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雑感ノ門 ~30km地点。苦しい。楽しい。たくましい。

J2とはマラソンである。42.195kmという過酷な距離の中にも駆け引きがあり、ドラマがある。東京五輪ではケニアのキプチョゲ選手が31km付近で抜け出し、他を寄せ付けない強さでレースを制したのは記憶に新しい。
さて、われらがJ2は五輪中断を経て30節を迎えたところ。全42節=42km。マラソンで例えると30節は30km地点ということになる。現在京都サンガはキプチョゲポジションを確保している。

再開後~30節までをおさらいしよう。

24節○(H京都2-1町田)得点:ピーターウタカ/イスマイラ
26節○(A水戸0-2京都)得点:ピーターウタカ/松田天馬
27節○(H京都3-1東京V)得点:ピーターウタカ/ヨルディバイス/イスマイラ
28節●(A甲府3-0京都)得点:なし
25節△(A松本2-2京都)得点:宮吉拓実/宮吉拓実
29節○(H京都2-1琉球)得点:ピーターウタカ/イスマイラ
30節○(A山形0-2京都)得点:宮吉拓実/三沢直人

5勝1分1敗(13得点8失点)と成績だけをみると申し分ない。が、楽に勝てたゲームなど1つもなかった。むしろ苦しんだゲームだらけ。目線を変えてみて、対戦相手側はどんなふうに見ていたのだろうか?相手監督のコメントを抜粋してみよう。

相手監督の言葉から

第24節 町田・ランコポポヴィッチ監督
「われわれが見せた質に関しては満足できるものだと思っています。ただ細かい部分の質をもっと上げていく必要はあります。相手を上回れた場面も多かっただけに、結果につなげたい試合ではありました」
第26節 水戸・秋葉忠宏監督
「ハッキリ言って、最後のゴール前のクオリティー以外はすべてで上回れたと思っています」
「われわれはあれだけチャンスを作りながらもゴールを奪えなかった」
「ゴール前以外はすべて上回っていた」
第27節 東京V・永井秀樹監督
「大変素晴らしいスタジアムで、素晴らしい相手と(自チームの)選手たちが、立ち上がりから気持ちのこもった素晴らしいスピリットとプレーを見せてくれた」
「狙いどおりの形で先制点を取れましたし」
第28節 甲府・伊藤彰監督
「ゲーム内容では今週はアグレッシブにラインを高く保ちながらしていこうと共通認識を持ったことが勝利につながった」
「2点目、3点目も取ってパーフェクトなゲームをしてくれた」
第25節(延期分) 松本・名波浩監督
「(先制点は)分析の中で(京都の)最終ラインが高いのは分かっていたので、そこをうまくセルジーニョと河合(秀人)で突いてくれました。2点目も良いクロスから、待望の夏加入の伊藤 翔が決めてくれました。チームにとっては大きなプラスだと思っています」
「終わったあとは「お前たちはこういうゲームができる。残り14試合も継続していこう」と選手に伝えました」
第29節 琉球・樋口靖洋監督
「良い形で先制してゲームの流れを作ったけれども、やはり最後は京都のパワーに押されたかなと。後半、僕らがもう少しワンチャンス、ツーチャンスを作れれば、十分に突き放す展開もできたかなという思いがあるだけに、残念な思いです」
第30節 山形・ピータークラモフスキー監督
「その中でもパフォーマンス自体は良いものを出せていたと思います。この戦い方をして敗れたのは信じられないです。良いフットボールというものは出せていたと思います。その中で主導権を握りながらボールを動かして、多くのチャンスを作れていた点も良い徴候だと思います」
「非常にハードワークして必死に戦ってくれたところはすごく誇りに思いますし、自分たちのパフォーマンスを出そうとしっかり戦ってくれたと思っています」

敗北しても自チームに手応えを感じているポジティブコメントがやたらと多いのである。秋葉監督などは自分たちの方が上回っていたと言い張る。実際町田や水戸は京都との対戦後に何かを掴んだかのように調子が上向いたし、甲府はそのまま連勝を継続している。東京Vは諸事情により監督が辞任したが。

ここ7試合を総括すれば、相手が手応えを感じるような試合展開が多く、京都は相手の良さに苦しみながらも勝点を奪い取ってきたといえるだろう。いやむしろ、京都が対戦相手の良さを引き出しているのではないか?

