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喧嘩はディナーの後で

 
 時間に間に合わないから、ここは一旦謝っとこうと思ったわけですよ。で、ひと謝りしたわけです。さすがに心は籠ってなかったけれど。
「謝るのが早い!」
 速攻返ってきた言葉が、これ。
「早い、遅いの問題?」
 矛を収めかかっていたのに、ぶり返しちゃって、
「じゃあ、何時だったらいいの?」
 と、つい嫌味なことを。
「今じゃないことは、確か!」
「………………」
 息が詰まりそうな雰囲気に負けてFMラジオをつけると、運悪くというか、適っているというか、ハチャトゥリアンの『剣の舞』が流れてきた。慌ててすぐさまOFFにしましたけど。
「どうしたいの?」
 気を取り直して、僕なりに精一杯の思いやりを籠めて訊ねた。
「あなたはどうしたいの?」
「わからないよ。君はどうしてほしいの?」
「とりあえず、クルマ出せば」
「了解」
 明治通りを直進させていると
「どこ行くつもり?」
 妻が批難気味に訊いてきた。
「わからないよ」
「……どうして?」
 責め口調で詰めてきた。
「いい加減にしろよ。どうしたらいいんだよ」
「決まってるでしょ!」
「えっ?」
「レストラン、予約したんでしょ」
「………………」
「予約とれたの、奇跡だって言ってたじゃない。行けばいいじゃない」
「予約なんて、この際……」
「どうして?」
「………………」
「行かなくっちゃ……」
「美味くないだろ、こんな時にパスタ喰ったって」
「行かなきゃだめでしょ」
「楽しくないだろ、こんな気分で行ったって」
「そんなことはどうだっていいのよ」
「そんなこと?」
「行かなきゃだめなのよ!」
「だから、どうして?」
「わからない?」
「ああ、わからんね」
 謝ったのが、完璧にチャラになってしまった。
「そういうところが、腹立つのよ」
「………………」
「行って、そこで謝りなさいよ、ちゃんと」
「なんだよ、それ」
「あたし以外の人たちまで怒らすことないじゃない」
「はあ……?」
 
 一応、予約時間には間に合ったけれど、また最高のナイトビュー席に案内されたけれど、ムーディーな音楽とロマンチックな蝋燭灯で二割増し、いや三割増しの妻に改めて惚れ直すはずだったけれど、パスタの投げ合いにこそ発展しなかったけれど、全然楽しくなかったし、会話もゼロ、ソムリェとギャルソンに滅茶苦茶気を遣わせちゃって、散散なディナーとなってしまったことは言うまでもありませんけれど。
 笑っちゃいますよね。いや笑うしかないですよね。
 で、貴殿はこんな訳分からん、理不尽な事をパートナーに言われたことはありませんか? もうこの手の理不尽さには慣れっこですか?

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