掌編小説 ひとみのなかみ

 昔、僕がまだ小さかった頃、お兄ちゃんはよく僕の顔を覗き込んだ。僕の目をまっすぐ見て、ニカッと笑ってこう言った。
「お前の目には、まだ何も映っていないんだね。まっさらで、とてもきれいだ。でもね、この世界には、もっときれいな目がたくさんあるんだよ」
 それがどういうことなのかよく分からなかったけど、どうしても忘れられなかった。
 こうして僕は今、きれいな目を探しに旅に出ようとしている――。

 僕の名前は、コリン。ももいろはりねずみの、コリン。僕は自分のことを、立派なはりねずみだと思ってる。でも、パパもママもお兄ちゃんも、まだまだおチビちゃんだって言うんだ。おかしいよね。だから、いつか世界一きれいな目を見つけて、みんなをぎゃふんと言わせてやるんだ。

 旅の最初に出会ったのは、食いしん坊なみずいろねずみのノエル。隣町のレストランに入ったら、席が隣になったんだ。
 もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ……。
 黙々とスパゲッティーを食べるノエルに、僕は声をかけた。
「ねぇ、そのスパゲッティーおいしい?もし良かったら、僕に目を見せてくれない?」
「……おいしい」
 そう言って、目を見せてくれた。
 ノエルの目には、ろうそくの光が映っていた。それは、誕生日に家族みんなで食べた、大きなバースデーケーキ。みんなでお腹いっぱいケーキを食べて、とってもうれしかった思い出だって。
 そして、来年はもっとたくさんのケーキやごちそうをみんなで食べたいんだって。ノエルが教えてくれた。
「あたたかい目をしてるね」
 僕がそう言うと、ノエルは「ありがとう」とだけ言って、スパゲッティーをおかわりしていた。

 レストランを出て、にぎやかな街中を通り抜け、次の街へと続く森を歩いていると、小さな家を見つけた。
 その家の前で、縫い物をする寂しがり屋のきいろリス、クルミと出会ったんだ。
「その縫い物、素敵だね。もし良かったら、僕に目を見せてくれない?」
「えっと、その、いいですよ」
 恥ずかしそうに見せてくれたクルミの目には、ふわふわの毛布が映っていた。
「これは何?」
 そう尋ねると、クルミが教えてくれた。
 その毛布はママが作ってくれたもので、夜眠れないときもその毛布があれば寂しくないんだって。だから今、大切な妹に今度はクルミが毛布を作ってあげてるんだって。
「優しい目をしてるね」と僕が言うと、クルミはうれしそうににっこりした。

 森を通り抜けて、僕は大都会に着いた。さまざまな動物たちがたくさん住んでいる、大きな街だ。
 洋服屋さんの並ぶ通りを歩いているとき、おしゃれなあかいろインコのアカネに出会った。僕は突然、アカネに声をかけられた。
「ちょっと、アンタの格好、ダサすぎない?あたしが服を選んであげるわよ」
 僕は少し驚いたけど、アカネにもお願いした。
「ぜひ選んでほしいな。でもその前に、僕に目を見せてくれない?」
「何よそれ〜!」
 そう言いながら見せてくれたアカネの目には、まん丸なルビーのペンダントが映っていた。
 アカネはこっそり教えてくれた。そのペンダントは、初めて自分で作ったアクセサリー。いつかアクセサリーのお店を開いて、街じゅうの人たちをおしゃれにするのが夢なんだって。
「きらきらした目をしてるね」と僕が言うと、「まぁね」と言ってキャハハと笑った。

 街の真ん中にある広場に行くと、お調子者のはいいろうさぎ、ロバートがいたんだ。大きなボールの上でぴょんぴょん跳ねたり、器用にジャグリングをしたりして、みんながロバートに見入っていた。
 僕も一緒になって見ていると、ロバートに声をかけられた。
「きみ、この街を楽しんでる?」
「うん、とっても」
 僕は、思い切って尋ねた。
「僕に目を見せてくれない?」
「もちろんさ」
 ロバートの目には、白い前歯が映っていた。ロバートは僕に、胸を張って教えてくれた。
 その白い前歯は、お客さんたちの笑顔。いつかもっと大きなステージで、もっとたくさんのお客さんを笑顔にしたいんだ、と。
「楽しい目をしているね」
 僕がそう言うと、ロバートは「きみもね」と言った。
 え! 僕の目にも、何か映ってるの?

 見てみて。僕の目。何か映ってる? どんな目をしてる?
 きみの目には、何が映ってるの? どんな目をしてるの?
 僕の旅は続くよ、いつまでも。