コンピテンシー・ベース授業の実現に向けて

中学校や高校でコンピテンシー・ベースの授業が実現するか否か、これが現在の私の最大の関心事です。

教育分野におけるコンピテンシーとは「知識や技能を活用するための思考力・判断力・表現力や主体的に学習に取り組む態度などの資質・能力」を指します。現在の学習指導要領においては、コンテンツ(知識・技能)とコンピテンシー(資質・能力)を合わせて「学力」と定義しています。

従来の学校では、教科固有の知識を覚えて再現できるようにすることに重きを置いた授業をしていました。これを「コンテンツ・ベース」の授業と呼びます。一方で、知識を活用するための思考力・判断力・表現力や主体的に学習に取り組む態度などの資質・能力を身につけることを重視した授業を「コンピテンシー・ベース」の授業と呼びます。

文部科学省は、コンテンツ・ベースを「何を学ぶか」を重視する授業、コンピテンシー・ベースを「何ができるようになるか」を重視する授業などとも呼んでいます。

もちろん、大人になって社会に出たら、何かを知っているだけで役に立つことはありません。もちろん、何かができなければ仕事上で活躍することはないでしょう。

では、なぜ学校では知識を身につけること(コンテンツ・ベース)を重視してきたのでしょうか。

これは、「実質陶冶(とうや)」という教育観に基づいているからです。科学が発達することで、生活する上で知っておくべき知識が増えています。昔は教育といえば哲学のような概念的なことを学んでいたのですが、この増え続ける生活上実質的に必要な知識を身につけることこそ教育なのだという考え方が発展してきたのです。その教育観には、「覚えた」知識は自然に「使える」という前提がありました。だから、学校においても、とにかく増え続ける知識を覚えるということが重視されるようになったのです。

ところが、いま社会では何が言われているでしょうか。「知識はあるんだけど頭でっかちで使えないんだよなー」というような言葉が溢れています。

つまり、「覚えれば自然に使える」という前提が崩れているのです。これにはいくつかの理由が考えられます。

①科学が発達し過ぎて、学校で教える知識が追いついていない。
②知識が高度化したため、それを使う力も専門的に養わなければならなくなった。
③社会が専門知識よりもコミュニケーションや人的つながりなどの面を重視するようになった。
④知識を使う力はそもそも家庭や地域で育むものであり、家庭や地域の教育力が低下した。
⑤スマホなど便利な機器の登場で子どもが育つ環境が変わった。

どれもありそうな理由です。実際、どれか1つではなく、これらが複合的に関係しているのではないかと思います。

理由はいずれにしても、知識(コンテンツ)を身につけるだけでは社会に役立つ人材は育っておらず、資質・能力(コンピテンシー)を学校で身につけなくてはならないのだ、と言われるようになったのです。

こうして、現在の文部科学省は、もっとコンピテンシー・ベースの授業をしなさい、と学校現場に求めるようになったのです。

話が長くなってきたので、一旦ここで切ることにしましょう。次回もこの話を続けたいと思います。

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