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J1参入プレーオフ決定戦展望 

J1に勝てるならば熊本。その根拠

1ヶ月ほど前、「参入決定戦でJ1に勝てるとすれば、熊本」―そんな趣旨のことをツイートした。

J2側がJ1を相手にしても分が悪いだろうと推測するのは、ツイートに書いた通りで、個の勝負では太刀打ちできないという値踏み…いや実感だ。それは昨年J2→今年J1と舞台を変えて戦っている京都サンガF.C.を通じて痛切に感じていることである。

上記ツイート(10月16日)の時点で、プレーオフ進出の可能性があったチームの中では熊本だけが異質のスタイルだった。個の能力に大きくは依存せず、とにかく人数をかけて切り替えを速くして優位な局面を作り出していく熊本のサッカーならば、上位カテゴリーに対抗しうるのでは?一太刀浴びせられるのでは?と感じたのだ。

その根拠は、今年の京都だった。どういう訳だか、対戦相手になった。

個で敵わないならば集団で戦え!

主語を京都に変える。去年J2で勝点84を積み上げたチームは大きく陣容を変えることなく、今季J1に臨んだ。結論から言えば、想像していたよりも戦えた。と同時に、レベルの差も痛感している。

一番差を感じたのは、やはり個人戦術の部分。J1はひとつ一つのアクションにおける判断スピードが速く、J2ならば通せただろうラストパスが阻まれたり、J2ならば上がってこないタイミングと精度でクロスが上がってきたり…。

もちろん、単純に「高い!強い!速い!巧い!」みたいなフィジカルモンスターや超絶テクニシャンもいる。そこはまぁ人件費の差。感覚としては、J2では個の能力で圧倒できていたチームでも、J1に入れば並以下になってしまう。

それでも今季の京都にはJ1でも通用していた部分があった。具体的には、球際への厳しい寄せ・インテンシティの高さ、それを支えるタフさと粘り強さだ。シーズン序盤はハイプレスを剥がされて、J2とは次元の違う高精度カウンターに晒されたが、攻→守の切り替え意識を調整しながら徐々に対応できるようにもなった。

それだけでは足りない部分があるのでこの順位(16位)なのだが、半分くらいのJ1チームとは互角に渡り合えるところまでは持ってこられたと思う。ピーターウタカがシーズン途中から極度のスランプに陥ってからは「個」での打開はますます期待できなくなったが、集団で戦うことでJ1レベルに食らいついた。

個で敵わないならば集団で戦うしかない。

熊本は集団で戦うチーム

今季のロアッソ熊本も、90分通じて球際への寄せやインテンシティの高さを保ちながら、相手のポゼッションをプレスで破壊して即時奪回、縦に速く、人数をかけて攻めに出られるチームだ。基本構造が京都に似ているので、J1相手でも勝ちに持っていけるのでは?と考えた。

もちろん、熊本が「個の強さ」がないチームという訳ではない。圧倒的運動量をベースに空間を把握しながら絶品パスを送り出すMF河原創や若くして久保建英と比較されていた俊英MF平川怜をはじめ、DF菅田真啓、MF杉山直宏、MF坂本亘基、FW髙橋利樹など今すぐJ1から声が掛かっておかしくない「個」が粒揃いだ。

大木武監督は岐阜時代に古橋亨梧を原石から宝石に仕上げたように、有望な選手を独り立ちさせるのがとても上手い。しかしその個は集団の中でこそ輝く個であり、J1の助っ人外国人のように独力でどうにかしてしまうような個ではない。

大木監督のチームということもあり、今季熊本のゲームは結構見た。集団として連携を練り上げ、ワンタッチで繋ぎながらエリアに斬り込んでいく攻撃には何度もワクワクさせられた。多くの楽器がリズミカルに共鳴し合った末に主旋律をズドンと打ち込んでくるようなサッカーなら、不利なレギュレーションを跳ね返してJ1を打ち破る可能性があるのではないか、と。

しかし決定戦の相手は、J1の中で最もJ1らしくないチーム・京都サンガF.Cになった。

似た者同士の京都と熊本

熊本のサッカーならば、モンテディオ山形がそうだったように、ポゼッション志向の相手にハイプレスで対抗しながら運動量勝負に持ち込むのが一番想像しやすい勝ち筋だっただろう。だが、京都は違う。ハブvsマングースではなく、マングースvsマングースになった

今季のJ2にも京都のように走力×ハイプレス主体のチームもあったが、京都と比較できるほどのインテンシティを誇るチームはない。少しベクトルは違うが、新潟は強度が高かった。第32節、熊本が新潟相手に強度勝負で及ばなかったのは記憶に新しい。

逆に京都から見ても、熊本に近いスタイルはJ1には少なく、おそらく一番似ているのは京都自身ということになる。走力をベースに個への依存度が低いという視点ならサガン鳥栖や湘南ベルマーレも近いかもしれない。

鳥栖はJリーグ全体でも運動量トップレベルのチームだが、走り合い勝負で今季京都は鳥栖を上回っている。(8節京都117.1km-鳥栖115.148km/31節鳥栖107.76km-京都111.63km)。京都にとってこの手のタイプとは相性は悪くない。ただ鳥栖相手には得点が奪えたが、湘南相手には得点を奪えず、一撃に泣いた。

データから相性を探る

「参入決定戦で勝てるとすれば、熊本」という根拠をJ1での京都の戦いぶりから導き出していたものの、決定戦の相手がその京都というややこしい状況になってしまった。お互いベースの部分は似ているので、どこで相手を上回るのか?という話になる。

