中国特許法第4次改正内容(3)

中国での特許権侵害は毎年増加し、悪意を含む故意、意図的な侵害が増加しているものの、権利者保護の面からは、訴訟での立証難、長期化、コストの高額化が進み、侵害者が負担する経済的賠償は権利者の実際の損失を限度としており、賠償額の計算が困難な場合は裁判所が情状を考慮し確定する法定賠償額になり、その上限は100万元(約1,700万円)です。この賠償額では権利者が侵害を差止めるために支出した費用を含め、損害賠償額は比較的少ないと言えます。こうしたアンバランスをは国内外の権利者や知的財産権団体から強い指摘を受けており、侵害者に対する抑止効果を期待し、アメリカの懲罰制度を参考に懲罰的賠償制度を導入しました。この懲罰的賠償は、2021年1月1日に施行される民法典第1185条に故意による知的財産権侵害の場合、権利者には懲罰的賠償請求権があると規定されています。

(1)特許詐称での罰金の増額(第68条)
 中国では特許権がないにもかかわらず特許があるかのように詐称し商品の販売をしていることが良く見られます。こうした特許詐称は地方政府の知的財産権担当部門に処分を申立てることができますが、その際の行政処分は是正、処分の公告、違法所得の没収、罰金になりますが、今回の改正では罰金を違法所得の4倍以下から5倍以下に、違法所得額が5万元以下の場合、20万元から25万元以下に増額しました。
 日本企業が注意しなければならないのは、特許権利期間が満了或いは失効した後も特許番号を表示している場合、行政処罰の対象となります。行政は自発的にそうした処分を行うわけではありませんが、競合他社や模倣品対策した侵害者から行政告訴をされることがありますので、特許番号表示には注意が必要です。

(2)懲罰的賠償の導入と損害賠償額の増額(第71条第1項、第2項)
損害賠償では、権利者の損失に基づく賠償額の算定基準に関する改正はありませんが、故意侵害に対する懲罰的賠償の導入と法定損害賠償額の増額が規定されました。
 裁判所が特許侵害事件を故意侵害と認定した場合、情状が重大な場合を条件に権利者に損害額として認定した金額の1倍以上5 倍以下で賠償金額を確定することができるようになりました。裁判所は自動的に故意侵害を認定しませんので、提訴時に訴状に提訴理由とともに故意侵害を記載する必要があります。
 法定損害賠償額とは、権利者が損害額を立証できない場合、裁判所が提出された証拠などから裁判所の内規に基づき、特許権の種別、侵害行為の性質や経緯などの要素に基づき認定する賠償額ですが、1万元以上100万元以下から3万元以上500万元(約8500万円)以下に増額されました。
 これらの故意侵害と法定損害賠償額は、商標法(第63条)では2014年と2019年にそれぞれ導入されており、著作権法では2020年8月の改正案に同様に提案されていることから民法典を踏まえて、処罰規定を共通化する傾向が見られます。なお、懲罰的賠償は既に商標事件での判決例があり、損害賠償でも1億円を超える損害額を認定した判決例があります。
 故意と悪意については、別のコラムでご紹介しますが、2019年8月に江蘇省高級人民法院はその指導意見(第26条)のなかで、懲罰的賠償と故意についていくつかの具体例を言及しており、例えば、警告後も侵害行為を継続したり、会社名を変えるなどして侵害行為を継続したり、或いは仮差止の裁定や裁判所や行政機関の裁定が下された後も侵害行為を継続しているような状況などと理解することができます。

(3)損害額の立証の転換(第71条第4項)と仮差止(第72条)、証拠保全(第73条)
 中国での立証証拠には、真実性、関連性、合法性の証拠の三要素が適用されるため、これまで原本を証拠の基準としてきました。そのために、損害額を立証することは原告には大変な苦労であり、最高裁判所もその困難さを理解する意見を出し、改正民事訴訟法でも立証の転換を規定しました。
 こうした状況を受けて、2014年の商標法改正で、権利者が既に挙証に尽力したが、権利侵害行為に関わる帳簿や資料が主に侵害者に掌握されている状況の場合、侵害者に侵害行為に関わる帳簿や資料の提供を命じることができると規定しました。今回の特許法改正は、商標法と同様の規定となり、侵害者が提供しない或いは虚偽の帳簿や資料を提供した場合、人民法院は権利者の主張及び提供した証拠を賠償額確定の参考とすることができることも併せて規定されたました。
 ここで言う、権利者が既に挙証に尽力したとは、侵害証拠の収集で実際の売上や利益の証拠などが入手できなかった場合に、裁判所に証拠保全などの申立てを行ってでも被告が得た利益を示す証拠収集活動を行ったかどうかなど積極的な証拠収集活動がなされたことを証明することで裁判官の心象形成をすることは重要と考えます。
 ところで、今回、特許法の仮差止(第72条)、証拠保全(第73条)の手続き条項を削除しています。これは、民事訴訟法の規定に加え、「最高人民法院による知的財産権紛争での行為保全事件の審理における法律適用に関する若干問題の規定[法釈〔2018〕21号]」など司法解釈が公布され、かつ裁判所は技術調査官制度の導入とともに権利者の申立てを受け入れる機会が増加しています。従って、こうした制度の活用を権利者は検討し実施することが求められる状況になったと言えます。

(4)訴訟時効などの改正
 中国での民事訴訟時効は、民法通則が民法総則になり2017 年 10 月1 日に施行されたときに2 年から 3 年に改正されており、特許法は改正がないためにその対応が遅れていました。また、民法総則は2021年1月より民法典に吸収されるため、「侵害行為を知り得た日或いは知り得たとみなされる日」から「侵害行為を知り或いは知るべき日」とやや厳格に改正されました。今後は該当する日の特定には一定の立証が必要です。例えば、警告書の利用においてはこうした点を十分に理解したうえで送付しなければなりません。
 ところで、民法総則も民法典も訴訟時効について、法律に別段の規定があればそれに基づくとしているので、特許法が改正されるまでは侵害訴訟の時効は 2年となります。なお、侵害訴訟以外の権利帰属などの時効は、現状では民法総則の 3 年が適用されます。商標法には時効の規定がないため、民法総則の規定が適用されます。なお、経過措置については、最高人民法院による「中華人民共和国民法総則」の訴訟時効制度にかかる若干の問題に関する解釈(法釈〔2018〕12 号)が明確にしており、改正法施行時に時効期間が満了していなければ、改正法の適用となり、満了していれば旧法の適用となります。どこかの不勉強な弁護士は違うことを言っていましたので、加筆ししました。

以上、ご参考まで。



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