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シズカとコズエと ➂


 3 湖畔の住まい

 生まれたばかりの子犬は母乳によって抗体と栄養素を与えられ、健康に発育していくという。シズカはわずかな母乳しか与えられなかった。シズルは獣医師の手を借りて哺乳期、離乳期を乗り越えることができた。
 離乳期のシズカは、丸っこくて見た目はぬいぐるみそのものだった。耳は小さくてもこもこの頭毛に埋もれていた。体毛は母犬と同じ白で、鼻先だけ黒く、頬にかけて墨のグラデーショがかっていた。
 いつも腹ばい状態で、後ろ足を開きお腹をべったり床につけて這いずり回っていた。ときおり歩き出そうと前足を立てるのだが、後ろ足は開脚したままなのでよろよろするだけだった。
 すぐに力尽きてうつ伏せ状態に戻ってしまい、頭と鼻を床にこすりつけていた。そんなシズカを見ていてシズルは後ろ足の筋力がないのかと心配していた。
 柴犬の血が混じっているのか、その頃のシズカは豆柴によく似ていた。母犬は紀州犬のミックス風だったから、いずれこの子も母犬のような成犬に育っていくんだろうなとなんとなく思っていたら、その通りになった。
 成長は早く、生後一年目には幼犬の面影はすっかり消え、がっしりした均整のとれた体躯に育った。心配していた足腰の方もしっかりして活発に走り回るようになった。 
 好奇心旺盛で、モノや音やらなんにでも興味を持ち、しつこいくらいにそれに執着した。温和な性格で、飼い主のシズルに対して従順。散歩が大好きで、うるさいくらいに吠えて催促した。 

 シズルの住む古民家は滝野湖のすぐ近くで、山道を下りきったところにある。外観は築年数相応の古めかしい感じだが、室内は前の住人のセンスのいいリフォームのおかげで、おしゃれな印象を与える。
 台所と居間の間には喫茶店のようなカウンターがあり、リビング中央に大きな欅の一枚板のテーブルと胡坐をかけるくらいの大きめの袖付椅子が四脚置かれている。
 シズルはひと目でその内装を気に入った。リフォームが施されていなかったら購入していたかどうかわからない。自然環境もさることながら、このちょっとおしゃれな居心地のいいリビングが決め手になった。
 照明を点けると、居間全体が暖かいオレンジ色のランプのような光で映し出された。電気は通っていない。発電機と太陽光パネルで補っている。決して明るいとはいえないが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 ――④に続く

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