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「鬼フィードバック」の編集が企画から発売までの経緯をだらだら書き綴る

2021年9月17日
僕がこれまで関わった書籍の中でも異質な本が発売されます。
それが「鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し"で育つ」です!
著者は元任天堂のデザイナーで「勝てるデザイン」の著者でもある前田高志さん。そして、前田さんが主宰するコミュニティである「前田デザイン室」の皆さんです。

※鬼フィードバックについての詳細は前田さんのnoteをご覧ください。

書籍編集としては、それなりに実績を積んできたつもりですが、今回の書籍はかなり異質でした。せっかくなので、その辺りについて簡単にまとめておこうと思います。

元任天堂という名前が持つ威力

鬼フィードバックの書籍化は、「ブログ飯」などで有名な染谷昌利さんから持ち込まれた企画です。

「そう言えば、この話が来たのっていつだっけ?」

と思ってメッセンジャーを見返してみると、なんと2020年9月17日でした。そう、きっかり発売日の1年前なんですね。

ちなみに、染谷さんから来たメッセンジャーの内容はこちらです

スクリーンショット 2021-09-11 8.17.08

僕はいわゆる1人編プロなのですが、染谷さんからはこんな感じで書籍の企画をけっこういただいております。

共著もあわせると50冊以上(?)も執筆している染谷さんですが、実は初めての書籍は僕が編集しているこちらの書籍です。

まあ、こちらは総勢17名という大所帯の共著で、しかも直後に単著であるブログ飯が発売されているので、「初の著書」と言ってしまうのは語弊があるとは思いますが。

で、この段階では、失礼ながら僕は「前田高志」という方を存じ上げておりませんでした。

ただ……制作物に関わっている者としては「任天堂のものづくり」については一目どころか十目くらい、一歩間違うと信仰に近い感情を持っているので、「任天堂のノウハウを知ることができるのなら、それは面白いし売れる本になる!」と感じてました。

そして、染谷さん経由で前田さんから書籍の企画書が届きます。

そこには、前田さんの実績と数十にも及ぶ「鬼フィードバック」の実例が載っていました。それを見て僕は確信します!

「これは絶対におもしろい本になる!」

そして、ふだんから「非常に」お世話になっているMdN編集部の後藤孝太郎さんに企画書を送ったところ、予想通り非常に好感触でした。デザイン書を数多く出版しているMdNさんも(MdNさんだからこそかもですが)任天堂という名前は魅力的だったらしく、出版会議でもスムーズに企画が通ったそうです。

実はここ、企画が通っていたのに、僕が「まだ内定」と勘違いしていて、進行に若干の支障をきたしておりました……

紙面と全体の構成を検討

さて、企画が通った後に編集がする仕事は、全体と紙面の構成を決めて正式な執筆を依頼することです。

今回は、すでに数多くの既存原稿があったので、それらをもとにして構成を考え、再編集を行い、不足しているジャンルについては新規で追加してもらうという方向性になりました。ちなみに、紙面構成を作る際にテスト原稿として使用させていただいたのがこちらのnoteです。

そして、作成した紙面構成のラフ画がこちら(めっちゃラフです 笑)

イメージ_ページ_1

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当初の構成案はこちら(長いので読まなくてイイです)

●全体構成イメージ
Step1.良いデザインをつくるために(概論パート)
Step2.目的を明確にしよう(鬼フィードバックパート)
Step3.情報バズーカとなっているか(鬼フィードバックパート)
Step4.最悪のお客さんと会話する(鬼フィードバックパート)
Step5.デザインを子だくさんにしてみる(鬼フィードバックパート)
Step6.細部にこだわる(鬼フィードバックパート)
付録:赤字が入った事例、初案から完成までの流れを掲載

●Step1 概論パートの項目
●●良いデザインをつくるための5つの方法
1.ゴールを設定する
2.強い動機を持つ
3.柔軟になる
4.細部にこだわる

●●アートとデザインは比べるのはナンセンス
・デザインとアートの違い
・アートの力を借りて問題解決するのがデザイン
 デザインは動作、アートは手段
 デザインの中の魅力ポイントがアート

●●デザインの誤解から目覚めよ
・デザイン=おしゃれではない
・目的のための機能を果たしてこそのデザイン

●●デザインは内側にあるストーリーを伝えるもの
・デザインで志を再定義

●●100時間のミーティングより1回のアウトプット
・アウトプットがないミーティングは机上の空論にすぎない
・ビジュアルで旗を作りプロジェクトを引っ張る
・ミーティングを繰り返すより1つのアウトプットがあるほうが断然速い

