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【読書感想文】正欲

朝井リョウ著作『正欲』は、世の中の「みんなの多様性を尊重すべき」という流れと、「でもキモい人は完全排除する」という矛盾を真っ向から書く、現代社会の暴露本のように感じました。読み終えた後、自身の浅慮さを恥じ、また社会で「正」とされている流れに恐ろしさを感じます。

※ネタバレあり

ざっくりあらすじ

物語は児童ポルノ摘発をされた男性3人のニュースから始まる。記事は近所のインタビュー内容も含まれ、誰が読んでも「被害者である子供たち」と「加害者である男性3人」と捉えられる内容にみえる。

果たしてそうなのか。記事だけでは見えない真実を、事件を遡るようにして小説は始まる。登場人物らは、社会での多数派に含まれない性的指向を持っており、それも社会が「多様性の尊重」と謳うLGBTQ内にも含まれない。そんな彼らが他人に口外できない辛さや葛藤を、登場人物それぞれの視点から描く。

「正欲」とは

この小説のテーマは、タイトルの通り「正欲」である。「正欲」は、もちろん「性欲」と掛け合わされており、個人間で異なり自由なはずの性欲に「正」しさを見出そうとしている現代社会の矛盾を表しているように思えます。こんな複雑な社会的テーマを、たったの漢字2文字でタイトルにしてしまうなんて、まじで朝井リョウは天才です・・・

自由なはずの「性欲」とは

「マイノリティ」「社会的少数」「LGBTQ」ー現代は個人の性的指向を広くあまねく伝え、社会が尊重し受け入れるべきという流れが主流です。日本でも自身の性的指向を告白することは、昭和時代と比べかなりオープンになったように感じます。つまり、多様な性的指向を認められれば認められるほど、個人の性欲、性的指向の表現は尊重され、自由に生きやすい社会になる、ということです。

でも、果たしてこの「多様な性的指向」の中に、すべての人間が含まれているのでしょうか。例として、物語では勢いのる水飛沫に性的興奮を持つ夏月、佳道、大也が「多様性から外れた人間」として登場する。彼らの一人である夏月は、多様性をこう説明する。

多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目をつむりたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ

この「自分にとって都合の悪いもの」は、例えば犯罪者としてレッテルを貼られる小児性愛者や、性的対象が人間ではなく水や風船に興奮をする人、などを指しています。そんな彼らに、私たちは「多様性の尊重」という言葉をで受け入れることができるのでしょうか。もっと問い詰めると、彼らのようなマイノリティも含めた「包括的多様性」を「理解」し、「社会へ受け入れること」は、そもそも必要なのでしょうか。そして、そもそも現実的に可能なのでしょうか。

興味深いのは、当の本人たちはそもそも社会に受け入れられたいなんて願ってもいないことです。

生まれ持った自分らしさに対して堂々としていたいなんて、これっぽちも思っていないんです。私は私がきちんと気持ち悪い・・・でもどうしてか、社会というものは、人をほっておいてくれません。

当の本人たちでさえほっておいてくれと思っているのに、なぜ我々は彼らを理解しようとすべきなのでしょうか。

「人をほっておいてくれません」の例として、彼らの周りの人間(職場の同僚や友人)は、彼らが浮いた恋愛話をしないため、「LGBTQだ」と認識します。そんな彼らは幾度となく夏月や大也に私生活を質問し、「なんでも受け入れるからいつでも話してね」とにこやかに話します。隠れた性癖を持つ彼らからして、この親切心からくる言動がどれほど鬱陶しく、また悲しいものなのか、想像するのは容易いはずです。

このようにして、自由なはずの「性欲」は、社会が多様性の尊重と定義づけた瞬間から、「正しい性欲」と「正しくない性欲」に意図せず分別してしまっているのです。そして、「正しくない性欲」にカテゴライズされた人間は、「正しい性欲」が存在すると信じてやまない社会にがんじがらめとなるのです。

さいごに

・・・もう少し書こうかと思いましたが、息切れです。久々のブログで思考切れてしまいました、疲れたーーー。『正欲』から書きたかったあれやこれや考えていた内容の10%くらいしか書けませんでした。

私も、できればこの世界に生きる全人類が、自身への尊厳を持ち、自身を好きになりながら、誰かの心ない言動に傷つけられず、自由に生きれるような世の中であってほしいと願っています。でも、そんな世の中へ近づくには、必ずしもすべての多様性を理解し受け入れるべき、という時流には首をかしげたくなります。果たしてそれでほんとうにそれでみんなが幸せになれるのだろうか。ある一種の固定概念の元、狭い範囲での正しい欲として「正欲」を定義づけし、他の受け入れができないマイノリティに対しては目をつぶっているようにしか思えてならないのです。




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