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海の見える町と猫 3話

 実は十月頃、あたしは少しややこしい恋愛をしていた。というのも、少し前まで付き合っていた林君が、もう一度やりなおそう、と言ってきたのだ。あたしはうだうだと迷ったあげくそれを受け入れた。けれど、やっぱりだめだった。いつの間にか好きは冷めていて、あんなに離れたくなかった林君はただのかさばる男になっていた。好きっていつかは冷めるものですよ、とあの猫だったら言ったのかもしれない。
「別れよう」
 最初にそう言ったのは、あたしじゃなくて林君だった。
「ごめん、あかりちゃん。やっぱり、俺たち駄目だったみたい」
 あたしはあっけにとられた。耳のどこか遠いところで、そうなんだ、と言っている自分の声が聞こえる。他に好きな女ができたんだ。そう言って林君はあたしから離れていった。びゅうっと冷たい風が吹いてきて、背中に当たった。

 林君は、まるっきり妙な男だった。声も、しぐさも、立ち振る舞いも、まるっきりへんてこだった。男らしくなかったし、むしろ人間としてもへんてこだった。一番彼に近いものは、猫。しかも気まぐれな野良猫。人の気なんて考えていない。

「だけど、あたし、彼のそういうとこ嫌いじゃなかったなあ」
 川の駅のテラスに座って、あたしは猫と一緒に町を見下ろしていた。小さな町だった。ここから海は見えないけれど、うっすらと磯の匂いが漂ってくる。川沿いには木造の町屋が並んでいて、コンクリートで出来た建物はこの川の駅だけだ。異質なもの同士。混ざり合えない関係。まるで、あたしと林君みたいだ。そして、人間と猫みたいだな、とも思った。
「あかりさんは、結婚はしないんですか」
 猫は、あたしの話を聞いているんだか聞いていないんだ分からないようなことを言った。
「こんなのが親じゃ、子供が可愛そうですよ」
 気の利いたことを言ったつもりだったが、猫は少し悲しそうな顔をした。
「それは子供に失礼ですよ」
 言って、猫は少しヒゲを撫でてから
「子供には子供の可能性があります」
 いかにも真面目そうに言うから、あたしは思わず笑った。それから、この猫が好きだな、と思った。

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