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失くしたくない人たち


はじめに

前回にひきつづき「ナッジ」について。

「ナッジ」とは、おおざっぱにいうと、
「人間の心理を利用して行動を促す、さりげない仕掛け・優しいテクニック」
を指す。

「自由を奪われた人間は、誰かを憎む。調理師は給仕を憎み、ともに客を憎む」
という有名な言葉がある。
同じ行動や結論に至ったとしても、そのプロセスに「自由」があるか否かは、人間にとって重要な要素だ。
他人に命令されて動きたくはない。
だからコックはウェイターを憎み、ともに客を憎む。

だが、自由意思を尊重された形でさりげなく誘導されると、話は違ってくる。
悪い気はしなくなる。
すると人は動く。

そういう「さりげない誘導」がナッジだ。
ナッジは、人々の選択や行動を微妙に方向づける手法のことを指す。

利得獲得よりも損失回避

今回のテーマは、「損失回避」。

看板に「スピードを落とせ」という注意書が並ぶ危険な山岳道路があるとしよう。
自然豊かで美しい景色を楽しめる、バイクツーリングの人気スポット。

しかしこの場所は事故が頻発し、多くの怪我人や死亡者を出してきた。
みなスピードを出し過ぎ、カーブを曲がり切れずに事故を起こしていた。

この状況をなんとかしたい役所の担当者だったが、通常の警告看板では効果がないことも知っていた。

さて、どうするか。

ナッジを利用した新しい方法を試みた。
それがこれ。

この場所は、病院に収容されるまで約2時間かかります。

このメッセージを掲げたところ、事故率が激減したという。

ナッジ理論は、人々の行動をさりげなく方向付けることを目的としている。
この場合、看板に書かれた
「病院まで2時間かかります」
というメッセージが、ドライバーの認知と行動に影響を与えた。
ドライバーが自身の行動についてより深く考えるよう促す効果があった。

このアプローチは、

人間は利得よりも損失回避のほうにとくに敏感になる
(この例の場合はケガや苦痛の回避)

という行動経済学の原理を利用している。

失くしたくない人たちの操り方

このテクニックは協会の運営にどのように応用できるだろうか。
いくつか挙げてみよう。

資格更新を促す損失回避メッセージ

資格更新を行わない場合の具体的な損失を強調する通知を、会員に送る。

損失の例:

  • 資格失効によるキャリアの機会損失

  • 専門家としての地位低下

  • 再取得のための時間と費用

更新のメリットを強調するよりも、更新しないデメリットを意識させる。

早期申込み

早期申込み割引を設定し、割引期間終了後の追加料金(損失)を強調する。
参加者は割高料金を回避しようとするため、早期申込みが促進される。

資格を取得していない相手への損失提示

資格がないことによる具体的な損失を強調し、潜在受講者の行動を促す。

継続教育の推進

継続教育を怠った場合の損失を強調する。
最新の知識やスキルを身につけないことによるキャリア上の損失などを強調する。

まとめ

今回題材とした「損失回避」すなわち、「人間は利得獲得よりも損失回避に敏感」という話は、2002年ノーベル経済学賞受賞者で行動経済学の先駆者であるダニエル・カーネマンらが提唱したもの。
彼らの研究によれば、「損失の悲しみ」は「利得の喜び」の2倍以上とされている。

たとえば、
株や投資で負けはじめた人は、利益を優先して合理的な意思決定をするのではなく、しばしば「損を取り返したい」という不合理な心理に囚われて大金をつぎ込んでしまう。
心理的な駆け引きにおいては、心が離れそうな相手に対して「自分がいることで生じる満足感」を感じさせることよりも「自分を失うことで生じる喪失感」を感じさせることが有効な場合がある。
期間限定セールや先着_名割引の手法は、「今買わないと損をする」という「損失回避性」に強く働きかけている。

ナッジには、ほかに、

  • 参照価値を踏まえた価格設定

  • 高額商品購入時の感応度逓減性

などのテクニックがさまざまあるので、順に紹介したい。




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