●●デザインには「よい」と「わるい」しかない
・デザインは伝わるスピードが速い。目的が伝わるものがよいデザイン。伝わらないものは悪いデザイン

●●よいデザインは固い
・これ以上動かしようがないものがよいデザイン
・固いデザインを生み出す方法は沢山のデザインを生み出すこと

●●依頼は一旦すべて受け入れる(誤解を生じやすいかも。ここは省く?)
・すべてを受け入れた結果、ダメなデザインになってもよい
 ダメなものがあって初めてよいものがわかる
 依頼通りのものを作らずに「こちらの方がよいのでは?」と言っても理解されない
・受け入れた上で、更なる高みを目指す

●●くみ取り力の重要性
・ゴールを明確にして本質を知る
・困ったときはクライアントと雑談をしてみよう

●●クオリティポリスからの脱却(説明が難しい? 省いた方がよいかもしれない)
・必要以上に細部にこだわりすぎると全体を俯瞰してみられなくなる
・全体のクオリティを上げるためのこだわりは捨てない
※ここまでは概論で以下からは鬼フィードバックパートの各Stepについて解説します。
※ここまでとここからで、Stepを分けてもいいかもしれません

●●グラフィックデザインは情報バズーカ
・デザインには無数の心遣いが詰まっている
・よいデザインは膨大な情報を一気に伝える「速さ」と「衝撃」を兼ね備える
・よいデザインは、テキストで説明すれば膨大な量になる情報を爆発的な速度と衝撃で伝える
 何万文字にもなる心遣いが「なんとなくよいデザイン」に繋がる
・情報の優先順位(大きく見せるべき情報と小さくてもよい情報の区別)
※掲載する情報は多くすべきか厳選すべきか。その基準についての解説があれば。

●●デザイナーがコピーを考えたっていい(デザイナーの本としては微妙。ただ作例ではコピーの内容にまで言及しているので必要かも)
・デザインは文字が9割(NASU本ではなく、前田さんがツイートしていたコメントですが、これはいいキーワードだと思うので使いたいです)
・デザインとコピーをセットで考えることがゴールへの最短ルート
・コピーはライターだけのものではなく、デザインもデザイナーだけのものではない
 それぞれが「こうしたい」という思いがあるのなら伝えるべき
※写真やイラストなどを選ぶポイントなどがあれば追加したいです。

●●最悪のお客さんと会話する
・専門家ではない人、意地悪な人が見た場合のことを考える
・客観視の重要性
・自己肯定と客観視

●●デザインは子だくさんの方がよい
・1つの案に固執しない
・デザインを子だくさんにするために

●●細部へのこだわり
・読ませる書体と見せる書体(フォント選びのポイント)
・文字詰と行間
・色について

このあたりを元に、僕とMdNの後藤さん、染谷さん、そして前田さんと前田デザイン室のコミュニティマネージャーである浜田綾さんとで、Slackで内容を詰めていくことになりました。

実は、この構成案の時点で、書籍「鬼フィードバック」が目指すべき方向性からズレていたんです。それが、以降の迷走に繋がります。

「読者にとってためになる本」というコンセプトに固執

僕はこれまで、たとえば「アプリケーションの使い方」や「Web制作に役立つノウハウ」のような、いわゆるHOW TO本をメインに編集してきました。そのため鬼フィードバック本についても、「デザインに役立つ」という視点で構成を考えていました。

「デザインに役立つ」とは、たとえば「色使いに困った時は、○○を参考にしてみよう」とか、「レイアウトがしっくりこない時は、○○を意識しよう」とか、課題に対する解決策を示す「逆引き」の構成をイメージしていました。以下にあるようなアプリケーション解説本をイメージしてもらえればわかりやすいかと思います。

ちなみにこの本、依頼したデザイナーさんの1人がバックレたので、僕が半分くらい書く羽目になりました……

さらにちなみに、ちゃんと執筆してもらったもう一人の著者さんは鬼フィードバックのエディトリアルを担当した佐藤さんです。本当に、いつもお世話になっております。

前田さんや浜田さんから「鬼フィードバックは最初から最後までのやりとりを通してこそのコンテンツ」である旨をお伝えいただいていたのですが、この構成案の段階では、僕が必要以上に逆引きにこだわっていてたので、「じゃあ、いったんそれで進めてみましょう」という感じになっていました。

