初めての能で感じたえげつない周波(体験レポート)

一応日頃、ちゃんと大学生をしております。そんな私が学んでいるのが日本文学。文学部日本文学科なもので日頃いとおかし的なものやことと戯れているわけなのです。

日本文学と漠然にいえど、本当にさまざまな分野がありまして多方面から日本文学を学ぶわけです。上代、近世、中古などさまざまな時代の文芸作品にまつわることから、音楽や芸能であったり、実際に小説を書く表現の授業まで本当に色々。まぁ難しいもんで、必死に毎日レポートやリアペで単位という大学生が喉から手が出るほどに欲しいものを得るべく日々頑張っております。

今年の春学期に能の授業を取りまして、最終レポート課題を書くために国立能楽堂へ能を見にいきました。
初能鑑賞ということでその時のレポートを備忘録的に載せたいと思います。
もし、これから行ってみたいぞという方がいらっしゃいましたら是非ご参考にしていただきたいものです。
ちなみにこの日見た公演は能楽鑑賞教室という初心者向けのものでした。能は羽衣という演目でした。あらすじとかは書いてないです。なのでネタバレ無し、安心してください。
ど素人目線の感想兼レポートになってますが悪しからず、あーこんな感じでこの人はそんなふうに思ったのねふうんぐらいで見てください。


 人生で初めての能を見るべく、私は母を誘って2人で能楽堂に足を運んだ。見た感想を一言で表すとすればとてつもない周波を感じたといえるだろう。何が行われるか分からず終わってしまうのではないかと心配であったが、内容は能の前に概要を能楽師の方が説明してくれるガイダンスのようなものがあったことと、座席の前の字幕のおかげで困ることもなく理解することができ能初心者にとても優しいと感じた。
能の前に行われた狂言とは明らかに雰囲気が厳かになり、張り詰めた空気感の中でゆっくり幕が開きワキの人が出てくるところから圧倒感を感じた。女の人がゆっくりと舞台の真ん中に置いた松原を表現するための松が小さくて舞台セットには見えないと違和感を感じたが、お話が始まるとその作り物の松がそう見えなくなったことが不思議だった。
面を被った天人が羽衣を返して欲しいと泣いてるような演技をしている時に、手をおでこに近づけて俯く素振りをしていたが、その時に面の表情も悲しそうに見えたことがすごい興味深いと感じた。前日はいつもより長めの睡眠をとって能鑑賞に臨んだため眠くなることはないだろうと感じたのだが、地謡の方々がゆっくり歌い始めた時の周波数がとてつもなくてその日最大級の睡魔がきた。以前先生が能にはアルファ波が出ていると話していた理由を痛烈に感じた。寝てはいけないと自分の手をつねりながら見ている時に、地謡の人が歌う時には着物から手を出して歌っていない時は手を隠していることに気がついたが、何故そのようにしているのだろうと疑問に思った。
また、眠い分細かいところまで見て目を覚そうと考えたことが功を奏したのか、後見の人の些細な仕草にも気がつくことができた。天人が舞いを始めてしばらくすると、着物の裾が少々乱れたのか後ろからそろりと出てきて後見の人がサポートして直しているところを何度か拝見した。また単純に50分間正座をしているのも大変だろうと考えながら見ていたら、最後ワキが退場する時に若めに見えた男性が足をカクカクさせながら立ち上がっていて、プロでも足が痺れることもあるのだと少し微笑ましかった。一つの演目にかかる時間も50分ほどだったが、個人的に1番大変なのではないかと考えたのは笛の人で、楽譜もなくゆっくり進んでいるお話の中で多くの時間を吹き続けていることがすごいと感じた。肺活量と演目とメロディを覚えるのにどれだけ苦労するのだろうと感じた。
天人の羽衣纏ってからの舞いはそこまで大きく動き舞うわけではないのに、本当に天人なのではないかと感じさせるようなオーラや堂々とした風格を感じさせられたことがすごいと思ったし、最後以前授業でも出てきた着物の袂を振り上げる場面では思わず拍手をしてしまいそうになるほど見入ってしまった。鑑賞のルールが分からないのででしゃばった真似をすることが1番怖かったため、演目が終わってからどのタイミングで拍手をしていいかも分からずしどろもどろになってしまったので、映画のように鑑賞する時のルールが明確化されていると初めての人も怖くないと感じた。能を見ている時は自分も貴族になったのではないかと錯覚するほどの時間がゆったりと流れていくような普段味合わないような感覚に新鮮さを覚え、今流行りの言葉でいう整いを感じた。学生料金であれば映画を見に行くのと大して変わらないので、また初心者でも見やすそうな公演があれば積極的に見に行きたいと感じた。


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