頭をスッキリさせる薬
頭の中のごちゃごちゃした雑念をすっきりさせるための薬を飲み始めた。
そのおかげで頭の中がとても静かになった。ただ困ったことがあって、それは薬を飲み始めてから文章が書けなくなってしまった、ということ。文章を書いているときに頭に思い浮かんだ言葉たちが、くっついたり離れたりしながらばらばらに空中分解していくような感覚になる。それらを必死に繋ぎ止めようとするのだが、糸がたわんでビーズの穴になかなか入らないように、ピンと調律された弦がぐわんぐわんとたわんで間抜けな音になってしまうように、文章がちぎれてどこかへ飛んでいってしまうのだ。さあ、こまったこまったぞ。今これを書いている時もそうで、すこし気を緩めるとたちまち続きを書くのが億劫になって、キーボードを叩く手が止まってしまう。
前までは、頭の中にちいさくぽっかり空いた穴があって、そこに言葉や絵や考え事やらを流し込むことでぽっかり空いた場所を埋めようとしていた、気がする。ごうごうと音をたて飛沫を上げながら、いっせいに穴へ向けて流しこんでいた情緒の流れが、今はもうない。薬を飲むようになってからというもの、凪の海辺のように、穴の塞がった風呂場の水面のように、ただ穏やかな水平線が広がっている。それはそれで美しい情景なのだけれど。だから、波の立たない海でいくら帆を広げて待ってみても以前のように何処か空想の世界へ飛んでいったり、なにか突拍子もないアイデアが浮かぶことがなくなった。
それって落ち着いたってことじゃん、前みたいに一晩中目が冴えて何かに没頭したり、意味もなく焦りを感じてドタバタすることがなくなったってことでしょう?と、自分をよく知る人は言うかもしれない。うーん、たしかにそうなんだけど。きっと自分は欲深い人間で、いつもないものねだりをしているのだと思う。
そりゃあんた、買い被りすぎ、とナナは言うかもしれない。ナナは我が家の三毛猫で4匹もの子猫を産んで育てた人生の先輩だ。あんたがどうあがこうともアタシの働きに比べたらネズミ1匹にも満たないワヨ、と言わんばかりにこっちを睨みつけている。そりゃ、前に比べたら文章を書くのがタショウは面倒になったでしょうヨ。でもそれがどうしたってのサ、そういう愚痴は、立派に自分のエサ代を稼いでから言ってヨネ。それとアタシのご飯も忘れないデヨネ、と言わんばかりに餌の隠し場所の前で鳴いている。
結局、結局ラクしたいだけ。結局、楽したいだけなのだ。
ハイヨーっと書き上げられるような何かはもう浮かばない。
ヘイメーン、映画のチケット余っていたら一枚ちょうだい〜。
チェケチェケ…。
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