“脱会支援”35年の牧師が語った言葉に込められた思い
こんにちは。大阪社会部の助川尭史です。
安倍晋三元首相の銃撃事件をきっかけにクローズアップされるようになった世界平和統一家庭連合、いわゆる旧統一教会。政治との関わりだけでなく、高額献金によって生活が破綻した信者や、その影響で命を落とした家族など、深刻な被害が連日報道されています。
でも、安倍元首相の事件が起きるまでは、旧統一教会がどんな団体で、今までどんな被害があったのか、知らなかった人も多いのではないでしょうか。私自身もその1人です。
「名前は知っているけれど、何をしているのかは知らない」。
社会が、そんな曖昧な認識のまま教団の活動を黙認し、被害の声にきちんと向き合って来なかった時代から、信者の脱会支援に取り組んできた方がいます。
牧師の杉本誠さん、74歳。
私はこの夏、杉本さんにインタビューして1本の記事を書きました。今回の note では、その取材でお聞きした内容の一部をご紹介します。
助川記者がまとめた杉本牧師の活動に関する記事はコチラ↓
■ 500人以上の脱会を支援
「統一教会信者の脱会支援に取り組む牧師さんがいる」。
同僚記者からの声かけで杉本さんのことを知ったのは、安倍元首相が亡くなった数日後だった。
山上徹也容疑者は逮捕直後から、捜査当局に「旧統一教会に恨みがあった」「母親が信者で多額の借金を抱えていた」などと供述。報道各社は事件の背景事情を探るため、教団側にも取材を始めていた。
私も共同通信取材班の一員として、教団関係の取材に携わることになったものの、それまで新興宗教について調べた経験は一切なかった。日ごろ裁判担当をしている私にできることは何か。自分なりに考えて、まず手を付けたのは、過去の裁判記録などから教団の関係者を探し出し、話を聴くことだった。杉本さんのことを知ったのは、ちょうどその作業に着手したころだ。
電話で取材の約束を取り付け、愛知県にある杉本さんのご自宅に伺ったのは7月18日。
通された応接間でまず目に入ったのは、旧統一教会に関する本がびっしりと並ぶ書棚だった。その数の多さに圧倒された。
杉本さんによると、今でも元信者や家族が20人以上、助けを求めてここに通っているという。説明を聞いているうちに、私の中でぼんやりとしていた教団と被害者に対するイメージが、一気に解像度を高め、くっきりと浮かび上がってきた。
1987年に牧師になって以降、脱会を支援した教団信者は500人を超える。
「牧師になった時はね、まさかこんなことになるなんて思いもしませんでしたよ」。
そう話し始めた杉本さんの口から語られたのは、執拗な脅迫や嫌がらせが続く日々だった。
■ 赤文字の脅迫状
脱会の相談を受けるようになってしばらくすると、自宅の周辺に中傷ビラがまかれるようになった。
郵便ポストには、カッターナイフや砂が入った封筒が投函されていた。
出歩けば、信者と思われる人物からつきまとわれ、その対象は杉本さん本人だけでなく、家族にも及んだ。
「首を洗って待っていろ」
「死ね」
赤文字で大書された脅迫文が届くようになった。
インタビューの最中にその実物を見た時、私は個人的な恨みつらみにとどまらない、組織的な圧力の恐怖を感じた。
話がそれるが、旧統一教会は最近も、被害を訴える信者家族の自宅を教団幹部が訪問し、「メディアに出ないように」と要請したり、報道各社に抗議文を何度も送ったりしていることが取り沙汰されている。
自分たちに対する異論や批判を徹底的に封じようとする教団の姿勢には、杉本さんが受け取った脅迫状と通じるものがあるのではないか。
身の危険を感じながらも脱会支援を続けてきた杉本さんに、何がそこまでさせるのかと尋ねると「活動の原動力は家族の熱意だ」と語った。
何年も断絶状態だった信者とその家族が、時間をかけて向き合う。お互いをさらけ出して語り合い、教団に入信するに至った問題やわだかまりを告白し、涙を流しながら家族の一員として再び迎える。そんな瞬間に、何度も立ち会ってきた。
「親戚や知人はもちろん、家族にも打ち明けられない悩みを抱えた人が私のもとに来る。そういう人に寄り添い続けるのはある種、宗教者としての責務なのかもしれないですね」。
相談に訪れる信者や家族の中には、何度脱会に失敗しても、通い続ける人がいるという。真摯に語る杉本さんを見て、その気持ちが少し分かった気がした。
教団から離れたいのに、離れられない―。
信者や家族が抱えるその苦しみを誰よりも分かっているからだろう。杉本さんは3時間半に及ぶインタビューの間、「なぜ山上容疑者とつながれなかったのか」という後悔を何度も口にした。そして、その言葉に込められた本当の思いに私が気付いたのは、取材が終わってからだった。
■ 社会に向けられたメッセージ
取材後、杉本さんは私を近くの駅まで送ってくれた。その道すがら、1993年に彼の支援を受けて教団を脱会した、新体操の元五輪代表選手、山崎浩子さんのことが話題に上った。
私が何気なく、自分がその年に生まれたことを伝えると、杉本さんは「そうか、もうそんなにたつのか…」とつぶやいた。その時のもの悲しそうな横顔が忘れられない。
杉本さんは私が生まれるよりさらに前から、35年にわたって信者や家族の支援を続けてきた。この間、民事訴訟では教団の法的な問題が何度も指摘され、被害者を支援する弁護士団体は警鐘を鳴らし続けてきた。被害を受けた人たちは必死に声を上げ続けてきたのだ。
にもかかわらず、私たちメディアや社会はその声にきちんと向き合えなかった。
「なぜ山上容疑者とつながれなかったのか」
杉本さんが自分自身に向けたこの問いかけには、社会に対しても「長い間、苦しんできた信者や家族がいたのに、なぜ気付いてくれなかったのか」という深い悲しみが込められているように感じた。
安倍元首相の事件をきっかけに、国は元信者や家族の救済に向けてようやく動き出した。だが与野党の協議は主導権争いの様相を見せ、政府の姿勢も定まらない。実効性のある対策を打ち出せるのかは不透明だ。
問われているのは政治だけではない。被害者の声に、地道に、継続的に耳を傾けているかどうか。世間も、メディアも、そこに所属する私自身もまた見られている。一過性の話題で終わらせないでほしい。そう杉本さんに釘を刺された気がして背筋が伸びた。
「社会の無関心が凶行の引き金を引いてしまったのではないか」
杉本さんはインタビューの中で、そう語った。その言葉は今も私の胸の奥に、重たい石のようにずっしりと沈み込んでいる。
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