で、そういう意識のまま構成を考えていったのですが、どうもしっくり来ないんです。

たとえば、「レイアウトに違和感がある時にどう対処するか?」という切り口で、鬼フィードバックのやりとりを引用してみても、「なるほど!」という感覚にならないんです。

特に序盤のコンセプト作りの部分は、「情報バズーカ」や「最悪のお客さん」などのキーワードがかぶるので、同じ「解説」の繰り返しになってしまう。

結果、読んでも「役立っている」という実感が得られない。

それから数ヶ月、本来なら間違ったコンセプトである「役立つ」ための構成に四苦八苦する日々が続きました。

「勝てるデザイン」読了後に見えた光明

この迷走から脱却するきっかけとなったは2021年3月15日に発売された前田さんの著書である「勝てるデザイン」です。この本を読んだ時にこう感じたんです。

「今の構成、なにか根本的に間違っている」

その「なにか」を探るために、「前田デザイン室」に入会して、会員のみなさんが楽しそうに活動している様子を眺め、そして思い出したんです。

「そういえば、最初に鬼フィードバックの企画を聞いたとき、めっちゃ面白そうでワクワクしたなぁ」

その時、ようやく僕の中で「しっくりくる」コンセプトが見えました。

この本は「読んで役立つ本」を目指すのではなく、「読んで面白く楽しい本」を目指すべきだ、と。

逆引き本でも、それれを読んで「役に立った!」とか「わかった!」と感じたら、それは十分に楽しい本となります。わかることは楽しいんですよ。一方でわからないと不快になる。

でも、この本が目指すべき楽しさはそれじゃない。デザイナーとディレクターの、「こだわりのせめぎ合い」を眺める、ちょっと悪い言い方をすると、「デザインで悩んだり揉めたりしている人を眺めて面白がる」、そんなドキュメンタリーのような楽しさを目指すべきだったんです。

正直、コレに気がついた時にはめちゃくちゃ興奮したんですよ。で、翌日に前田さんが青山ブックセンターで「勝てるデザイン」のサイン会をすると知って、どうしてもこのことを伝えたくて、アポなしで突撃しちゃったんです(ちなみに、この時が初対面です)。

そこから先は、これまでの停滞が嘘のように急ピッチですすみました。
前田さん、浜田さんと一緒にMdNさんに伺って後藤さんも交えて、ちゃんと顔を突き合わせて話し合いをして、方向性を決め、スケジュールの候補を決め、具体的な動きがスタートしました。

「勝てるデザイン」を読んで、前田さんのデザインに対する考え方を自分なりに理解し、前田デザイン室の空気感を肌で感じて、ようやく道筋が見えたんです。そういう意味では、「鬼フィードバック」は「勝てるデザイン」のお陰で出版できた本なんです。

ただ……

これ、言っていいのかわからないんですが、実は「勝てるデザイン」って、僕が聞いていた限りでは、2020年内に発売されるはずだったんです。つまり、「予定通りに発売されていたら迷走期間ももっと短かった」んじゃないかなーと、軽く責任転嫁しておきます。

具体的な作業がスタートしてからも、かなりいろいろなことがありました。

書籍掲載用に、前田デザイン室のメンバーに鬼フィードバックを受けてもらったのですが、そのやりとりの量が本当に「鬼」で、「このままだと予定ページを大幅にオーバーするのでは?」とハラハラしながら眺めていました。そして案の定、大幅にオーバーしてしまい、土壇場になってページ割りにめちゃめちゃ苦労しました。まあ、今となってはいい思い出ですが。

このあたりについて、あまり細かく書くとそれだけで1万文字超えそうなので、今回は割愛します(もしかしたら、あとで追記するかもしれません)。

ちなみに、表周りのデザインも、MdNの後藤さんと前田さん、そして前田さんの会社であるNASUに所属する久本さんとの間で、まさに鬼のようなフィードバックが行われた結果、生まれたものです。おそらく、こちらについては後日、前田さんか久本さんからnoteの記事がアップされると思います。

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で……

ここで「鬼フィードバック」本を制作していく中で思った、前田さんや前田デザイン室メンバーに向けたフィードバックをしていこうかと思います。

ちなみに、僕は、ものづくりの過程で、もめ事の一つや二つ起きるのは当たり前で、むしろ何事もなく進行すると物足りない、という厄介な人間です(笑)。なので、あえてこういう波風立たせるようなことを書いてみようかなと。

前田さんに対しては、もうこれ1択ですね(笑)

スケジュールが遅れる場合はご一報ください!

