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アスパラガスの焼ける音

恋人と親友を同時に失った。
河原のBBQの帰り道で、二人が一緒にいるところを目撃した。
身体を密着させながら、口元に手をやる姿を見て、そういえば、親友はこういう仕草をする人だったなと冷静に思い出していた。
心より身体から繋ぎ止めていく術に長けていて、あたしには真似できない事だと感じていた。
恋人はといえば、どちらかというと女性経験には疎いほうで、真面目でうぶな性格をしている。
軟派な所はないが、隙はあるらしく、相手のペースに呑まれることが多い。
過去の恋愛遍歴について、問いただしたりはしないが、本人が言うにはそういうことらしい。
自分に降りかかった災難のはずなのに、なぜかそこまで動揺せずにいられたのは、あたしが二人のことを誰よりもよく理解していたからだと思う。
だから、これは、この不貞行為の原因はつまり、あたし自身にあるのではないだろうか。
炭になりかけの肉の破片を使っていない紙皿に集めながら、空き缶を集めながら、戻ってこない二人を待つ時間が過ぎていく。
クーラーボックスの保冷剤が溶けきったころに、二人が戻ってくる。
「遅いから、一回かたづけちゃったよ。まだ、何か焼くものある?」
そう聞くと、恋人はあたしの顔がまるで透明人間になったかのように、その先の景色に目をやって。
「アスパラでも焼く?」
と言った。
空気の抜けきったボールがぐしゃりと潰れたように悲しみが胸に広がっていく。
面と向かって別れを告げられるよりもはるかに、惨めな気持ちになった。
少しはなれた所で、もう一人の友人と談笑していた親友と目が合う。
別に勝ち誇ったような目をしている訳でも、申し訳なさそうな目をしている訳でもない。
ただいつも通りの表情のまま彼女は言う。
「私、アスパラ好きじゃないからパース!」
「わかったー!」
とあたしは返す。
たぶん、いつものあたしと何も変わらないはずだ。
アスパラガスが焼ける音がする。
親友の嫌いなものは、アスパラの他には菜の花やブロッコリーなど、青臭いものは苦手なはずだった。 
そんな事すら、目の前の恋人は何も知らないだろう。





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