指向性は近いものの攻撃時の崩し方はウエイトが違っていて、熊本の方がボールに関与する人数、エリア内に侵入するための手数が多い。一方京都はJ2時代に比べて攻撃に絡む人数は減った。それは相手関係の差でディフェンスへのバランス調整によるものだろう。ただ、ピーターウタカ絶不調に伴って敵陣で起点が作れていないのは事実。これといった得点パターンはない。

データ上でも熊本は現在攻撃陣が好調で、とにかく点が取れている。

熊本の直近5試合の得点
 vs群馬◇ 5得点
 vs仙台◆ 1得点
 vs横浜◆ 3得点
 vs大分△ 2得点
 vs山形△ 2得点

5試合で13得点。うち4試合が複数得点。なおかつ得点パターンも多彩だ。

対する京都は守備が堅調(vsフロンターレはともかく…)。

京都の直近5試合の失点
 vs広島▲ 1失点(天皇杯・延長で+1失点)
 vs名古屋△ 1失点
 vs川崎◆ 3失点
 vsC大阪△ 無失点
 vs磐田△ 無失点

5試合で5失点。リーグ戦に限れば5試合で4失点。シーズン通じても34試合で38失点。もっと失点していてもおかしくないところをGK上福元直人が防いだりもしているが、それもまた戦力。

逆に熊本の失点数は直近5試合で11失点。京都の得点は直近5試合でわずか3得点とデータ上は正反対の弱点を抱えている。

レギュレーション上も熊本は必ず得点が必要な訳で、予想される構図は「攻めの熊本vs守りの京都」ということになってくる。

本当にそうだろうか?

焦点は「京都の攻め」

京都は基本的に撤退(リトリート)して守りに入らないし、守備偏重の布陣でもない。それでも今季はJ1で3番目、去年のJ2では断トツの最少失点(31)という数字になっている。

堅守のイメージなんてこれっぽっちもないが、リスクを賭けながらも「しっかり駆け戻れる=機動力」「際で粘りきれる=根性」「最後の砦・神福元」あたりが失点数が少ない要因だろうか。前線から守備をサボらないのは京都も熊本も同じだ。

京都は数字に表れるような守備のチームではない。曺貴裁監督がよほど策を弄さない限り、「攻めの熊本vs攻めの京都」という構図になるだろう。お互いに目指すところは攻守一体のトータルサッカーであり、自陣で奪えば縦に速く、攻守は入れ替わる。

あとは決定力次第。その点では直近のゲームで得点感覚を養う熊本に分がある。そうなると焦点は得点力不足の京都が「J2でも失点が多い熊本相手に得点できるか?」になってくる。

熊本の好調攻撃陣が局面で京都を上回って先に得点する、という展開は十分考えられる。河原や杉山のプレスキックも京都にはイヤな武器だ。が、京都が奪い返せばレギュレーションによって形成は逆転する訳で、やはり焦点は「京都が得点を奪えるかどうか?」になる。

不平等なレギュレーション

参入決定戦のレギュレーションは、90分で引き分けの場合、J1側が勝ち抜けるというJ2側には不平等なものになっている。最初からアウェイ側が0.5点のビハインドを持っていることは、互いの心理的なバランスを崩す不穏な要素。両者の前提条件が違う時点で、通常のサッカーとは質が変わってくる

ただし「引き分けでも勝ち抜け」側が絶対的に有利かといえば、そうでもない。京都サンガF.C.は過去に3試合引き分けOKの状況でプレーオフに臨んだが、●(vs大分)敗退/△(vs長崎)→●(vs徳島)敗退 と苦杯を舐めた。なおこれら全てが大木武監督だった。

熊本は点を取れるチームなので、「90分で勝たなければならない」の条件は気にしすぎなくてもいいかもしれない。むしろ「J1側のホームスタジアムで開催(VAR付)」という不平等な条件がキツいはずだ。

開催地となるサンガスタジアムbyKYOCERAは、熊本にとっては未踏の地。構造的には長野Uスタジアムに似ているが、長野を一回り大きくして、より圧迫感を高めた雰囲気になる。さらにはピッチコンディションが独特で、長さも密度もタフ仕様。J1の走力自慢の選手や、パス自慢のチームが苦しんでいる。

ちなみに京都がサンガスタジアムでJ2のチームに敗れたのは去年7月3日の長崎戦まで遡らねばならない。

京都は悪役に徹せ

京都側からすれば、この不平等なレギュレーションが有利なことは確かなのだが、長らくこのクラブを見続けてきた者にとっては、「引き分けでもOK」は楽観できる条件ではないし、「だから絶対大丈夫」という類の話でもない。

ホーム・サンガスタジアムで開催できることに限れば大きなアドバンテージであり、もしそれだけの優位性をもらっておきながら相手に劣ってしまうのであれば、それはもう「J1チームにはふさわしくない」と言うことになる。

ひとつだけ言える確かなことは、「自分たちの手でJ1残留を掴める状況」だということ。京都がやるべきことはシンプルだ。ロアッソ熊本という今季J2で最も面白いサッカーを魅せたチーム、なおかつ同じベクトルのフットボールを指向する相手、そしてかつて京都を率いた大木監督とファイナルで雌雄を決することができるのは、幸せなことだと思わずにはいられない。

初のJ1を目指す熊本、震災から立ち上がって飛躍を目指す熊本。スポンサーとの絆や勇敢なサッカースタイルなど、熊本はある種ヒーロー性が高く、決定戦は数多くのサッカーファンがロアッソ熊本を応援することになるだろう。京都は最後に立ちはだかる悪役に回る。いいじゃないか、悪役。中世日本では、「悪」は「強い」という意味を持つ。

相手を舐めることなく、隙を見せることなく対峙する強かな悪役に徹するくらいの精神的なタフさが、京都には求められる。

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