンサバ系ブランドが入っていて、PARCOの裏側にはほど良くギャルな店もあった。井の頭公園に向かう通りには民族系の店や古着屋が並んでいて、メンズもよく買っていたと記憶している。吉祥寺だけで幅広いジャンルのファッションを手に入れられた。

 飲んで、歌って、買い物してが大半の大学生活。こんな具合で遊び倒していたから学生のわりに外食が多かったと思う。とはいえ、行くのは安いチェーン店が中心で今ほど舌は肥えていなかった。そりゃ美味しいのに越したことはないけど、当時は味より量重視である。

 そんな大学生活で唯一惚れ込んだ一品がある。それが、パスタ店「タパスタパス」の「タパス風スパゲティ」だ。

北口前。人の多さに圧倒され遠慮がちに撮影。

 北口を出て左に進んでサーティーワンを通り越し、しばらく歩いた左手のビル2階にある。店の入れ替わりが激しい吉祥寺で20年以上続く人気店だ。

赤い看板が目印。昔は青ベースで、おなじみのタコがもっとデカデカと描かれていた。

 吉祥寺以外だと渋谷や中野などに店舗がある。チェーン店だが、店の佇まいや味がチェーン店らしくないところが昔から好きだ。以前は吉祥寺に2店舗あり、もう1店舗は東急裏のヴィレッジヴァンガードの2階にあった。そこも人気店だったが、惜しくもコロナの打撃によって閉店してしまった。そちらにはあまり行かなかったものの、大学への道中にある馴染みの店だったので閉店を知った時は猛烈に寂しくなった。

 今でも2ヶ月に1回は美容院に行くため吉祥寺に訪れる。その際、時間がある時はタパス風スパゲティを食べに行く。

20年前と全然変わらない店構え!
タパス風スパゲティ(大盛り)

 エビ、イカ、あさりと刻みニンニクが入ったオイルベースのパスタ。ピリッとしたニンニクとプリッとしたシーフードの旨みを存分に感じられる。それに海苔って合うの?と思う人もいるだろうが心配御無用。全体の味を邪魔することなく柔らかに己の存在をアピールしてくれる。たっぷりのニンニクとオリーブオイルの前では海苔も従わざるをえないのだ。
 ニンニクが効いているのにどこかまろやかさも感じられるのがこのパスタの魅力である。ニンニクの旨みがシーフードと絡み合うとまろ味が生まれるのだろうか。見た目以上に奥深い味で、ニンニク好きがハマるのはもちろん、一回食べたら好きになること間違いなしだと思う。

 美味しさもさることながら思い出もたくさん詰まっている味である。タパスタパスはドリンクバーがあるので長居でき、話好きの学生にはもってこいの場所だ。失恋話やたわいもない会話をしながらこのパスタを食べていた。会社員になってから吉祥寺の営業先を担当していた時期があり、昼休みに駆け込んでは大盛りを平らげ、午後の勤務に励んだ。どんなにイライラしていてもこれさえ食べれば機嫌が良くなったなぁ。

 数ある思い出の中でも、最も鮮明に覚えているのは今から10年以上前のこと。たまたま休みだった親友が後輩を連れて吉祥寺に来ていて、仕事の合間に一緒にここで食べていた。その後私は仕事だったので、歯磨きをするためにトイレに向かった。トイレは一つしかなくこじんまりとした空間。大きな鏡の前で″あぁ仕事めんどいわぁ〜″と思いながらシャコシャコ歯を磨いていた。

 次の瞬間、トイレが大きく傾いた。何事かと思うとすぐさま反対側に傾く。地震だ。すぐに止むだろうと思い磨き続けたが、揺れが収まる気配はない。鏡越しにトイレ全体が振り子のように揺れている様を見て、ようやくやばい状況だと気がついた。大きく揺れるなか、狭い個室に閉じこもっている。死ぬかもしれないと思った。

 慌てて口をゆすぎトイレを出ると、親友が私の荷物を持って待っていた。私がなかなか出てこないから心配で、荷物を持って待っていてくれたのだ。彼女は賢い女性で、どんな状況でも的確に対応できる。大きく揺れるなか「さすがだわぁ」と感心していた。

 「きょんちゃん、早く!」と言われると我に返り、すぐさま親友と外に飛び出た。道路には人が溢れかえっている。いくら普段から人通りが多いとはいえ、道路にあれほど人が集まったところを見たことがない。しばらく道路で大量の人たちと余震を警戒していた。人々の不安と恐怖が入り混じり、辺りには異様な空気が漂っていた。

 後日、この地震は東日本大震災と名付けられた。

 タパス風スパゲティには、大学時代の青春から命の危機を感じたあの日までいろんな思い出が詰まっている。食べる度に懐かしい思い出も、忘れてかけていたことも当時の感情とともに蘇る。私にとってタパス風スパゲティは、これまでの軌跡を振り返られる味。地震を経験してからは、食べる度に″生きている証″とも思うようになった。

 これだけいろんな経験を共にしたからこそ、このパスタは食べ続けないといけないと思っている。もちろん美味しいから食べたいのだけど、自分が生きていることを実感するためにこれからも食べていきたい。ここ最近は一人で行くことが多いから、新しい思い出をつくるためにも次回は親友や彼を連れて食べたいと思っている。


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