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Cloud

ネタバレ注意。

映画館で「Cloud」を観て来ました。
監督:黒沢清

近くの映画館で上映していなかったので、少し遠くの映画館まで足を運んで観て来ました。

公開初日、金曜日の昼の回を観ました。
お客さんの入りは20人くらい。
初日とはいえ平日ですから、まあ、こんなものでしょう。
引退生活のお年寄りが半分、20代くらいの若い女性客が半分、といった感じの構成でした。

以下、ネタバレ感想。

(少し、間を置く)

先に結論を言いましょう。

最高。

最高! 最高! 最高!

と、思わず3回コピー・アンド・ペーストするくらいに最高でした。

人生ベスト級に最高でした。

まるで、映画の歴史をギュッと凝縮して1本に収めたような映画です。

役者さんたちも、みんな素晴らしかったです。

主人公について

この主人公、実は「カリスマ」ですね。
周囲の人間たちをとりこにする不思議な魅力を、生まれながらに持っている人の事です。
日本語なら「人たらし」が一番近い表現でしょうか。
ある種の天才です。

戦国武将に例えるなら織田信長。
信長さまのカリスマ性に魅了され、戦国武将たちは、
「この人と一緒に天下統一を成し遂げたい」
って思う。

ところが「Cloud」の主人公は、自分自身の「カリスマ性」という才能に気づいていない。
彼の望みは、彼女と山奥の一軒家で静かに暮らす事。
雑用係のバイト兄ちゃんは雇うけど、基本的には自分一人で誰とも関わらずに転売屋ビジネスをやって行きたいっていう、世捨て人タイプ。
執着している事は、2つだけ。
マッタリとした彼女との同棲生活と、ヒリヒリする転売サイトでの売買の緊張感。

つまり「天性のカリスマ」でありながら「徹底して個人主義」なんです。
相反する2つの性格キャラクターを同時に内包している人物です。

言ってみれば、この主人公は「世捨て人の織田信長」です。
信長さまが、
「おれ、天下統一とか興味ねぇし。彼女と2人で山奥の一軒家に住みながら、転売屋で細々と暮らして行ければ、それでOKだよ」
なんて言い出したら、嫌ですよね。
「可愛さ余って憎さ百倍」じゃないですけど、彼の無自覚なカリスマ性に魅了されていた周囲の人間は、一転して、彼を憎むわけです。

最後の方で先輩の転売屋が、
「初めて会った時から、お前の事が嫌いだった」
って言います。
なぜ先輩は、主人公を嫌ったのでしょうか?
なぜ先輩は、主人公を嫌っているのに、今まで付き合い続けたのでしょう?
たぐいまれな「カリスマ」という才能を持っていながら、それを生かそうともしない、どころか自分の才能に気づいてすらいない主人公に苛立いらだっていたのだと、僕は思います。
それと同時に、彼のカリスマ性に魅了されてもいる。
この先輩は、一方で主人公のカリスマ性にかれながら、また一方で、そのカリスマ性に嫉妬している。
そういう屈折した思いを感じます。

そんな主人公を演じた菅田将暉は、この役にピッタリだと思いました。
もちろん彼は美形の役者さんです。しかしファッション・モデルとか男性アイドルのような分かりやすい美形とは少し違う。
どこがどう魅力的なのか説明できないんだけど、でも間違いなく、人をきつけるスター性がある。
自らの才能に無自覚なまま、世間ではめられない転売屋という職業を選択し、山奥での孤独な生活を選択するという主人公のキャラクターにピッタリと役がはまっています。

後半の銃撃戦で、徐々に暴力に染まっていく感じも良かったです。

バイト兄ちゃん

主人公と同じくらい重要なのが、バイト兄ちゃん(実は凄腕の殺し屋)です。
駅のプラットフォームで拳銃をもらう時の会話とか、全てが終わって死体の後処理を依頼する電話の内容から、彼が裏社会で一目いちもく置かれる存在なのが分かります。
殺し屋としてたぐいまれなる才能を持ち、裏社会でも一目置かれる存在の彼が、しかし今は田舎に帰ってアルバイト生活をしている。

つまり、このバイト君は主人公と相似形なんですね。
二人とも、持って生まれた才能に恵まれながら、その才能を発揮せず、社会の片隅で孤独に生きる事を選択している。

ただ1つ違うのは、主人公が「彼女と2人、ひっそりと田舎で生きる」暮らしを求めているのに対して、バイト君の方は、自分の人生を賭けるに値する「何か」を探している。
バイト君は、その「何か」を主人公のカリスマ性の中に見つけて、これに自分の人生を賭けようと決める。

後半の銃撃戦は、
「街のチンピラが主人公に暴力を振るう」
   ↓
「実は、主人公は凄腕の殺し屋」
   ↓
「凄腕の殺し屋に逆襲され、チンピラ全滅」
っていう、アクション映画の類型に従っているように見えます。

黒沢清が素晴らしいのは、この設定に「ひねり」を1つ入れて来る所です。
凄腕の殺し屋は主人公じゃなくて、主人公が雇った田舎のバイト青年の方だったという「ひねり」です。これが1つ入るだけで、物語に深みが増します。
最初に登場した時なんか、誰がどう見たって、純朴で素直な田舎の青年ですからね。

油断している他の監督だと、うっかり、登場シーンからバイト君の描写をやり過ぎちゃうと思うんですよ。
観客に対して親切すぎるんです。あまりに親切すぎて「こいつ怪しいな」って観客に気づかれちゃいますよね。

黒沢監督の場合は、
「最初はただのモブ・キャラのように見せて、徐々に彼の底知れない不気味さを立ち上げていく」
というストーリー・テリングです。
う~ん、素晴らしい。

音楽

ホラー的なシーンの背景に流れる、「きゅぃぃぃ」っていうバイオリンの不協和音に「ビンッ、ビンッ」っていう何かをはじく音が重なる、古い特撮ホラーっぽい音楽が良い感じです。
渡邊琢磨。同監督の「Chime」も担当しています。

ヘルメット

主人公がバイクに乗る時にかぶるヘルメットが、1980年代初期の古い物でした。
あれは何か意味があるのでしょうか。

追記(2024.9.29)

物語の最後で、彼女が主人公を裏切って銃口を向けるけど、引き金が動かないっていうシーンがあります。

直後にバイト君が、
「撃鉄を起こさないと撃てないよ」
って、彼女に向かって言います。

僕、このセリフの意味が分からなかったんですよ。
彼女にとって有利な情報をわざわざ教える理由が思いつかなかった。
何でバイト君は、わざわざそんな事を教えてあげたんだろう? って思いました。

ふと今、気づいたんですけど、このバイト君のセリフは、計算の上ですね。
彼女に撃鉄を起こさせる事で、堂々と彼女を撃ち殺せる。
「主人公を守るために、やむを得ず彼女を殺した」
っていう正当防衛が成立する。
そうなるようにバイト君が仕向けた訳です。
主人公の恨みを買わずに邪魔な彼女を排除し、主人公との間に独占的な関係を築くための策略です。

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