見出し画像

無駄打ちのナッジ

前回同様、ひきつづき「ナッジ」について。

(前回)

「ナッジ」とは、おおざっぱにいうと、
「人間の心理を利用して行動を促すさりげない仕掛け・優しいテクニック」
を指す。

エレベーターに乗ったらさっそく「閉」ボタンを押して早くドアを閉めようとする人は多い。
アメリカのエレベーターの「閉」ボタンは、その大部分が実際には効かないことを、ご存じだろうか。

「閉」ボタンはある。
だがダミーだ。

かの国の法律で、エレベーターのドアは一定時間、完全に開いた状態でなければならない(障害をもつ人が乗り込むのに十分な時間を確保するため)。
なので「閉」ボタンを押しても時間は短縮されない。

現在、アメリカで稼働しているほとんどのエレベーターには、「閉」ボタンに実質的な機能がない。
押しても何も起きない。
なら「閉」ボタンなんか要らないのでは、と思いがちだが、実際にはそのままダミーで機能しない「閉」ボタンがついている。

これにも理由がある。
「閉」ボタンがないと、人はストレスを感じるからだ。
「自分の運命で自分で制御できない」という状況が我慢できない。

だからボタンがあると押す。
押して、ストレスを減らす。

これはエレベーターだけの話ではない。
ニューヨークなどでは、信号待ちのボタンの多くは機能しないダミーだという。

しかしそれでも、人はボタンを押す。
子供などは何度も押しまくる。

ワードなどのドキュメントソフトにある「保存」ボタンにも、そういう心理的作用が生じるかもしれない。

今回のテーマは、「幻影効果」。

「幻影効果」とは、
「自分の行動が結果に影響を与えている」と人々が錯覚する現象。
さっきの「ダミーのボタン」が良い例だ。
実際には無意味な行動なのだが、何らかの結果をもたらしているように感じる状況を指す。

これは、「無意味な行動だとわかっている場合」にも起きる。
エレベーターの「閉」ボタンを、戦闘ゲームをしているみたいに、何度も何度も押している人を見たことがないだろうか。
あるいは、あなた自身がそれをしたことは?
そんなとき、やっている人は「連続打ちをしても意味がない」ことを知っていることが多い。

以下、このナッジを応用したアイデアを載せておく。
倫理的に「ん?」というものもあるが、あえて出しておこう。

ビジネスへの応用

  • 社員が温度調整できると思える(実際は効果のない)温度調節ダイヤルを設置し、快適さの感覚を高める。

  • コールセンターの「優先順位」ボタン:実際の順番変更はないが、顧客の不満を軽減する。

  • オンラインショッピングの「在庫確認中」表示:即時表示できる情報でも、検索している感覚を与える。

  • デジタル広告の「スキップ」ボタン:広告時間は変わらないが、ユーザーに制御感を与える。

  • オンライン学習プラットフォームの「進捗バー」:実際の進捗と異なっても、達成感を与える。

  • 機能的には不要でも、ユーザーに安心感を与える「確認」ボタンを追加する。

  • ホテルの「枕メニュー」:実際には大差のない枕を複数用意し、宿泊客に選択させる。選択することで快適な睡眠への期待感が高まる。

  • 小売店の「品質チェック」シール:商品にシールを貼り、顧客が剥がすことで品質確認をした感覚を与える。実際には全商品が事前にチェック済みであっても、購入者に安心感と関与感を提供する。

  • サービスの設定や商品のカスタマイズで、実質的な違いはないが選択肢を提供することで、顧客にコントロール感を与える(ユーザーインターフェースの色を選ぶオプションなど)。

協会への応用

  • 実際の影響度に関わらず、定期的なアンケートで会員に意見を求め、運営への関与感を高める。

  • コミュニティルール作成への参加:基本ルールは既に決まっていても、細部の調整に会員の意見を取り入れる過程を設ける。

  • 会員ランク制度:実質的な特典差が小さくても、活動度に応じたランク付けで貢献感を演出する。

  • オンライン学習進捗バー:システム管理されていても、会員が自身で進捗を記録できる機能を設け、達成感を高める。

  • 役割分担:実質的な割り当ては事前に決定していても、メンバーに役割の希望を聞く。

  • オンラインイベントやセミナー中に投票機能を導入し、投票結果が即座に表示されるが、その結果で何かが変わるわけではない。

  • 自動更新:会員の登録更新の際、更新リンクつきのメールを送り、クリックしてもらうが、実際には入会規約に「自動更新」が明記されている。

  • 会員に特定の「役職」を与え、責任感や所属感を強化する。実際の業務には関与しないが、名誉職としての地位を提供する。

余談だが、日本の一般的なエレベーターは「閉」ボタンが機能している。
ただし車椅子のボタンがついている場合、そのボタンが押されると、ドアは約10秒、開いた状態になるらしい(未確認)。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?