今回の書籍では、原稿の執筆は鬼フィードバックを受けたメンバーの皆さんが書いています。その際、僕は「原稿には魂の叫びを込めてください。前田さんのフィードバックに対する不満があればそれも思いっきりぶつけてください」とお伝えしました。そして、みなさん思いっきり魂の叫びをぶつけてくれました。

ただ……

出てきた不満の大半が「前田さんからの音沙汰がない」とか「待たせすぎです」という、前田さんのスケジュールに対する苦情でした(笑)。

「面白い本」を目指した段階で、文句や苦情が出れば出るほど面白くなると踏んでいたのですが、さすがに同じ苦情ばかりというわけにもいかず、全体のページ数もオーバー気味だったので、書籍に掲載されている原稿では、そこを削除しております。まあ、それがなくても十分に面白い内容になっていると思うので、なくていいかなと。

前田さんがお忙しいタイミングで、しかも絶え間ない鬼フィードバックの実施で疲れ切っていたいうのは伺っておりました。また、浜田さんのサポートもあって、致命的な遅れにはならなかったのですが、

できたら「忙しくて2〜3日動けない」みたいな一報が欲しかったかなぁと(笑)。

それと、これは不満とはまったく違いますが、僕個人として残念に思うことがありました。それは、前田さんとまったく「揉めなかった」点です。

今回、前田さんがめちゃめちゃ忙しい状況だったこともあり、ほとんどが窓口として対応いただいた浜田さんとのやりとりでした。

浜田さんの本業は編集ライターとのことなので、その部分については、揉めるとまでは言いませんが、そこそこ意見をぶつけ合えたかなと思っています。

ただ、前田さんとは、あまり意見のぶつけ合いみたいなことがあまりできなかったように感じています。今後、さらに大物になるであろう前田さんと「ものづくりでぶつかり合う」ことができる、数少ないチャンスだったと思うので、そこは残念でした。

もしかすると、こちらからの案に対する前田さんの第一声が「すばらしい」とか「すごい!」とか、ほとんどが肯定から始まったので、自分の中で揉めたという意識が湧かなかったのかもしれません。それもフィードバックのテクニックだとしたら、もうさすがとしか言えないです(笑)。

※今にして思えば、僕自身が鬼フィードバックに参加してたら、それもできたのかもです。正直言うと、手を挙げかけたことも何度かあるんですが、さすがに編集作業と同時並行は無理だったので……


前田デザイン室メンバーの方に向けてのフィードバックはこちらです。

デザインの基礎だけじゃなくデータの基礎も知って欲しい

これ、実は前田デザイン室云々というより、デザインを学ぶ人に共通する課題だと思っています。

デザインをする際、実際の「見栄え」や「完成度」を意識しない人はいません。ですが、データの「見栄え」や「完成度」を意識しない人は、結構な割合でいます。

デザインデータを納品する際には、かならず守らなければならない仕様があります。

印刷物のグラフィックデザインであれば、具体的には基本的にフォントはアウトライン、画像はリンクではなく埋め込みに、トンボ(トリムマーク)、裁ち落とし対策などです。

Webデザインであれば、単位はピクセルに、サイズは偶数にするなどが代表的でしょうか。最近のWebデザインは、単純な見栄えよりもアクセシビリティを重視する傾向が強いので、色使いもCUDを意識する必要があるでしょう。

実は鬼フィードバック本でも、印刷データのトラブルはかなり発生しました。それらについては、僕とエディトリアルを担当したデザイナーの方で修正したので実際に発売されている書籍では、(おそらく)無事印刷されているはずです。

このデザインデータについては、鬼フィードバック本にある前田さんの言葉を借りれば、「デザイナーが自らが学んで身につける」知識です。

もしデザインを生業にしたいのであれば、ここを疎かにしないで欲しいと思っています。

鬼フィードバックはデザインを楽しむ本

いろいろあってようやく発売にこぎ着けた「鬼フィードバック」。

苦労した分、いろんな人が手に取って欲しいと願っています。ただ、個人的に一つお願いしたいことがあります。それは、

「立ち読みでも、試し読みでもいいので、買う前には軽く中身を見てからにして欲しい」

ということです。

「鬼フィードバック」はこれまでなかった本です。なので、事前情報がないままに手に取ってしまうと、違和感を覚える可能性があると思っています。それは、おそらく僕が迷走するに至った「デザインに役立つ本だと思って手に取った人が抱く違和感」です。

鬼フィードバックは、具体的に「デザインの”何か”に役立つ本」ではなく、「デザインが変わっていく過程を楽しむ本」です。そして、読み進めていくうちに、デザイナーとしての思考が自然と身につく本です。

デザインの役に立つ本を求めていた人が鬼フィードバックを手に取ったら、もしかすると「騙された」という印象を抱くかもしれません。ですから、この本はレビューで賛否両論が分かれる本だと思っています。

でも、僕個人としては、絶対に面白いと自信を持って言える本なのです。



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