ストロングポイントを出し合う流儀

「お互いのストロングポイントが出た、非常に良い試合だったと思います。試合後、クラモフスキー監督と話をしましたが、「GOOD GAMEだった」と言ってもらいました。たまたま我々が勝ちましたが、選手の今日の試合に向かう頑張りを讃えたいです」

30節山形戦終了後の曺貴裁監督のコメントである。サッカーが対戦競技である以上、相手の長所や武器を消すことは戦術の根本になるし、相手への対策を入念に施した結果自分たちの持ち味が出せなくても“結果”に繋ればOK みたいな風潮もある中、再開後の京都のサッカーは「良さを消すサッカーのどこが面白いんだ?ストロングポイントをぶつけ合ってこそ観客が楽しめるサッカーじゃないのか?」と言わんばかりである。

結果、相手のやりたいサッカーが存分に発揮され、それに苦しむ。後半から打開ポイントを見つけながら、狭い突破口を切り崩すような破壊力を発揮してゲームを勝ちまで持っていく…というパターンも多かった。まったくもって非効率で「賢いサッカー」とは言い難い。この感覚、何かに似ている。そう、以前「頭の悪いサッカー」と評した序盤5節と似ているのだ。

序盤5節では安易な選択よりもチャレンジする姿勢を叩き込み、結果として2つの敗戦を喫した。ここ7節も、戦術的に賢く立ち回ればもっと楽に勝点を取れたかもしれないところを、相手のストロングポイントを消さずに正面から「決闘」を挑んで苦戦を続けた。当然相手の方は京都対策として弱点を突いてきていて、例えばサイドの裏にできるスペースにボールを送り込んで、麻田将吾やバイスを釣り出してから中央へ…というパターンで複数回失点している(東京V戦・松本戦)。

それでも、相手監督から「ウチが上回っていた」と言われながらも勝ってしまえる“強さ”を発揮。正直、最初の3連勝はウタカの個の能力での打開によるところが大きいし、水戸戦や山形戦などは相手が決定機を逸してくれたり運が味方した部分もある。しかしこのチームには以前書いた「勝ち点への執着」はしっかり根付いている。そしてその頃よりも選手個々の意思の強さは、格段に向上しているように見えるのだ。

責任あるプレー

再び東京五輪の話。男子サッカー日本代表は、最終的に3位決定戦に敗れ4位に終わった。森保監督の戦術面への批判もあったが、個人的には6試合をトータルに見据えられなかった戦略面のミスが大きかったと考えている。その五輪代表の中で、こりゃモノが違うな…という印象を受けたのが、吉田麻也、酒井宏樹、遠藤航という3人のオーバーエイジたち。彼らのプレーにはとにかく責任感があふれていた。卓越した職人が一筆一彫もおろそかにしないように、3人には意図のないいい加減なプレーがほとんどなく、たとえミスをしても、すぐに挽回するためのプレー(またはコーチング)に入る。誰かのせいにする前に、自分でやる。それは個人依存じゃないか?と言うかもしれないが、組織の中で個人が責任を負うという意味では、吉田・酒井・遠藤は理想的なプレイヤーだった。戦術を遂行する上で、個は駒として動き、与えられた役割をこなす。レベルの高いチームになればなるほど、駒に意思が宿り責任あるプレーをこなしていく。

京都はどうだろうか。ウタカ、バイスの外国人勢と、松田天馬、武田将平あたりはおおむね責任あるプレーを継続して出せている。飯田貴敬もそこに加えていいかもしれない。そして途中出場で役割が明確だからこそ責任感の強いパフォーマンスを見せるのが本多勇喜だ。若手では、29節琉球戦の川﨑颯太のプレーは自分が何とかする!という責任感に満ちたものだった。もちろん五輪のオーバーエイジたちと比べればまだまだだが、その他の選手たちも個人個人が誰かのせいにせず(フォーメーションや戦術のせいにもせず)、強い意思をもって戦うチームになっている。戦術のミスマッチがあればベンチからの指示を待たずに個々で修正を試みるたくましさもある。意地悪な言い方をすれば、戦術的不備を個人の頑張りで凌いでいる、と言えるかもしれないが。

今の京都を見ていると、もっと効率よく勝ち点を取れるんじゃないか?という思いと、非効率であっても(勝ち負けに囚われない)フットボールの本質と正面から向き合って個の成長を促しているのだろうという2つの思いが入り交じる。それと同時に、変に逃げに入ったりストロングポイントを消したりせず「観て楽しいサッカー」を繰り広げることで、スタジアムに来る観客も育てているのではないか、と。

29節琉球戦後のピーターウタカ
「皆さんもそうですし、自分たちもそうですが、ああいうドラマティックな展開でゴールが入って勝ったことでエモーショナルな感情が爆発しました。泣きそうになっている選手やスタッフの顔も見えましたし、スタジアムを周回するときも泣いていたり、感情的になっているサポーターがいました。それを見て思ったことは勝つ、負ける、引き分けるということはあるんですが、気持ちの入ったゲームを見せることが自分たちを誇れるサッカーなんだと思います。」

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ウタちゃんも誇った琉球戦のエモいサンガスタジアムの様子

冒頭でキプチョゲ選手のことを取り上げたが、全然陸上競技のことは詳しくないので、あれが戦略的に仕掛けたスパートだったのか、それともちょっとスピード上げてみたら単純に他の選手が付いてこれなかっただけなのか判然としない。ただ、チャンピオンは31kmで抜け出して、他者は関係なくひたすら自らのレースを完遂してゴールテープを切ったという事実は変わらない。いよいよ終盤に差し掛かるJ2にキプチョゲは現れるのか?最後までデッドヒートが続くのか。次の5節くらいで趨勢は決まる…のではないか…たぶん…おそらく…きっと…。

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